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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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16.救助

 エリアスがレオンの逆襲に遭った前日。


 皇帝に命じられ、ベルティーナは家庭教師を連れアニエスの家を訪れていた。

「アニエス、久しぶりね」

「あぁ、ベルティーナ。今日はどうしたの?」


「あら?アニエス。この前会った時から1か月しか経っていないのに、前よりも大きくなっているのではなくて?」

「最近、毎月数cm背が伸びているの」

「それでそんなに大きいのね?」

 アニエスはこの前より、3cmは大きくなっている。この娘はかなり大きくなる様ね。


「アニエスは15歳になったら帝国の学校に入るでしょう?」

「えぇ、そうね」


「帝国の学校には貴族しか入学できないの。そして、入学までに各家庭で言葉使いや礼儀作法、それに最低限の教育を受けて来るのよ」


「だからアニエスも学校に入ってから困らない様に勉強しておいた方が良いと思うの。こちらは先生をしてくれる、マーセル・ペリン子爵夫人よ」

「初めまして、アニエス。私はマーセル・ペリンです」


「私はアニエスよ。でもね、ベルティーナ。私は自分で勉強しているから先生は要らないと思うわ」

「え?自分で勉強?どうやって?」


「初めからこの家には沢山の本があったの。ここではやることも限られているから・・・もう全部読んでしまったわ」

「では、貴族の言葉使いや作法もわかるの?」


「ベルティーナ様、本日はこの様な辺境の地までご足労を賜り、誠にありがとう御座います」

 アニエスは背筋を伸ばした美しい姿勢でそう言うと、ワンピースのスカートを抓んで少し持ち上げ、腰を落として挨拶した。マーセル夫人とベルティーナはその姿を見て一瞬、面食らい動きを止めた。


「ま、まぁ!素晴らしいわ!アニエス!」

「完璧なカーテシーですね・・・」


「本当に勉強していたのね?」

「その本を見せていただいてもよろしくて?」

「はい。構いません。どうぞ、こちらへ」

 アニエスは3人を自分の部屋へと案内した。


「失礼しますね。あら、まぁ!これは・・・」

「なんて数の本!」

 その部屋の奥の壁は全て本棚となっており、本がぎっしりと詰まっていた。


「これは・・・帝国の貴族の家には必ずある教本が全て揃っているわ!」

「歴史や文化の本に小説もあるのね!」


「え?ここにある全ての本を読んだのですか?300冊はありますよ?」

「はい。ここではルーナと遊ぶ以外にすることと言えば、本を読むかテレビを観るくらいしかないのですもの」

「あ。テレビもあるわ。では知らないことなどないのですね?」

「ここにある本とテレビで学んだことならば存じております。ですが、世界には私の知らないことなど山ほどあるのでは御座いませんか?」


「おっしゃる通りね。これは降参だわ」

「アニエス、なんで今まで敬語を使わなかったのかしら?」

「初めてお会いしたお方がエリアス様だからです。エリアス様とは敬語で話す以前に心が通じる気がしたのです。だって、ルーナが気に入ったのですから」

「あぁ、そういうことなのね」


「それならば、私の出る幕はない様ですね」

「えぇ、そうね。マーセル夫人。帰りましょうか」

「はい。ロッシ殿下」


「ベルティーナ様、これからはもう、ここへは何方どなたも訪れないのでしょうか?」

「来て欲しいの?あ。エリアス様ね?」

「え?あ・・・そうですね。先日、ベルティーナ様が結婚の話をされたから・・・」

「あぁ、あれから意識してしまったのね?余計なことを言ってしまって、ごめんなさい」


 でも、アニエスの顔は恋する乙女の顔ではない気がする。何だろう?感情が伴っていないのかしら?でも、ずっとここで老夫婦と暮らしているのですもの。恋愛というものが実感できなくても仕方がないわね。


「アニエス、急がなくても良いのよ。15歳になって帝国の学校に行けば、いつでもエリアス様にお会いできるのですから」

「そうですね・・・」

「あまり、思い詰めないでね」

「はい」




 ベルティーナは帝国へ戻ると、騎士団長を伴い、皇帝陛下、アドリアナ妃、エリアス皇子と宰相へ報告した。


「陛下、本日マーセル・ペリンを伴い、アニエスを訪ねて参りました」

「うむ。早かったな。それでどうだったのだ?」

「恐らくはアニエスの親が、あの家に初めから300冊以上の本を用意していたのです」

「300冊以上の本?」


「はい。アニエスはその本で幼少の頃からひとりで勉強していた様です。お願いすると敬語で会話し、礼儀作法も心得ておりました」

「では、教師は不要だったのか?」

「はい。本は全て読み終えており、その中には15歳までに終わらせるべき教本が全て揃っておりました。それにテレビも視聴しており、会話の内容からも貴族令嬢として問題はないと判断いたしました」


