12.聖獣
4体の怨獣を撃退し、僕たちは一旦アルテミスへ戻った。
「騎士団長、さっきの爆発音は何だったのですか?」
怨獣との戦闘を知らないベルティーナは緊張感を持った顔で質問した。
「あぁ、あれはドミニクとマルティナの複合攻撃で怨獣を倒した時の音だ」
「複合攻撃?それはどんなものですか?訓練でもやっていませんが?」
「それはエリアス様の指示だ。私もどうやったのかは良く解からない」
「皇子殿下が?」
怪訝な顔でエリアスを見つめたベルティーナにナタリーが声を掛けた。
「ベルティーナ様、皇子殿下は今回の4体で一番強かった大型の熊の怨獣をお一人で倒されたのです」
「なに?皇子殿下がお一人で?一番強い怨獣を?」
「ふふっ、解からぬよな、ベルティーナ。私が大型の虎の怨獣を倒し、ナタリーが小型の熊の怨獣を倒した。そしてドミニクとマルティナで小型の熊の怨獣を倒すのに苦戦しておったところを、皇子殿下が助言し、言われるままに複合攻撃をしたら一撃で怨獣をバラバラに吹き飛ばしたのだ」
「そんなことが!それで一番強い怨獣とは?」
「虎と同等の大型の熊型だった。しかも私が斬り落とした足は復元を始めたのだ、しかし皇子殿下が足と首を斬ると、それは復元せず、そのまま息絶えたのだ」
「お、皇子殿下には魔法が?」
ベルティーナの僕を見つめる瞳には、少し恐怖が宿っていた。
「いや、魔法は・・・しかし殿下の剣は白い光を放っていた様に見えたな」
「はい。私も見ました!確かに斬る瞬間、白く輝いていました」
「僕に魔法の力はありませんよ?」
「それでも傷を復元できる程の魔力を持った怨獣を倒せるなんて・・・皇子殿下は今、お幾つになられたのでしたっけ?」
「僕は12歳ですよ」
「12歳?まだ?」
ベルティーナは僕とマルティナを見比べていた。あぁ、マルティナと僕は身長がほぼ同じだな。
「はい。12歳です」
「な、なんてこと!やっぱり・・・」
「やっぱり?」
「神様・・・」
「いやいや。僕はただの無能な人間です」
「いえ!絶対に神様です!そうでなければあんな戦い方ができる筈は御座いません!」
「その通りです!」
ドミニクとマルティナが興奮気味に答えた。
「僕はただ身体を鍛え、剣術を使って戦っただけです」
「そうですね・・・エリアス様は・・・特別なお力をお持ちなのだと思います」
「そうですよね!騎士団長!」
あーあ。騎士団長までそんなことを!まぁ、理解できなくとも仕方がないか。この世界では剣術は進化せず、魔法に特化されたのだからな。
「今日の調査はここまでにしよう。皇帝陛下にこのことをご報告せねばならぬからな」
「御意!」
スワローをアルテミスに格納し、森を離脱した。
僕は今日の戦闘を思い出し、頭の中で整理しながら窓の外を眺めていた。
「うん?あれは・・・なんだ?」
風の王国南端の塀の手前、小さな山を越えた林の外、緑の野原が広がっている中に一点の白い物が目に入った。
「騎士団長!船を止めてください!」
「ん?なに?え?」
騎士団長も今日の戦闘を頭の中で振り返っていたのだろう。急に声を掛けられ慌てた様子だ。
「すみません。何か白い物体を見掛けたのです。何なのか確認したいのですが」
「ナタリー、船を戻して着陸だ」
「まだ王国内に入っていませんが?」
「いや、塀は直ぐそこだし、森は抜けていて見通しは良い様だ。大丈夫だろう」
「仰せのままに」
アルテミスを急旋回させ、林の手前にゆっくりと音も無く着陸した。
ハッチを開けると僕は走って外へ出た。周囲を見回し、白い物体を探した。
すると500m程先の林の手前で草を食んでいたそれを見つけた。
それは一見、普通の白馬に見えたが、よくよく見ると背中に大きな翼が折り畳まれた状態であった。
「ペガサスだ!本物なのか?」
僕は一人呟きながら少し早足で近付いて行った。
「エリアス様!」
「あ。団長、皆で近付くと逃げられそうです。僕が様子を見ますから後からゆっくり来てください」
僕は小さな声で団長に伝えた。
「承知いたしました」
ペガサスは僕に気付き草を食むのを止め、ゆっくりと首を持ち上げた。
あ。気が付かれた!逃げられちゃうかな?
