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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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9.使命

 会議の終わりにバルデラス団長に僕の剣の腕前を見せて欲しいと言われた。


 お父様も急にそう言われて戸惑った様子だ。

「剣の腕前?どうやって?」


「いえ、この場で私に打ち込んでみていただければそれで結構ですので」

「ふむ。エリアス。やってみるか?」


 なるほど。会議の間、団長が僕に興味を持っていることは感じていた。そして僕の剣の腕を見たいと言ってくれたのは僕にとっても好都合だ。


 だが今の僕の身体では、まだこの刀を自分のものにできていないのだ。100%ではないのにそれで失望されたら?どうするか?


 でもこの機会を逃すのも惜しいな・・・

「実はこの剣は、お母様に練成いただいたのですが、半年程しか経っていないのです。まだ完全に自分のものとなってはいないのですが、それでもよろしければ」

「それで結構です」


「皇妃殿下。まさかその剣は・・・」

「えぇ、キレイカルコスで錬成したこの世界で唯一の剣です。それをエリアスの前世の世界の剣の形に鍛えたのですよ」

「素晴らしい!この世界で斬れないものがないと言われた、あのキレイカルコスの!しかも神の世界の剣とは!」

「ほう・・・」


 副団長は、お母様と同じ金属属性の大陸、ステュアート王国の公爵だ。この剣の希少性をよく知っている様だ。そして、バルデラス団長がそれを聞いてニヤリと笑った様な気がした。


「殿下、ご自分のお好きな間合いで私に斬り込んで来てください」

「承知しました」

 僕は短剣をお母様に預けると、日本刀をさやからすらりと抜き、フェンシングの一足一刀の間合いに立ち、剣道の中段に構えた。


「おぉ!黄金に輝く剣!何て美しい剣だ。あんなに美しい剣は初めて拝見致しました!」

 副団長はいたく感激している様だ。


「そんなに遠くて良いのですか?」

 僕では届かないと思われる間合いを取ったのだ。そう思われたなら好都合だ。

「はい」


 さて、どうするか。これはフェンシングの間合いだ。フェンシングと言えば剣捌けんさばきとスピードだ。だが、団長は踏み込みを見たいだけだ。


 それならばスピードに全てを懸けよう。

「行きます!」


「ふぅー」

「イヤァーーッ!」

「ダァンッ!」

 僕は呼吸を整えると、会議室につんざく掛け声と共に、これまでに鍛え上げた瞬発力を一瞬に爆発させ、団長の左腕目掛けて斬り込んだ。


「ビュゥオッ!」

 かたなが風を斬る音と共に、一瞬で団長のふところへ飛び込んだ。


「ムッ!」

 団長は目をき、驚きの表情と共に紙一重で刃先を回避しようとした。

しかし、刃先がもう一段伸び、左上腕を1cm程の深さで斬り込むと同時に彼の脇を駆け抜けた。


「ピシッ!」

「シュパッ!」


 その瞬間、黒いマントがひるがえり、その下の白い騎士服の肘上ひじうえがスパッと切れた。上腕の黒い「(エース)」の文字に数滴の血飛沫ちしぶきが飛び、じわりと赤い血で染まった。