「それでは15歳になって帝国の学校に入っても問題はないのだな?」

「仰せの通りに御座います」

「陛下。私にはその時の彼女がまるで貴族・・・いや、王族の様な立ち振る舞いに見えたのです」


「ほう。ベルティーナにそう言わせる程であるならば、先月話していた問題は後退したのだな。あとはアニエスの出自と黒髪か」

「出自につきましては、引き続き調査を行って参ります」

「うむ。頼んだぞ」




 ベルティーナが訪問した翌日、アニエスは朝から落ち着かなかった。朝食後、部屋の窓からどんよりと曇った空を見上げ、ルーナを呼んだ。

「ルーナ、ルーナ!お願い!ここへ来て!」


 アニエスはお婆ちゃんに声を掛けた。

「お婆ちゃん、今日、出掛けて来ても良いかしら?」

「どこへ行くんだい?」

「判らないけど多分、帝国かしら?」


「帝国?とんでもなく遠いじゃない。どうやって行くの?」

「ルーナに連れて行ってもらうわ」

「ルーナ?そんなに速く飛べるのかい?」

「えぇ、ルーナなら帝国だってひとっ飛びよ!」


「晩御飯までには帰って来るんだよ」

「はい。わかったわ、お婆ちゃん」

 アニエスはそう言いながら窓の外を見上げると、ルーナが高い空から降りて来るのが見えた。


「それじゃ、行って来ます!」

「ルーナから落ちない様にね。気をつけるのよ」


 アニエスは家を出ると空を見上げ、ルーナを目で追いながら走った。


「ルーナ!来てくれたのね!ありがとう!」

「ヒヒーンッ!」

 ルーナはいななきながら、着地するとアニエスの前まで走って来た。

前足を折ってひざまずくとアニエスを乗せた。


 アニエスはルーナの首にしがみ付く様に抱きつくと、心から絞り出す様に訴えた。

「ルーナ、嫌な予感がするの。エリアスが心配なの!」

「ブルルッ!」


「あぁ!ルーナにも判るのね?」

 アニエスはルーナと心で会話し、エリアスの危機を確認した。


「ルーナ!今直ぐ、エリアスのところに連れて行って!」

「ヒヒーンッ!」


 ルーナは走り出し、翼を羽ばたかせて空へと飛び立った。




 帝国騎士団の訓練場では、エリアスがレオンに不意を突かれ、特大の炎の塊を背中に受けた。


「エリアス!」

 皇帝は一瞬にして炎に包まれた我が子の名を叫ぶと同時にベルティーナを探した。


 ベルティーナは皇帝の命を待たず、瞬時に走り出すと共に呪文の詠唱を始めた。

「オーケアノスの大地よ。我に水の恩恵を与えよ!」

「炎を鎮めよ!」

「シュバババーッ!」


「うっ!ぐ、ぐ、ぐぅ・・・」

 ベルティーナの水魔法により、あっという間に炎が消されたが、ベルティーナは火傷を癒すべく水を掛け続けた。


 それと同時にレオンは騎士たちに囲まれた。

「貴様、なんてことを!」

「レオンを捕らえ投獄せよ!」

「はっ!」

 帝国騎士団のナンバー騎士が三人がかりで飛びつき、レオンを取り押さえた。


「ドサッ!」

「グエッ!」

一人にし掛かられ、レオンは顔を地面に擦り付け、腕を絞り上げられるとそのまま連行された。


 エリアスの炎は完全に鎮火されたが、背中のマントは跡形も無くなり、騎士服もほとんどが焦げて溶けかかった皮膚にこびりついていた。


「シュワーッ!」

「ひゅっ・・・ひゅっ・・・ひゅっ・・・」

 ベルティーナがエリアスにシャワーの様に水を掛け続ける中、息も絶え絶えとなり、かろうじて呼吸している音が小さく響いた。


「エリアス!おぉ・・・おぉ、なんてことだ・・・」

 皇帝陛下はエリアスの横にひざまずき、上体を抱きかかえた。


「アドリアナをここへ!急ぐのだ!」

「お、仰せのままに!」

「タタタタッ!」

 帝国騎士のマルティナは全速力で走り、城の中へと消えて行った。


 その時だった。帝国城の上空、高い空に白いものが突然現れた。そしてそれは、旋回しながら徐々に高度を落としてくる。黄金の光のマナを纏いながら。


「お、おい!あれは何だ!?」

「え?どこだ?あ!」

「あれは!ペガサスだ!」

「え?ペガサス?聖獣だって?」


「あれは・・・ルーナと・・・アニエス?・・・まさか?」

 ベルティーナは初め、まさかと思い信じなかったが、徐々に高度を下げ、その姿がはっきりしてくると叫んだ。


「陛下!アニエスとルーナです!」

「なに?アニエスだって?」

 皇帝陛下は空を見上げ、目を見開いた。


「聖女がエリアス様を救いに来たのです!」

「本当に・・・アニエスが・・・」


「エリアス!エリアス!」

