10.覚悟
「ウォー!皇子殿下!なんてことだ!」
空中でスワローに乗ったまま、僕を見守っていた騎士たちは興奮して雄叫びを上げた。
「皇子殿下、万歳!」
「あんなに細い剣一本で、あっという間に12頭の狼を・・・」
「信じられない・・・」
「魔法を使っていないのだろう?本当に・・・凄いな・・・」
一番驚いていたのは目の前で一部始終を見ていた騎士団長だった。
アルテミスから見守っていた者たちも驚きを隠せないでいた。
「凄いです!お兄様!」
リカルドは大興奮でぴょんぴょん飛び跳ねている。
「エレノーラ様、エリアス様は一体・・・」
アドリアナ妃は少し青い顔となって震えている。
「副団長がエリアス様は再び降臨された神だと言っておられました。どうやら本当の様で御座います・・・」
アルテミスを操縦する騎士が、何かに憑りつかれた様な呆けた顔で言った。
「何を言っているのです。エリアスは幼少の頃から身体を鍛えて来たのです。これは単なる成果です」
エレノーラ妃は冷静を装い淡々と述べた。
騎士たちが狩った獲物をその場で血抜きし、スワローで吊り下げてアルテミスに運び込む間、僕は騎士団長と先に戻った。
「お母様、戻りました」
「エリアス。見事でした。でも、まずはその血で汚れた騎士服を着替えていらっしゃい」
「はい。お母様」
見ているだけで何もしなかった騎士団長は騎士服の汚れもないので、そのまま王妃たちに報告した。
「騎士団長、エリアスは如何でしたか?」
「はい。正直、驚きました。魔力の無い人間が、身一つであの様に獣と戦うことができるとは・・・いやはや、クラークがエリアス様を神様だと言いましたが、信じない訳にはいかない様です」
「エリアスの剣術は、それ程までに凄いものなのですか?」
「えぇ、エリアス様ならば、怨獣が相手でも戦えるのではないかと・・・」
「え?でもそれは獣型の話ですよね?」
「あ。あぁ、左様で御座いますね。流石に人型には対応できないでしょう」
「そうですね。精々、獣狩りくらいにして欲しいものです」
エレノーラはひとつため息をつくと難しい顔をしたまま窓の外を眺めた。
そして、その噂は瞬く間に帝国中に広まり、エリアスは英雄視された。
でもそれはお世辞の様なものだ。皇帝の息子なのに無能だったものだから、貴族たちはエリアスの話題には触れない様にしていた、いや、触れられなかったのだ。
だが、こうして類稀な戦闘能力を持つことが知れたところで、無能の皇子に娘を嫁がせようと思う親は居ないのだ。
やっと、皇子の話題に触れても良いのだという安堵感から、皆、口が軽くなって今だけ褒め称えているに過ぎない。
僕としてもそんなことはどうでも良い。それよりも、もっと怨獣のことを知りたいと思う。
それからも身体と剣の鍛錬は積んでいき、僕は10歳になった。身長も150cmとなり、大人の背の低めな女性と変わらない程までに成長した。
今日は10歳の誕生日をお母様と共にお父様へ報告する。
「エリアス、今日は騎士服ではなく、皇子の正装をしますよ」
「では、帯剣できないのですね」
「勿論です。陛下にご挨拶するために謁見の間へ行くのですから」
「承知致しました」
皇子の正装は白地に金糸で豪奢な刺繍が施された着物の様な白い上着に白のズボン。ちょっと変わった衣装だ。
僕はこの衣裳があまり好きではない。格好だけで無能さが際立っているかの様に感じて恥ずかしいのだ。僕は騎士服の方が好きだ。
8歳からずっと、真っ白で魔力属性の色別の無い騎士服を着て常に帯剣している。日本刀を腰から下げているとそれだけで安心できたのだ。あれ?この衣装で刀を下げたら侍みたいに見えるかな?
