8節目
「正気か? さっきのあいつは恐らくまだ本気じゃない。もしかしたら次は一撃で殺されるかもしれないんだぞ!」
「……わかった。俺はシノーメを信じるよ」
貝紫にもあの魔物の様子が不自然なのは感じていた。だからこそ、シノーメの言う通りにあの魔物の攻撃を耐えつつ、聖域の森に向かうことにした。
「何故そんなことができる? 戦場から逃げた腰抜けの癖に!」
「ルーシー……私が不甲斐ない兄だという事は十分理解している。だが今は、主に仕える騎士として、この戦争を止めようとする貝紫殿のために、この命を捧げると誓ったのだ」
シノーメは立ち上がると、身を引き締め再び魔物の方へと向かっていく。
「私があの魔物の攻撃を引き受けます。その間に主は私の傷を癒しつつ、森の方へ向かって下さい」
「よしわかった。行くぞシノーメ!」
貝紫も彼の後に続いて歩き出す。魔物の攻撃を受けるシノーメとつかず離れずの距離を保ちながら、森へ向かう。言葉にするのは簡単だが、息の合った動きでなければ、貝紫が魔物に狙われることになる危険な作戦だ。
「さあ来い!」
再び魔物の攻撃してくる範囲に入った。ずんずんと地面を震わせながら魔物が向かってくる。
「ごあああああ!」
振り下ろされた腕をシノーメは受け止める様にいなす。盾が魔物の力に負けて簡単に捻じ曲がる。まともに受ければ命さえ奪われかねない。
「シノーメ!」
「主、私はまだ大丈夫です! そのまま進んで下さい!」
魔物に言葉は分かるのだろうか、今度は貝紫に向かって腕を伸ばす。
「させるか!」
シノーメがいち早く気づいて魔物の腕を弾いて攻撃をそらす。間一髪で貝紫への攻撃を防いだ。だが、彼自身の守りががら空きになっている。その隙を魔物は逃さなかった。
「うぐっ!」
鋭い爪でシノーメの腹部を抉る。とっさに身を引いたが衣服に血がにじむほどの重傷だ。
「サン ヲ ノリアニマ ルミスト クァバー!」
治癒の力ですぐに傷を治す。完治するのに時間はかからないが、容赦なく魔物は攻撃を繰り出してくる。傷が治るや否やシノーメはすぐにまた貝紫を護衛する
「はぁはぁ……」
動きながらグラマトンを唱える事は予想以上に体力を使った。息を整えて詠唱に備えるが、そのわずかな時間を稼ぐのもぎりぎりの戦いだった。
魔物が地面を抉りながら腕を振り上げる。あまりの威力に防いだシノーメの身体が浮き、貝紫のいる方へ吹っ飛ばされる。
「しまった!」
「うわっ!」
シノーメはすぐに身を起こすが、ぶつかった拍子に貝紫はその場に尻もちをついた。身動きが出来ないその状況で、魔物が両手を振り上げて二人まとめて叩き潰そうとする。この一撃は何としても受け止めなければならない。シノーメは死を覚悟した。それでも主だけは守らんと防御の姿勢に入る。
「無茶だ兄上!」
無意識にルーシーが叫ぶ。魔物が渾身の力で腕を振り下ろせば受け止めたシノーメごと貝紫も潰される。これはそういう攻撃だ。
魔物の腕が振り下ろされる瞬間、貝紫の脳裏に新たなグラマトンの言葉の羅列が浮かび上がった。咄嗟にその言葉を貝紫は呟いた。




