第9話 つまらない仕事は御免だね
「どうしてこうなった……」
俺は椅子に座りながら一人呟いた。
深くフードをかぶり目の前の光景を睨む。
なあ、今はどこにいると思う?
「こっちのほうが似合ってると思うわ」
「そうでしょうか。ならこっちにしようかな……」
俺の眼前ではアマネがしゃがみながらフランのやつに服を合わせている。
フランは着せ替え人形にでもなったみたいにじっとしながら、腕を横に伸ばしていた。
目まぐるしく変化する服を見て俺は、思わず胸焼けしてしまう。
アマネは眉をひそめながら、『こっち? でも、髪色的にこっちのほうが……』と呟いたり、『でも目立つとまずいのよね。すいません。もうちょっと淡い色のやつありませんか?』とか店の店員に聞いたりしている。
そう、ここまでの説明でわかる通り。
俺たちはフランの服を買いに街の服屋に来ていた。
これもどれも全部、あの拝金主義者アクネスの野郎のせいだ。
あいつが宿で朝食を食べているときに、『そういえば、彼女はこんなにも目立つ見た目をしているのに、どうして隠していないんですか』とか言ったからだ。
俺がそれに対して反論しようとすると『いえ、今のは質問ではなく、命令ですよ?』とぬかしやがった。
だから俺たちはフランの特徴的な白髪を隠すためにフード付きの服を買いに来ているのだ。
「これに決めます」
どうやら決まったらしい。
アマネが賞金稼ぎからゲットしたボーナスを店員に払っている。
会計が済むと二人がこちらにやってきた。
「どうですか怪物さん。似合ってます?」
フランは俺の前で新しい服を見せびらかすようにしてゆっくりと一回転した。
淡い黄色のコートだ。
(似合ってるかどうかなんて俺が知るかよ)
無言で立ち上がった俺は、せっかく髪を隠すために買ったのにフランがコートのフードを被っていなかったのでそれを被せた。
彼女の顔が見えなくなるくらい深く被せた。
俺は歩きながら溜息をつく。
本当ならもっと回り道をしてこのガキを餌にたくさんの馬鹿どもと戦えるはずだった。
そういうめちゃくちゃなルートを最初のころは選択していたのに。
それがアマネが合流してから徐々に軌道修正され、それでもまあガキが目立っていれば関係ないかと思っていたら、なんてこった、アクネスの野郎まで合流してしまった。
あいつのせいで目的地である大国ナムカへと一直線だ。
さらに餌であるガキの容姿は今買った服のせいでまったく目立たない。
俺たちがいるのは目的地手前の一番大きな街だ。
それはこの旅があと数日で終わることを意味している。
つまり、俺の楽しみも終わりってわけだ。
「もっと遊びたかったのによぉ」
俺は精気の抜けた顔で呟いた。
ここ最近ではガキを狙う賞金稼ぎたちもまったく襲撃してこなくなった。
不自然だな、とは思ったが裏社会での情報伝達速度は表よりも速い。
俺が襲撃してきたやつらを殺したり殺さなかったりその日の気分で決めていたせいで、生き残った奴らが噂を流しでもしたのかもしれない。
そのせいでビビったやつらは手を出さなくなった、ということだろう。
こんな小国に俺よりも強い奴がわんさかいるとも考えられないし、もう弾切れといったところか。
「何言ってるのよグリムス。これは仕事だってこと忘れてないでしょうね?」
俺の隣でアマネが言った。
腕を組みながら真面目な顔で歩いている。
「お前、言えた義理じゃないだろ」
俺はちゃんと見てたからな。
お前が服選びの時に目を輝かせながらフランよりも買い物を楽しんでいたことを。
それと……。
「あ、アマネ! 見えてきましたよ!」
「ほんとだわ! 早く行きましょ!」
二人は俺を置いてその店へと駆けだしていった。
どの店だって?
