14.疑惑
騎士団長とベルティーナは、アニエスの出自と聖女であった事実に驚愕した。
「失礼、少し外で話をしないとならなくてな・・・」
二人は家を出ると、船の方に向かって歩きながら相談した。
「団長、アニエスは15歳までここに居たら、貴族学校へ入ってから困ることになりますね」
「それは間違いないな。言葉使いや礼儀作法、学問どころか一般的なことも何も知らないのだろうからな」
「これはアニエスの両親を探るべきなのでは御座いませんか?」
「うむ。アニエスは謎が多過ぎるな。それに聖属性の魔力が100だからといって、あの髪の色では、どの貴族からも疎まれてしまうだろう」
「それよりも第一聖女ともなれば、エリアス様ではなく、帝国を継がれるリカルド様の妻となるのが筋では御座いませんか?それなのにアニエスは既にエリアス様をお慕いしている様です」
「そうだな。これは問題が多いな・・・」
騎士団長はそう呟いて考え込んだ。
「えぇ、ですからまずはアニエスのことをもっと調べなければならないでしょう」
「うむ。その上で15歳までの3年をどう過ごさせるかを決めねばならぬだろう」
「団長、あの老夫婦は何も知らないとは言え、貴族に依頼されてアニエスを養っているのです。きっと自給自足ではなく、食料や物品がここへ届けられているのではないでしょうか?あのアニエスの着ているワンピースもこんな辺境で手に入るものでは御座いませんから」
「なるほど。それはあり得るな」
「この近くで船の行き来を見張り、尾行すればどこから援助が出されているか判るのではないでしょうか」
「そうだな。それで突き止められると良いのだが」
二人は家に戻ると早速3人に質問をした。
「主人よ。この様な辺境では、食べ物も満足に手に入らぬのではないか?食料品はどうしているのだ?」
「それは定期的に届くんだよ」
「では、電話で必要なものを伝えているのかな?」
「いや、連絡先は知らないんだ。届けてくれた時に次の注文をするんだよ」
「アニエスの服の大きさは、どうやって伝えるのかしら?」
「それも配達が来た時にアニエスの身体の大きさを書いた紙を渡すのさ」
「そうやって、アニエスの成長も把握しているのね」
「その荷物は何日に一度届くのかな?」
「ルナが満月の日に来るよ」
「なるほど、月に一度か。ではこの辺境でも困ることはないのだな?」
「あぁ、ありがたいことだよ」
「ん?3年後にアニエスが帝国へ行った後はどうなるのだ?」
「わしらは生まれ故郷へ帰るよ。褒美ももらえることになっているんだ」
「あぁ、それは至れり尽くせりだな」
「では、アニエス。私たちはこれで失礼するよ」
「エリアスはまた来るかしら?」
「いや、エリアス様はここには来られないだろうな」
「そう・・・」
アニエスは少し寂しそうな顔になった。
「アニエス。エリアス様にはきっとまた会えるわ」
「そうね」
ベルティーナはアニエスを元気付けるため、そう声を掛けた。
「では達者でな」
二人はアニエスの家を後にし、帝国城へと帰って行った。
その数週間後、アニエスの扱いについて会議室で討議することとなった。
今回は司祭とアドリアナ妃、それに宰相も招かれた。
「今回、皆に集まってもらったのは、新たに次世代の聖女が見つかったのでな。その処遇について討議したいと思う」
「聖女が現れた?それは火の国の王女、レティシア王女殿下以外に、ということで御座いますか?」
泡を食った表情で宰相は聞き返して来た。
「そうだ。そう言えば、レティシアの聖属性魔力は如何ほどだ?」
「はい。50だと聞いております」
「今回、現れた聖女は100だそうだ」
「え?では皇妃の候補となるのでしょうか?」
宰相はそう言うなりうなだれてしまった。
何故、宰相のお前がこの世の終わりの様に落胆するのだ。と言いたげな表情でお父様は睨む様に宰相を見た。
「いや、この聖女なのだが、謎と問題が多いのだ」
「問題が?一体、どこで見つかったので御座いますか?」
宰相はいきなり表情が明るくなった。なんて現金な男なのだろうか。そんなに母国の人間を重用したいのか。
「風の国の南の辺境地だ」
「え?では貴族ではないので御座いますか?」
