4節目
「ゼンカー侯爵は知らなかったのだな。そこの奴が元々諸侯同盟の兵で、敵前逃亡した大罪人だという事を」
ルーシーは実の兄を睨みつける。シノーメは一言も返せず、ただ申し訳なさそうに顔をそらす。
「それなのによくも私の前に顔を見せる事が出来たな。お前が戦場から逃げて、セヴァン家がどれだけ辛酸を舐めたと思っている? 騎士団は解体され、誇り高き父上は一騎士として戦場で命を落とした……」
「父は死んだのか!」
「誰かが泥を塗ったセヴァン家の汚名をすすぐためにな」
数年山賊に身を奴していたシノーメ自身も知らなかったことだ。だが、考えられない事ではなかった。戦場から逃げた自分のせいで家名が貶められ、親族が周囲からどういう扱いを受ける事になっているか。それでも実際にその事実を突きつけられ、己のしたことの取り返しのつかない事を宣告されたショックは大きい。
シノーメの主人である貝紫にもかける言葉が見つからなかった。
「この事実を今すぐ侯爵に伝えたいところだが、そんなことよりも任務の方が大切だ。その間だけはこの怒りを抑えておこう」
「そうだ。俺たちは魔物退治の手助けに来たんだ」
「新たに騎士を一人送ることも出来ないほど切羽詰まってるのだろうな。でなければ、こんな腰抜けと子供の二人だけを送ってはこない」
刺々しい物言いだが、それも仕方ない事だと貝紫はぐっとこらえた。要は問題を解決すればいいのだ。そうすればルーシーも少しはシノーメの事を認めてくれるだろう。
「ついてこい。駐屯地で詳しく説明してやろう」
馬の手綱を取ってルーシーは振り返ると、ずかずかとこちらの方を気にもせず駐屯地の方へ戻っていく。その後に続いていく途中、貝紫はシノーメの方を見たが沈痛な表情でこらえる様に黙り込んでいる。
「大丈夫かシノーメ?」
「私の事は気にしないでください。諸侯同盟の土地に戻る事になったらこのようなことが起こることも覚悟していました」
そう返すシノーメの言葉は普段よりも弱々しい。思えば、貝紫も彼の過去を深く詮索することは避けていた所があった。主であるはずの自分は、彼の姓名すら今まで知らなかったのだと思い知った。
「今では死ぬこと自体は怖くありません。ただ、貴方と離れ離れになる事の方が私にはつらくなります……」
何としてもこの問題は解決しなければならない。そのための特別な理由が出来た。