今日から期間限定スイーツを販売する店だよ。
店の前には既に行列ができている。
なんでもこの街では有名なスイーツ専門店で、街の外からもこの店の味を楽しむためだけに来る客がいるほどなんだとか。
まったく意味が分からない。
味なんてどれも一緒だろ。
と、思いながら俺は街の街灯に寄りかかった。
大きな街では治安維持のため衛兵たちが目を光らせていることが多い。
だから俺はこんな街とは早くおさらばしたかった。
それなのにアクネスが、『国境付近で何か動きがあったようです。念のため私が先行して見てきます。あなたたちはしばらくこの街に待機していてください』とか言うもんだから、いつのまにかアマネとフラン、二人のテンションは観光気分に変わっちまった。
それで俺は二人のお守りってわけだ。
退屈極まりないとはまさにこのこと。
俺はその辺の金さえ貰えればなんでもする傭兵じゃないんだぞ。
しばらく待っていると列が進んでいき、アマネとフランの順番が回ってきた。
二人は迷うことなく期間限定商品を注文し、それを受け取った。
列に並んでいたのは親子連れが多かったので、アマネとフランはその中に紛れ込んでスイーツを食べている。
観察していると複数人の母親とアマネが喋り始めた。
主婦の意見にアマネが答える。
『うちの子育ち盛りで大変なんです~。今日もこれを食べるために朝から起こされてしまって……』
『わんぱくな時期ですからね』
『あなたの娘さんは大人しいんですね。落ち着いているというか……』
『いえいえ。さっき新しい服を買ってあげたのでいい子にしてるだけですよ。おほほほほ~』
おい。
自然な顔して噓ついてんじゃねえよ。
と、思わずツッコミを入れてしまうほどにアマネのやつは主婦の会に溶け込んでいた。
女ってのはみんな役者なのか?
それともあいつが異常なだけか?
そんなことを考えると俺の背中には今まで感じたことのない種の冷や汗が……。
フランはどうしているのかと思い、目線を動かすとそこでは。
『俺のとお前の、交換しようぜ』
『いやです』
『なんでだよ。フードなんてかぶりやがってケチなやつだな』
『いやです』
『なななっ……う、うえ~んん!! お母さーん! こいつが真顔で俺のことにらんできて怖いよおー!』
『いやです』
同年代くらいのガキ相手にフランが定型文のような全否定をかましていた。
スイーツを手に持って食べながら真顔で否定するもんだからガキが耐えられなくて泣き出している。
俺はそれを見て安心した。
どうやら演技が上手いのはアマネのやつだけだったようだ。
よかったよかった。
いや、よかねえだろ。
「おいお前、俺の息子を泣かしやがったな!」
と、ここでガキの親父登場。
泣かされた息子の父親がどこからかやってきて報復するようにフランのやつを睨めつけている。
俺はそれを見て『お前が正しいぜ、親父』と思った。
「親はどこだ!」
「あ、すいません。この子ちょっと変わってるところがあって……」
母親面してフランを庇うように出てきたのはアマネ。
ちょっと変わってる、じゃなくて相当変わってる、な?
俺は心の中で修正した。
「母親じゃ話にならねえ。父親はどこだ!」
息子を庇う父親の声に対して、フランが真顔で指さした方向には誰がいたと思う?
俺だよ。
あー、めんどくせえことになった。
「おいお前。母親と娘がトラブル起こしてるのに他人ずらしてるんじゃねえよ!」
こちらに向かいながら叫ぶ父親。
お前の意見は何一つ間違ってないと思う。
正論だ。
ただ、俺は他人だけどな。
だがここでそんなことを打ち明けても余計事態がややこしくなるだけで。
俺は一般人を殴る趣味はねえし。
トラブルを穏便に回避するため、俺はやれることをやった。
「いつまでも傍観者ぶってる……んじゃ……っ!?」
俺に近づきかけたところで親父の肩がガクガクと震え出した。
俺と目が合うと、本能的に一歩一歩、俺から遠ざかるように後ずさりを始める。
「早く行くぞ」
親父が硬直して動けなくなったところで俺はフランとアマネに声をかけ、適当に歩き出しその場を後にした。
何をしたのかって?