「まず、出自がはっきりしない。どうやら貴族の子ではある様なのだが、その存在を隠したかった様だ。それで人目の付かない辺境の地で老夫婦に育てさせていたのだ」
「しかも、その聖女には闇属性も宿っている可能性がある」
「なんですと!聖女でありながら闇属性も併せ持つのですか?」
「そんなことは聞いたことが御座いません。人間は闇属性を持つことが無いから、魔力測定器に闇属性を測る機能が無いのでは御座いませんか?」
アドリアナ妃は皆が常識として知る見識を淡々と述べた。
「皇妃殿下、おっしゃる通りで御座います。この聖女の魔力測定をしましたが、聖属性が100で、光属性は無く、それ以外は全て10でした。ただ・・・」
「ただ?団長、何を勿体ぶっていらっしゃるのですか?」
「宰相殿、彼女の瞳と髪は黒いのです」
「え?瞳が黒い?髪も?」
「むっ!」
宰相とアドリアナ妃が驚くのは想定内だ。だが、いつも冷静で皆の話に反応がない司祭が驚く様に反応したのはとても珍しいことだ。
「そんな人間は見たことが御座いません。それは闇属性を持っているからこそ、そうなるのですか?」
「司祭、どうなのでしょう。それをお聞きしたくてこの場にお呼びしたのですよ」
「陛下、皆さまと同様に私も今までに黒い瞳、髪の人間は見たことが御座いませんし、過去の記録にもその様な記述は御座いません。よって、その聖女が闇属性を持つと断定することはでき兼ねます」
「やはり、判らぬのだな・・・」
「通常、聖属性を持つ者は、その力が強ければエレノーラ皇妃殿下の様に白い髪に、若しくはアドリアナ皇妃殿下の様に元の色が薄まるのが普通です。聖属性の魔力が100もありながら髪が白くならずに黒いのであれば、闇属性の力が混ざっていると考えるのは自然なことかも知れませんな」
ふむ、宰相はどうしても火の国の王女をリカルドの妻に推したいのだな。あまりにも判り易いよ。最早、聖属性魔力の強さはどうでも良いのだな・・・
「では、その聖女の親は、娘の髪が黒いということで貴族の目から遠ざけておきたいと考えているということか・・・」
「陛下。恐れながら・・・聖女が15歳になりましたら、帝国の学校へ入れることになっている様なのです。それまででその老夫婦はお役御免となる計画の様です」
「では、貴族の目から隠し続けたい訳でもないのか」
お父様は訳がわからん。といった呆れた表情で言った。
「そうですね。それが聖女として表に出したいのか、あの辺境で暮らし続けることが難しいからなのかは読めないのですが」
「それで、聖女の親の捜索はどうだったのだ?」
「はい。毎月、ルナが満月となる日に生活物資が届けられているそうで、先日、その輸送船を尾行し、荷送人の商人を突き止めたのです。しかし、その商人の前に何人もの人の手を経て荷物が渡っており、結局は元の依頼人を突き止められないのです」
「ふむ。そこまでするとは余程、聖女の出自を明かしたくない様だな」
「でも、貴族学校に入学させるならば、その時点で親は判ってしまうのではありませんか?」
「エリアス様、私も勿論そう考えました。ですので、先に学校の方へ手を回し、聖女の入学手続きをする者が来たら知らせる様に言ったところ、10年前に入学手続きを終え、3年間の学費と寮費を全て納めてあったのです」
「なんと!そこまでしてあったのか。それでその手続きをした者の名は?」
「それが・・・聖女の名しか名乗らなかった様です」
「学校の管理者もそれでよく引き受けたものだな!」
「はい。私も同じ様に問い詰めたのですが、どうやら破格の礼金と寄付金を上乗せされ、断れなかった様です」
皆、一様に呆れ顔となった。
「なんとまぁ・・・」
「では、その聖女は3年後には入学するのだな?」
「はい。そうなるとは思うのですが・・・」
そう言いながら団長の顔が曇った。
「何か問題があるのか?」
「いや・・・はい。その聖女は教育を受けていない様なのです。言葉使いや礼儀作法は勿論、一般的な常識もこの世界の文化も、何も知らないのです」
「それで、いきなり貴族学校に入れるとは・・・一体聖女の親は何を企んでおるのだ」
「陛下、この様な者はリカルド皇子殿下のお妃様として迎えることは到底できませぬ!アドリアナ妃殿下もそう思われますよね?」
「え、えぇ・・・そうですね」