それでも僕はペガサスの大きく宝石の様に碧く輝く瞳を見つめたまま近付いて行った。
ペガサスは僕を左目で捉えながら畳んでいた翼を大きく開いた。
やはり逃げるか・・・
しかし、ペガサスは逃げずに僕を見つめたまま、再び翼を折り畳んだ。そして首を少し左右に振ると嘶いた。
「ブルルッ!ヒヒーンッ!」
「や、やぁ!大丈夫。僕は何もしないよ」
馬と話せるとは思っていないが、敵意が無いことを伝えたくて声に出して言ってみた。
すると、ペガサスも僕にゆっくりと近寄って来て、僕の肩に首を乗せる様な仕草をした。
僕は恐る恐るといった感じでペガサスの首を撫でると、ペガサスはもう一度、
「ブルルッ」
と反応した。
間近で見てみるとペガサスの鬣は首だけでなく、頭にまで純白で美しくフワフワな毛が靡いていた。その中から7色に輝くテープの様なものが伸びている。大きな翼は全て純白かと思ったが、風きり羽は金色に輝いていた。
「君は僕が怖くないんだね。良かった。それにしても美しい翼だね」
そう言って僕は再び首を撫でた。
その時だった。急にペガサスが僕と反対の方に首を捻じった。その方向を僕も見ると、一人の女の子がこちらへ向かって歩いて来ていた。
その少女の髪は黒髪であることが一目で判った。人型の怨獣なのか?いや、白いワンピースを着ている。怨獣が服を着ている訳がない。本当に人間なのだろう。でも、この世界に転生してから黒い髪の人は初めて見た。
そして近付いて来て分かった。瞳も黒いのだ。これではまるで日本人だ。身長は僕とほぼ同じ、腕にはバスケットを下げており、その中にはバナナが入っていた。
僕は唖然としてその娘を見つめていると、彼女も僕を見つめ返した。
「あら?あらあらあら・・・まぁ!」
「え?」
「あなたはだぁれ?ルーナが怖がらないなんて!」
あっけらかんとした口調でその娘は言った。何も怖がることなく、僕が何者なのか疑う様子もない。透き通る様に白く美しい顔立ちだが笑顔はない。そのまま僕の目の前まで来ると、ペガサスの首に抱きつき撫でた。
「あ。初めまして。僕はエリアス・アルカディウスと申します」
「私はアニエス。この子はルーナよ」
「ルーナ・・・この聖獣。ペガサスはあなたのものなのですか?」
「私のもの?そんな訳ないわ。この子は一人で自由に空を飛べるのだから・・・」
そう言って黒い瞳は少し悲し気な色となり、空を見上げた。
「エリアス。あなたは騎士なの?」
「え?あぁ、この剣?いや、僕は騎士ではない・・・な」
「ふぅん。でもその恰好は戦う人みたいね」
「そう・・・だね。必要があれば、戦うこともあるよ」
「ブヒヒン!」
その時、ペガサスが軽く嘶いた。
「あら・・・そうなの?」
「え?君はペガサスと話せるのかい?」
「えぇ、話せるわ。ルーナがね。エリアスを乗せて飛びたいって」
「乗せてくれるの?」
「えぇ、でも私と一緒よ?」
「君と一緒に?」
「君じゃないわ。アニエスよ」
アニエスは、ほわんとしている。小さい時のリカルドの様に屈託がない。
「あぁ、ごめんよ。アニエス。一緒に乗せてもらえるかな?」
「えぇ、いいわ」
すると、ペガサスは前足を折り、跪く様に首を下げた。
僕とアニエスはペガサスに跨った。それを見て遠巻きに見ていた騎士団の皆が急いで走って来た。
「エリアス様!ペガサスではありませんか!どこへ行かれるのですか?」
「え?判らないよ。ペガサスが僕を乗せて飛びたいそうなんだ」
「その娘は一体?」
「あぁ、アニエスというそうだ。ペガサスはルーナ、で良かったのだっけ?」
「えぇ、そうよ。この子はルーナ。私はアニエス」
「それで、どこへ行かれるのですか!?」
「ちょっとその辺を飛び回るだけよ。直ぐに戻るわ。そうしないと私も叱られてしまうから」
「叱られる?そうですか」
「では、少し待っていてもらえますか?」
「しょ、承知いたしました」
「ヒヒーンッ!」
ペガサスはひとつ嘶くと走り出し、速度が付くとバサバサッと二、三度羽ばたいた。するとフッと宙に浮き上がって低空を滑空したかと思ったら、急に上昇気流を掴みグイッと空へ飛び上がった。
ペガサスが羽ばたくたびに金色のマナが宙に舞う。まるで光のマナを翼に纏う様に。
「うわぁ!凄い!本当に飛んでいる!」
「エリアス。さっき大きな銀色の船が飛んでいたけれど、あれに乗って来たの?」
「そうだよ」