 アニエスは叫んだ。ルーナは訓練場の真ん中に羽ばたきながら着地すると、エリアスの横まで真直ぐに走った。


 ルーナは直ぐに膝を折り、アニエスを降ろすと軽く嘶いた。

「ヒヒンッ!」

「ルーナ。大丈夫。まだ間に合うわ!」


「エリアス!しっかりして!」

「ひゅっ・・・ひゅっ・・・ひゅっ・・・」

 アニエスは、びしょ濡れのエリアスを皇帝から奪い取る様にして抱き止めた。しかし、エリアスの肌はただれ、あちこちの皮膚が溶け落ち、焦げている部分もある。頭髪は焦げてほとんど残っておらず、まぶたや鼻、耳も真っ赤にただれていた。


「人が多過ぎる。ここでは駄目だわ・・・お願い、エリアスを運んで!」

「うむ、わかった」

 アニエスは皇帝陛下を誰とも考えずにエリアスを運ぶ様に頼むと、自分はルーナに再度跨った。


「こちらに!エリアスを!」

「ペガサスに乗せるのか?」

「えぇ、私が支えます!」

「うむ」


 皇帝陛下はエリアスをペガサスに跨らせるとその上体をアニエスへ任せた。

アニエスはエリアスを抱きしめると、ルーナに声を掛けた。


「ルーナ、飛んで!あのマナの中へ!急いで!」

「ヒヒーーンッ!」

 一段と大きな嘶きを残し、ペガサスは全身を白く輝かせ猛スピードで走り出すと、力強く羽ばたき、光のマナを纏いながらあっという間に高い空へと舞い上がった。


「あぁ・・・エリアス。なんてこと・・・必ず助ける・・・エリアス」


 高い空のマナの川となっている中に飛び込む様に入って行くと、その中をゆっくりと旋回しながら飛んだ。


 アニエスは目を閉じ、エリアスの頬に自分の頬を合わせると今一度強く抱きしめた。

「エリアスは死なせない・・・絶対に」


 するとアニエスの瞳は碧く輝き、黒髪は白く輝く髪へと変わった。アニエスの変化に呼応する様にルーナの全身も白く強い光で覆われ、エリアスを包み込んだ。

ルーナとアニエスに向かって聖属性のマナだけでなく、光のマナも集まり始め、輝きは強くなっていった。


 訓練場に居た騎士たち全員が地上からその光を真剣な面持ちで見つめていた。


「陛下、アニエスはエリアス様の危機を察知してここへ飛んで来たのでしょうか?」

「そうなのだろうか・・・」


 5分位、そうして飛んでいただろうか。徐々に集まっていたマナは減っていき、光も薄れて来た。その中でアニエスは目を開き、エリアスを見て声を掛けた。


「エリアス。聞こえますか?エリアス・・・」

「う、うぅん・・・あ、あれ?君は?・・・え?アニエス?瞳が!髪も!うん?ここは?」

「エリアス。何があったのか聞きたいのは私の方よ?」

「あ!そうだ。僕は血の気の多い騎士に決闘を挑まれて勝ったのだけど、それで気が済まなかったのか、不意を突かれて炎で焼かれてしまったんだ」


「まぁ!エリアス、あなた死ぬところだったのよ?」

「あぁ、そうだね。僕はこの世界に生まれてから、死にかけたのはこれで三度目だよ」

「あなたという人は・・・本当に私が居ないと駄目なのね・・・」

「アニエス、どうやって僕を助けてくれたの?」


「さっき、あなたは人が沢山居るところで倒れていたわ。あそこではマナが素早く集められなかったの。それでルーナに乗ってマナが沢山流れているこの空へ上がったの」

「聖属性の魔法で傷を癒してくれたんだね?」

「えぇ、ルーナも手伝ってくれたのよ」


「ありがとう。アニエス。ルーナも」

「ヒヒーン!」

「ルーナがどういたしまして、って言っているわ。それよりエリアス。あなたのお洋服、ほとんど無くなってしまったわね」

 エリアスの溶け落ちていた皮膚は全て再生され、どこにも傷は残っておらず、髪も再生され元の長さまで伸びていた。でも、騎士服や下着は再生されず、ほぼ裸の状態でアニエスに抱かれていた。


「え?あ!」

「私、エリアスの全てを見てしまったわ!」

「あー、参ったな・・・」

「さぁ、皆さんのところへ戻りましょうか」


「うん。アニエス。本当にありがとう」

「言ったでしょう?私がエリアスを守るって!」

「それって、これから先ずっと?」

「えぇ、ずっとよ」

「そうか・・・」


「ルーナも、ありがとう!」

「ブヒヒンッ!」

「いつでも来るって言っているわ」

「それは心強いな」


 安心した僕は恥ずかしさも忘れアニエスと頬を合わせたまま、再び意識を失った。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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