アドリアナ妃はかなり不安そうな顔になっていた。まぁ、それはそうだろう。
その不安を断ち切る様にお父様は話を続けた。
「リカルドの妻として迎えるかどうかは、まだ考えなくとも良いだろう。既に第二聖女も居るのだからな。それよりも3年後にその聖女が帝国に来ると判っているのであれば、今から何とかすれば良いのではないか?」
「それは・・・その聖女を今から3年で教育するということで御座いますか?」
「ニコラスよ。できるだろう?」
「そうですね。教師を聖女の家に派遣すれば良いのですから」
「アニエスはそれを受け入れるでしょうか?」
「エリアス様、それは彼女次第です。それは説得すれば良いと思います。拒むのであればそれまでですが」
「そうですね・・・」
「あぁ、そうそう。司祭殿、ひとつ聞きたいのだが、その聖女はエリアスを見て、司祭と同じことを言ったそうだ。それは神眼を持っているということなのだろう。だが、それだけではなく、エリアスの前世も覗き見ることができたそうだ。神眼はその様なことも見えるのか?」
「いいえ、私には人の前世など見えませぬ。いや、そもそも前世という概念を存じません」
「では、その能力は魔眼である可能性はあるか?」
「魔眼は人の邪悪な思考や恐怖を読み取る。とは聞いたことが御座います。ですが、人の前世については聞いたことが御座いません」
「では、魔眼持ちであるかどうかは判らぬのだな?」
「司祭様、僕はその時、アニエスの瞳が赤く光っていた様に見えたのですが・・・」
「赤く光った?確かにそれは魔眼の持つ特徴では御座いますね」
「では、その聖女、アニエスは100の聖属性魔力と神眼を持ち、併せて闇属性と魔眼も持っている可能性があるということだな?」
「あ、あの・・・お聞きしていると恐ろしい者の様に聞こえるのですが・・・」
アドリアナ妃は今日の話から、アニエスを得体の知れない恐ろしい存在と認識してしまった様だ。これは不味いな。
「アドリアナお母様、アニエスはその様に恐ろしい娘では御座いません。リカルドの様に天真爛漫で素直な女の子です」
「あぁ、そうですね。エリアス様はその聖女とお話しされ、聖獣にも一緒に乗られたのですものね」
「聖獣?」
聖獣という言葉に司祭が反応した。マスクをしているから表情は良く読み取れないのだが、初めて見るという程に司祭の心が動いているのが感じられる。
「その聖女は聖獣と共に居るのですか?」
「一緒に暮らしている訳ではありませんが、アニエスは聖獣のペガサスと会話ができるのです。ルーナと名付け、親しくしていました」
「聖獣と会話が・・・その様な者が闇の属性に穢されているとは考えられませんね」
「はい。その通りです。聖獣も聖女もその名の通り、穢れの無い存在であると思います」
「うん。それも一理あるな。アニエスについては、その黒い髪のせいで要らぬ憶測をされるであろうし、疑惑も無い訳ではない。だが、我らとしては今のところは曇りの無い目で見守ることとしよう」
「お父様、ありがとうございます」
「エリアス。とは言え、あまり入れ込み過ぎぬ様にな」
「はい」
「ニコラスよ。アニエスの教師を探して派遣してくれ」
「仰せのままに」
その夜、僕はベッドに入ってから最後にお父様に言われた言葉について考えた。
アニエスに入れ込み過ぎるな、とはどういうことなのだろうか?
僕はアニエスを庇い、守ろうとしていたのか?確かにアニエスのことは気になっている。日々の鍛錬や研究の合間に空を見上げ、キラキラと光り輝きながら流れて行くマナを見ていると、その中にアニエスの顔を思い浮かべてしまう。
僕はアニエスを好きになったのだろうか?確かに日本人の様な黒い瞳に黒髪だ。馴染みがあるし、とても可愛い。そんな娘に抱きしめられたのだ。気になっても仕方がないだろう。
恋愛経験の無い僕など、ちょろいものなのかも知れないな・・・
しかし僕は能無しだ。皇帝の地位は継げないし、子を残すこともできない。それなら好きになる訳にはいかないな・・・
大体、僕は女性に現を抜かしている場合ではない。お母様を取り戻さなければならないのだから・・・
でも・・・アニエス・・・可愛かったな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!