 だが、バルデラス団長は至って冷静だ。顔色を変えることもなく、淡々と立ち合いの評価を述べた。


「うむ。5歳でこれ程とは・・・」

「すみません。届くと思っていなかったのですが」

「届くと思っていなかったが、初めから心臓ではなく腕を狙ったと?」

「はい。これは真剣勝負ではなく、腕を見せるだけとのお話でしたので」

「ふむ・・・」


「バルデラス団長、治療しましょう。こちらにお座りください」

「皇妃殿下・・・ありがとう御座います」

「良いのです」


「ウーラノスの聖なる力よ、我に力を貸したまえ!」

 お母様が聖属性魔法の呪文を唱えると白い聖なるマナがお母様を包み込み、会議室を明るく照らした。


「この者の傷を癒したまえ」

「パァーッ!」

 白い魔法陣が現れ、バルデラス公の左腕を包んだ。

傷が深くなかったのか、それともお母様の魔力が強いからか、ものの数秒で治療は終了した。


「これで傷は塞がりました」

「ありがとう御座います」

「コンラードよ、5歳の子だと甘く見ていたのだろうが、エリアスの腕前はどうだ?」

「はい。とても5歳とは思えませぬ。そして、あの様な剣術は初めて見ました」


「そうだな。私もだ。エリアス。其方、前世では相当に強かったのだな?」

「国では一番となり、世界でも一番を勝ち取りました」

「国で一番?その国にはどれ程の人間が暮らしていたのだ?」

「私の国には約1億2千万人が暮らしていました」


「え?」

 全員が1億2千万に反応した。

「あぁ、この世界では風の王国フォンテーヌで5千万、全世界でも2億6千万人程でしたね」


「エリアス。1億2千万人の中で一番強かったのか!」

「いえ、世界で一番です!」

「ほう。それで、その世界にはどれ程の人間が居るのだ?」

「約80億人です」


「え?は、はちじゅう・・・億?」

「はははっ!これは通りで・・・」

「どうした?コンラード」

「これは失礼を。姿は7、8歳の子供なのに、その身にまとった気は手練れの騎士のそれだったのです」


「あぁ、それで手合わせしてみたくなったのか」

「はい。大変、失礼を致しました。皇子殿下」

「良いのです。でもその内に夢幻旅団に同行させていただきたいと考えています」

「皇子殿下ならば、いつでも歓迎致しますよ」


 終始ムスッとして無表情を貫いていたバルデラス団長が最後には笑顔となった。

もしかして認めてもらえたのだろうか?それならば良かったのだが・・・


「エリアス!何を言っているのですか!」

 バルデラス団長の笑顔とは対照的にお母様は必死の形相だった。


「お母様。直ぐにという話では御座いません。僕はまだまだです。もっと身体を大きく、動きも速くする必要がありますから」

「まさか・・・怨獣と戦うつもりなのですか?」


「お母様。僕には魔力がありません。帝国を継ぐことも、結婚し子を残すことも叶わないでしょう。その様な僕にできることは、この世界を怨獣が出現しない世界に変える手伝いをすることくらいです」


「そのためにはもっと怨獣のことを知らねばなりません。そして怨獣に立ち向かうために、無能なりにでき得る限り身体を鍛え上げ、前世から続く剣の道をきわめる必要があるのです」

「うむ。エリアスよ、その心意気、見事なり!」

「陛下!その様な・・・」


 お父様は顔を真っ赤にして僕を褒めた。そしてお母様は血相を変えた。


「エレノーラよ。其方の心配はよく解かる。その上でだ。エリアスの、皇帝の息子として生まれた者の心構え、それが嬉しいのだ。そうは思わぬか?」

「はい・・・仰せの通りに御座います」

「お母様。ご心配には及びません。僕はこの命を軽んじているのでも、無能という身の上に悲観もしておりません。自分で考え、自分の使命としてやり抜きたいと考えているのです」


「や、やはり、神様の再来なのでは・・・」

「はははっ!無能の神様ですか?」

 その場で副団長の言葉に笑ったのは僕だけだった。




 それから3年後。僕は8歳になり、身長も140cmまで伸びた。


 剣の修行も順調に進み、日本刀も難なく振れる様になっていたし、身体も体幹から鍛えられ、持久力も付いて来た。


 今日は帝国騎士団の狩猟に同行することとなった。

経験値の低い騎士は訓練を兼ねて獣を狩るのだ。それは訓練だけでなく肉の供給役も担っている。この世界では畜産が許されていないのだ。


 大昔に畜舎から怨獣が出現し、一般民衆が大勢殺された痛ましい事件があったのだ。それ以降、小型の鳥以外の畜産は禁止され豚や牛の肉の代わりとして豆や人口タンパク質から人口肉が開発され、広く食される様になったそうだ。だが、それだけでは味気ないと各国で騎士の訓練として狩猟が盛んになったのだ。


 帝国の大型戦闘艇、アルテミスと呼ばれる空を飛ぶ船で狩猟へ出掛けた。

この船は光のマナをエネルギーとして飛ぶそうで船体の形は地球のジェット旅客機に近いが胴体の主翼が無く、船体の前後に2本ずつ脚の様に突き出た小さな翼があり、その翼の先にドラムの様な円筒形のものが付いている。


 このドラムから金色の光のマナが放出され空中に浮いて飛ぶらしい。船体はシルバーで美しい造形だ。機体の後方下部に地面に向かって開くハッチがあり、そこから乗り込むのだ。