「皇妃殿下、皇子殿下。お時間で御座います」
「エリアス、さぁ、参りましょう」
「はい。お母様」
皇帝の謁見の間に到着すると衛兵が重い扉を開き、声を上げた。
「第一皇妃殿下、第一皇子殿下のご入室です!」
謁見の間の中央まで進み、正面を見やると壇上の玉座にお父様が座っていた。
その左側に宰相のモンテス公が立ち、謁見の間の両翼には帝国騎士団のナンバー騎士10名が5名ずつ並び警戒していた。
第二皇妃アドリアナと第二皇子リカルドは先に謁見の間に入り、入り口横に並んで立ち、他にも皇妃や皇子の従者が壁に沿って立ち並んでいた。
「陛下、本日エリアスは10歳の誕生日を迎えましたことをご報告差し上げます」
お母様がうやうやしく頭を下げたまま述べた。
「うむ。面を上げよ」
僕とお母様は背を伸ばして立ち、お父様を見上げた。こういう儀式的なことには慣れないものだ。帯剣もしていないので落ち着かない。
「エリアスよ。能力の問題を抱えながら、よくぞここまで成長した。余は嬉しく思うぞ」
「陛下、ありがたきお言葉。感謝申し上げます。これからも剣の道に精進致します」
その時だった。
「ズズンッ!・・・ズドドドッ!」
「なんだ!この振動は!」
「地震か!?」
城全体が一瞬、地中から突き上げられる様な衝撃の後、数秒間小刻みに揺れた。
そして、怨獣の襲撃は始まったのだ。僕は帯剣していないことを後悔した。
しかし、刀を持っていたとしても、人型の圧倒的な力と攻撃に対し、僕は何もできなかっただろう。結果としてお母様に守られるだけだったのだ。
後から聞いた話では、怨獣との攻防は5分と続かず、あっと言う間に終わったと。だが、自分としてはその3倍も4倍も長く感じていた。やはり恐怖に支配されていたのだろう。
そして謁見の間では、人型の怨獣1体の襲撃で2名のナンバー騎士と2名の従者が命を落とし、お母様が連れ去られた。
最下層では獣型の怨獣が8体出現し、5体を倒したが、3体は瀕死の状態まで追い込みながら逃げられたとのことだった。
その8体の内、5体が猪で、2体が狼、残り1体が熊だったそうだ。
あの人型の怨獣は何者なのだろうか?僕を見つめていた様に思えたし、お母様もそう感じたからこそ、僕を守り、自ら攫われたのではなかろうか?
後日、お父様と話ができた。
「お父様、あの人型の怨獣は明らかに僕を見て何かを言っていました。お母様もそれに気付いて僕を守ろうとして攫われたのだと思うのです」
「うむ。その様に見えたな。騎士団長とエレノーラは魔力が100だ。その2人と私が3人掛かりで戦って漸く退けたが倒し切れなかった。あれは生前、余程の魔力を持った者だったのだろう」
「お父様にはあれが誰だったのか、お判りになっているのでしょうか?」
「この城に出現したのだ。歴代の皇帝や帝国に怨みを持つ者なのかも知れぬ。まぁ、断言はできぬがな」
「でも、記録上では今までにこの城に怨獣が出現したことは無かったのですよね?」
「うむ。聞いたことはないな」
「最近に亡くなった魔力の強い貴族で、帝国や皇帝に怨みを持つ者は居たのですか?」
「あからさまにそれを伝える者など居る筈もない。皆、命が惜しいのだからな」
「あぁ、それは勿論そうですね。もし、怨みを持っていても、それを内に秘めているからこそ、また怨みが増大するものですからね」
「そういうことであろうな」
「歴史上、帝国がこの世界を統一したのはかなり昔のことです。権力が奪われた怨みならば、とうに復讐を果たしていてもおかしくはありません」
「その通りだな」
「ではやはり、怪しいのは5代前の皇帝と司祭に絡む4名でしょうか?」
「勿論、可能性としてはあるだろう。だが、確信も持てないな」
「はい。怨獣が名乗った訳でもないのですから」
「エリアス。これから何かしようと考えているのか?」
「いえ、まずはあの黒い霧の様なものと闇の世界。それに怨獣の調査をします」
「エレノーラを探し出したいのだな?」
「はい。勿論です。どこかで生きている可能性はあるのですから」
「うむ。帝国騎士団、夢幻旅団、各国王国騎士団にも調査をさせる。エリアス、行動を起こす時は必ず事前に報告するのだぞ。良いな?」
「承知致しました。お父様」
その夜、悪夢に魘され目を覚ました。恐ろしい夢だった。
「光!どうして私を守ってくれなかったの?私にはあなただけしか居なかったのに・・・」
首から血を流した前世の母が目の前に迫ってくる。生気が無く、恨めしい顔で。
「ごめんなさい!お母さん!ごめんなさい!お母さんを守れなくて」
僕は泣きながら必死にお母さんに許しを請う。だが、母は悲しい表情を残して暗闇に消えて行く。そして次に現れたのは現世のお母様だ。
「エリアス、何故、あなたは無能で生まれて来たの?何故、私を守ってくれなかったの?」
怨獣の鞭の様な腕に縛り付けられ、苦悶の表情を浮かべながらお母様が訴えてくる。
「お母様!すみません!僕が無能なばかりに!何もできず、お母様が攫われるのを見ていることしかできず・・・」
僕は真っ暗な絶望の淵に沈んで行った。