ちょっと殺気を出して睨んだだけだ。
あの親父には悪いことしたな。
「お前らなあ、ちぐはぐなんだよ。問題を起こすなら起こす、起こさないなら起こさない。一貫性を持て」
俺が文句を垂れると後ろを歩いていた二人は。
「「はーい」」
と、まったく反省の色が伺えない返事を返してきた。
これだから女は嫌いなんだよ。
ひと悶着あったあと街に借りていた宿に戻ってきた俺たち三人。
宿に隣接された酒場で聞き耳を立てながら食事をしていた。
「いつまでこの街にいるつもりだよ」
俺はジョッキに注がれた酒をグイッと飲み干す。
空のジョッキを掲げるとやってきた姉ちゃんに足してもらう。
「いつまでって、先行したアクネスから連絡が来るまででしょ。彼の言った通り、国境付近が恐らく一番危険だわ。裏にこの国のお偉いさんがいると仮定するならだけど」
アマネも俺と同じくらいの飲みっぷりを見せた。
彼女のグラスにも姉ちゃんが酒を注ぐ。
「私はずっとでもいいですよ。二人といるのはエキサイティングです」
足をぶらぶらさせながらジュースを飲んでいたフラン。
彼女は俺たちの真似をしたかったのか一気飲みしようとしたが、途中で失敗。
『けほっ、けほっ』と咳をした。
「お前の意見は聞いてねえ」
「そうですか?」
「そうだ」
俺が答えるとフランはむすっとした顔をした。
俺はお前のご機嫌取りじゃないんだからな、と言ってやりたいところだが、そこまで言うとアマネのやつにまた何か言い返されるのでやめた。
「はぁ。滞在費も馬鹿にならねえし。アクネスの奴には適当な理由つけてこの街とはさっさとおさらばしようぜ。そうだなあ。暗殺者に襲撃されて狙われてる、だからこの街にはもういられなくなった、とかどうだ?」
俺は即興で考えた適当な理由を口にした。
陳腐になってしまったこの仕事を早く終わらせられるならなんでもいい。
「今時アサシンなんて流行らないわよ。噓つくならもっと真面目に考えなさい。あ、そっか。考えられないのよね。だってあなたの頭は——」
「それ以上言ってみろ。殴るぞ」
「お肉で一杯。でしたっけ?」
俺が遮ったのにも関わらずフランが補足した。
そのセリフを聞いたアマネが『ぶふぉっ!』と酒を吹き出す。
その酒は店内の光をキラキラ反射しながら俺の顔にぶちまけられた。
「…………」
俺は手のひらで酒を拭きとりながら、カウンター席で笑いを堪えている奴らを全力で睨む。
(何が面白い? 言ってみろよ?)
目を伏せた男たちを見て、俺は一体何をしているんだろう、と思った。
「もういい。俺は部屋に戻って寝る」
酒代を置いた俺は席を立ち上がる。
これ以上ここにいても俺の気分が良くなることはない。
むしろ、フランとアマネのせいで悪くなる一方だ。
「ちょっと、フランちゃんを置いていくつもり?」
「ここ数日死ぬほど何もなかった。誰も襲撃してこねえよ。お前の部屋で預かれ」
俺が言うと、アマネは一瞬フランの顔色を確認した。
フランはフードをかぶりながらチビチビーと、ジュースを飲んでいる。
「でももしかしたら、ぷっ……アサシン……っていうか暗殺者が潜んでるかもしれないでしょ?」
さっきのことを思い出しているのか、アマネは笑いをこらえていた。
「何が言いたいんだ?」
「あなたが引き受けた仕事なんだから、あなたが最後まで面倒見なさいよってこと。ね、フランちゃん」
アマネがフランに同意を求めると、フランはフードで顔を隠しながらうんうんと頷いている。
俺は再び席に座り、指をクイクイッとやって二人の顔を寄せた。
そしてその顔を見て言う。
「つまらない仕事は、ごめんだね」
「「…………」」
スッと立ち上がった俺はその場を後にした。
宿の部屋まで戻るとベッドに飛び込む。
昨日まではフランも隣のベッドで寝ていたが、今日はアマネの部屋に向かうことだろう。
襲撃者はたぶんもう来ない。
この街に入ってから変な気配は一度も感じてないし、そもそも襲ってきたから何だって言うんだ。
連れ去ることが目的ならあのガキが殺されることはないし、最悪今日襲ってきても死ぬのはアマネだけだ。
なんならガキが奪われたほうが面白い展開になるんじゃないか?
「ま、それはないか……」
俺は淡い期待をふっと消し去ると目を閉じた。
久しぶりに深い眠りについた気がする。
隣にあのガキがいないせいだろう。
一人の時間はやはり落ち着く。
(……ん? なんか苦しい……?)
謎の寝苦しさに目を覚ましたのは、目を閉じてから数時間経った頃だった。