 今日の狩猟には見学のためについて来た6歳になった弟のリカルドと僕のお守り役として騎士団長とお母様、それにリカルドの母アドリアナ妃が同行している。


 アルテミスを山のふもとへ着陸させるとハッチが開き、スワローに乗った騎士が10名、音も無く飛び出した。

スワローとは、やはり光のマナで空を飛ぶ乗り物だ。形としては超小型のグライダーの様だ。正にツバメの様な形をした翼から光のマナを放出して空に浮かび、飛ぶのだ。


 騎士たちはスワローに跨り、空を飛びながら獲物を探し、低空から魔法攻撃をして獣を仕留めるそうだ。


 見ていると、ここではいのししの群れを見つけ、若い騎士たちが空から魔法攻撃で頭に各属性の槍を落としたりやいばとしたもので首や足を斬り落として狩っていった。


 でも僕から見れば、魔法の呪文を詠唱し、安全な空中から猪目掛けて攻撃を打ち込む様子には何の緊張感も感じられず、退屈な動きにしか見えなかった。


 うーん。その方が危険は無いのだろうが、それで怨獣と戦うための訓練になるのだろうか?いささか疑問だ。


 つまらなそうに見ている僕に騎士団長が声を掛けて来た。

「エリアス皇子殿下、不服そうで御座いますね」

「あの様に獣を倒して怨獣と戦うための訓練になるのでしょうか?」

「あぁ、エリアス殿下の様に身一つで戦うのとは違うのです。あくまでも魔法勝負なのです。如何に早く、正確に魔法を打ち込むかの訓練なのですよ」

「ふーん」


 僕は明らかに機嫌が悪そうな顔をしていたのだろう。

「エリアス。彼ら騎士にとって、これは大切な訓練なのですよ」

「えぇ、解かってはいますよ。お母様」


「僕も訓練に加われないものでしょうか?」

「エリアスが狩りをすると言うのですか?」

「お兄様の狩りを見てみたいです!」

 弟のリカルドが無邪気な声を上げた。


「そうだよね。リカルドだって見たいよね?」

「はい!お兄様!」

「これ!リカルド!勝手を申してはなりませんよ!」

「は、はい・・・お母様」


 いつも無邪気で天真爛漫なリカルドが、アドリアナ妃に叱られ気落ちしてしまった。

アドリアナお母様の着物の様な衣装は髪の色に合わせたピンク色だ。不思議な可愛らしさのままリカルドを叱る姿に違和感一杯で微笑みたくなってしまう。


 リカルドとは僕からお願いして毎日1時間程、一緒に遊ぶ時間を作ってもらっているのだ。初めは僕の訓練を見学するだけだったが、成長に合わせて一緒にランニングし、木刀を振らせ、雨の日には本の読み聞かせもした。


 その甲斐あって僕らは普通の兄弟らしく仲良くなった。

前世でひとりっ子だった僕には嬉しかったし、その姿を見て二人の母親は和んでいたものだ。


「騎士団長、僕にも狩りをさせてください」

「いや、それは・・・」

「ふぅー。仕方がありませんね。では騎士団長。一緒に地上へ降りて、万が一のことがあればエリアスを助けてやってもらえますか?」

「はっ!皇妃殿下、仰せのままに」

「エリアス。わかっていますね?無理をしてはいけませんよ」

「はい。お母様!ありがとう御座います!」


 僕は勇んで地上へ降りると辺りを警戒した。猪はもう狩り尽くした。でも、辺りには獣の気配がする。前世でこんなことは体験していないが、今の身体はやたらと感覚が鋭いのだ。


「グルルルッ!」

「グフッ、ブフォッ!」

「うん?何だ?」


「ガルルルッ!」

 むっ!これは・・・おおかみではないか!しかも、10頭以上居る。恐らく狩られた猪の血の匂いに引かれて集まって来たのだろう。それにしても見たことがない程に大きい。


「殿下!狼は危険です!お下がりください!」

「いや、やってみます!」

「え?」

 騎士団長は僕の声にしばし呆然とした。


 僕は一番先頭に居た狼に向かって駆け出すと同時に腰のかたなを抜いた。

「キンッ!シュッ!」


「タタタッ!」

「ガルゥッ!」

 軽やかに走り込み、狼が大口を開けて飛び掛かる瞬間、僕は前宙返りをしながら空中で狼の首を目掛けて刀を一閃し、首を斬り落とした。


「ビュゥオッ!」

「シュバッ!」

「ドサッ!」

 血飛沫ちしぶきが飛び散り、狼の大きく重い首が地面に落ちた。首を失った胴体はそのまま走り抜け数歩走った後、左に傾き倒れて行った。


 僕は地面に着地すると次の獲物に向かうと前足をぎ払い、身をひるがえして脳天に刀を突き刺し、仕留めた獲物の背中に手を付くと宙返りしながら次の獲物を斬り捨てた。


 自分で思っていた以上に身体は軽く、思い通りに動かせた。地球での鍛錬の知識が活かされ、この身体の全てが五感に結びついて動いた。


 空中を宙返りしている間も周囲の状況がスローモーションの様にゆっくりと流れ、次の動きを計算しながら攻撃に移ることができたのだ。


 そして僕は120秒の間に12頭の狼全てを一人で仕留めた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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