涙を流したまま目を覚まし、ひとつ大きく息を吐いて身体を起こした。
真夜中でも明るい外に気付き、自室のバルコニーに出ると夜空を見上げた。
空には3つの月が浮かび、7色のマナが輝き漂っている。その美しさのせいだと自分に言い聞かせながら、母を思い浮かべてひとり涙を流した。
「お母様・・・どうして僕は・・・またしてもお母様を・・・失うのですか!」
「お母様はどうして僕を守ろうと・・・何もできない僕を・・・」
「こんな僕を許してくれるのでしょうか・・・」
僕はそれ以降、二度と皇子の衣装を着ることはなかった。
眠る時以外は常に騎士服とマントを纏い、刀を腰から下げた。絶対に諦めない。僕は命がけでお母様を探し出す。そう覚悟を決めたのだった。
それから2年間、僕は帝国中の書物を読み漁り、闇の世界の調査をした。
しかし、解かったことはこの星の南極大陸が闇の世界エレボスであり、南半球にはほとんどマナが存在しないらしい。ほとんどの大陸が北半球に偏って位置しているのだ。
また、人型の怨獣が人の言葉を話した。と記録にはあるが、怨獣と会話をした訳ではないらしい。この前もそうだが、怨獣が勝手に何かを話すだけだ。
書物での調査をするだけで、外へ出ての調査はまだ許されていない。
僕はその鬱憤を晴らすため、より一層、己の肉体を鍛えた。1日10時間以上、鍛錬に明け暮れ、夕食後はひたすら書物を読み漁った。
そうして僕は12歳となり、身長も160cmまで成長した。
そして漸く、帝国騎士団の怨獣調査に同行することを許された。
本当は夢幻旅団に同行したかったのだが、夢幻旅団は基本的に夜間に行動するため、実戦経験もない子供の僕にはまだ許されなかった。
初めて立ち入りが許された帝国騎士団の訓練場。騎士団長に連れられ入場し、物珍しそうに辺りを見渡していると、6枚の旗が風にはためいていた。
「騎士団長、あの旗は?」
「一段上の旗が、帝国騎士団の象徴であるドラゴン旗で御座います。そして、一段下の旗が右から、水の国のリヴァイアサン、風の国のペガサス、土の国のユニコーン、火の国のフェニックス、金属の国のグリフォン。これらは各国騎士団の旗となっております」
「あぁ、帝国騎士団の騎士は各王国騎士団から派遣されているのでしたね。ところで、あれら象徴となっている生き物?あれはこの世界に実在するのですか?」
「はい。全て実在する聖獣だと言われています。ただし、見た者は居ないと思われますが」
「え?見た者は居ないのに実在するとはどういうことでしょう?」
「いえ、それは言い伝えというもので御座います」
「そうですか、でも古文書には書いていなかったな・・・」
どれも地球では伝説の生き物として知られるもので実在しない。でも、この世界には存在するというのか・・・本当に不思議な世界だ。
「でも、闇の怨獣が居るのですから聖なる獣が居てもおかしくはありませんね。実在するならば見てみたいものです」
「エリアス様ならば聖獣を手なずけてしまいそうですね」
「いや、実在していて出くわしたならば怖いでしょう!」
「殿下、この風の大陸のペガサスならば、馬に羽が生えているだけですから怖くはないでしょう?」
「あぁ、そうですね・・・そう言ったらユニコーンも怖くはないか」
訓練場に入って行くと騎士たちが整列して僕を待ち構えていた。
見慣れた騎士服だが、こうして整列していると普段は気付かないところに目が届くものだな・・・
前列には騎士服の上腕に数字の記されたナンバー騎士が、ⅡからⅩまで並んでいる。
二年前の怨獣の襲撃で4名が亡くなったが、今は補充され10名揃っている。
ナンバー騎士は皆、髪と瞳が魔法属性の鮮やかな色となっている。僕の様に筋肉質でしっかりとした身体つきの者は数える程だ。その後ろに控えるナンバーの無い騎士たちの髪色は少しくすんでいる様だ。
そして騎士たちは若い者が多い。ほとんどが18歳から20代前半だ。その年齢を越えて騎士を続ける者は、家督を継げない次男や次女、または魔力が強くナンバー騎士となっている者か騎士で居続けたい者だけだそうだ。
意外なのは男女比が同程度なことだ。日本の感覚で言えば、戦士は男が多いと思っていた。しかし、ここに居並ぶ騎士たちの男女の割合は半々だ。
あぁ、そうか。必ずしも腕力や体力勝負ではないのだ。魔法を駆使して戦うのだから、魔力量が全てであり性別は関係ないのだな。
皆、僕の一挙手一投足を見つめている。ある者は僕の日本刀に釘付けになっている様だ。そういう者は身体つきがしっかりとしている。剣術の心得があるのかも知れない。それは少し楽しみだな。
だが、僕の無能を蔑む様な目で見つめている者も居る様だ。気は抜けないな。
「皆の者、今日から我ら帝国騎士団と行動を共にすることとなったエリアス皇子殿下である」
「皆さん、エリアスです。よろしくお願いします」
「はっ!皇子殿下!歓迎致します!」
騎士たちが声を揃えた。
よし。これからは本格的に怨獣の調査ができる。必ずお母様を探し出すぞ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