高度が上がると、さっきまで怨獣と戦っていた森やその向こうの深いジャングルがうっすらと見えた。反対側には山と林、それに風の王国南端の塀が連なるのが見えた。どちらも自然が豊富で美しい大地だった。
僕の前に乗るアニエスを後ろから抱きかかえる様にしているから、風になびくアニエスの黒い髪が僕の顔に当たり、くすぐったかった。
「エリアスはどこから来たの?」
「帝国だよ」
「帝国?エリアスは貴族なの?」
「うーん。隠しても仕方がないか・・・僕は皇帝の息子だよ」
「皇帝の息子?それって皇子様ってこと?」
「そうなるね」
「ふぅーん、エリアスは皇子様なのね」
「特に驚かないのだね?」
「どうして驚くの?」
「え?い、いや・・・いいんだ」
アニエスは僕に振り向き、僕の目を見つめた。さっきまで黒かった瞳は青く光っていた。
「でも、エリアスは・・・ちょっと変わっているのね」
「え?わかるの?」
「そうね・・・あなたは・・・空っぽなのね」
「空っぽ?あ、あぁ。魔力が無いってことかな?」
「魔力?えーと。そうなのかしら?」
「アニエスも少し変わっているのでは?」
「あ。そうね。この髪とか瞳の色のことね?」
「え?髪は綺麗だよ。瞳もね」
「あら?あらあらあら?私の髪を見て驚かない人は初めてよ?」
「そうなんだ。僕は見慣れているからね。綺麗な黒髪だと思うだけさ」
「まぁ!見慣れている?どういうことかしら?」
「エリアス。あなたは何歳なの?」
「僕は12歳です」
アニエスは再び僕に振り返り、少し驚いた顔をした。
「あら!私も12歳よ」
「大きいのですね!」
「大きいのね!」
二人の言葉が重なった。
「あ!」
「あら!」
「アハハハッ!ふたりとも12歳だったなんて!」
「そうだね。ふたりとも12歳にしては大きいのかな?」
「そうなのかしら?」
「ルーナ。もう良いかしら?私、確かめたいことがあるの・・・」
「ヒヒーン!」
ペガサスは嘶くと、羽ばたきながら高度を下げていった。
騎士団の皆が待っている野原に近付くと、高度と速度をゆっくりと落とし、最後は羽ばたきながら足を泳がせ、着地するとそのまま走って騎士団の皆の前で止まった。
ルーナは先程と同じ様に跪き、僕らを降ろした。
するとアニエスは、僕に振り返るといきなり僕の頬を両手で掴み、自分の顔を近付けた。
「キャー!」
女性騎士たちは、アニエスが僕にキスしようとしていると思ったのか悲鳴を上げた。
しかしキスではなく、至近距離で僕の目を見つめただけだ。
そしてその瞳は、今度は赤く光った。
僕は何が起こっているのか理解できずにその光る瞳を見つめ返した。
数十秒間そうしていて、女性騎士たちが漸く沈黙した時、アニエスは顔を離しながら言った。
「エリアスにはお母さんが二人居るの?」
「え?」
僕は戸惑いながら、他の者に聞こえない様な小さな声で答えた。
「それは僕の前世のお母様も見えたのかな?」
「前世?あぁ、私の知らない世界だなって思ったの。そうなのね」
「アニエスにはそんなものも見えるんだね?」
「そうね。エリアスには悲しみが多過ぎます・・・」
そう言って、アニエスは僕の身体を抱きしめ、肩に首を乗せて頬を合わせた。
「キャァーッ!」
さっきよりも一層大きな声で女性騎士たちが叫んだ。
「決めたわ!エリアスは私が守るわ!」
「え?アニエスが?僕を守る?」
「えぇ、いつかね」
「いつか・・・まだ先のことなんだね?」
「えぇ、でもそう遠くないわ」
そう呟きながら、アニエスは僕から離れた。
「さぁ、ルーナ。ご褒美よ!」
「ブヒヒン!」
アニエスは持って来ていたバナナの皮を剥いてはルーナに与えた。
ルーナは大きな翼を小さく震わせながら喜んでバナナを食べていた。僕はそれを微笑みながら見守った。
「エリアス様」
「え?あ!騎士団長。勝手なことをしてすみません!」
「それは良いのです。それよりもあのアニエスという娘、どこの誰なのか」
「あ、そうだね」
「アニエスはどこに住んでいるの?」
「私?あの塀の向こうよ。お爺さんとお婆さんと住んでいるわ」
「そうなんだ」
「では、エリアス様。そろそろ参りましょうか」
「そうだね。アニエス。僕は行くよ」
「えぇ、エリアス。またね」
「う、うん。またね」
二人は別れ、僕はアルテミスに乗り込んだ。アニエスとルーナは僕たちが飛び立つまで見つめ続けていた。
僕は窓から小さくなっていくアニエスたちを見えなくなるまで目で追った。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




