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美少年の声は世界を救うようです  作者: 八田D子
魔狼の序曲
6/114

6節目

 ムークの家は村の一番外側、村の人が集まっている所から少し離れ、森や山に近い場所にあった。木こりと狩人を兼任している彼からしたらすぐに森や山に出れるこちらの方が都合がいいのだ。

そちらの方が

「なあ貝紫、ちょっと話したいごとがあるんじゃ」

 すっかり日も落ちたその日の夜、貝紫がムークの家で夕食を取っているといつもよりも真剣な表情でムークが言い出した。

「急にどうしたの?」

「実はわしらはこの村を離れようと思っている」

 貝紫は思わぬ告白を受けてぽかんとした表情で固まっていたが、ムークが続ける。

「村を離れるって……?」

「このミッカジ村は戦争で若い者がだれもおらん。お前さんぐらいの年頃の子供も出来る前にみんな出払ってしもうた。だからわしら残った年寄りはまだ子供がいる近くの村に移り住もうかと話が一度出たんじゃ……だが、みんな

その時は意固地になってこの村に残ると決めて、ずっと年寄りだけで生活してたんじゃ」

「そんなの、俺知らなかった……」

「カイがこの村に来る前の話じゃ。しかし、お前さんが来てミッカジ村で生活をするようになったら、やはりみんな子供がいる生活が恋しくなってしもうた」

 そして貝紫がいない時、再び村長や他の村人と相談すると、今度はみなが移住に賛成となり、その準備を始める事になった。

「そんな……俺のせいで……」

「カイは悪くないぞ。わしらが勝手に決めた事じゃ。むしろお前さんには感謝している。年寄りばかりで寂れていくミッカジ村が、お前さんのおかげで最後に活気づいたんじゃ。わしらも未練なく村を捨てられる」

 ムークの最後の言葉が貝紫の胸に刺さった。移住すると言うのは実質ミッカジ村を捨てるという事だ。

貝紫にとっても楽しい思い出が出来たこの村が、やがて朽ちて、みんな忘れてしまう。

「もちろんお前さんも一緒にその村へ行くぞ。その村なら馬車も出ておるから、安心してお前さんが行きたい場所へ行ける。聖教国の主要都市にだって……」

「そんなの嫌だ!」

「カイ、どこへ行く!」

 貝紫はムークの家を飛び出した。驚いたムークもその後を追って、外に出た所でムークに捕まってしまった。

「こら! 夜の外は危ないと言ったはずじゃ、行ってはならん!」

「嫌だ! 離せ離せ!」

「カイ落ち着くんじゃ!」

 ムークの腕の中でしばらく暴れていたが、だんだんと体力を消耗していき貝紫は冷静になった。初めから

こんなことをしても何の解決にはならない事は分かっていた。それでも少しでもこの村にムークたちをいさせたかった。原因が自分にあるのだからなおさらだ。

「俺、この村の生活が好きになって、もしかしてこのままずっと続けばいいなって……」

「でも、お前さんにも故郷があるじゃろ? それに、わしらだってミッカジ村を捨てるのは悲しい。できれば残したい……」

「それはそうだけど……!」

 この時、茂みから黒い影が飛び出して二人に向かってきていたのを貝紫は気が付かなかった。影の

存在にムークが気づいた。ワーグだ! 貝紫を襲わんと既に口を開けて飛び掛かろうとしていた。

「危ない!」

 とっさにムークは貝紫を突き飛ばす。伸ばしたその腕にワーグが深々と牙を突き立てる。ようやく

気づいた貝紫が声を上げる。

「ムーク!」

 余りの苦痛にムークの顔は歪み、彼の太い腕からは大量の鮮血がしたたり落ちる。

その腕に食らいついたままワーグはうなり声を上げ、さらに引きちぎらんばかりに暴れ出す。

「グルルルル!」

「こいつめ!」

 ムークが取り押さえようとすると、すぐに身を翻してワーグは離れた。不気味にニヤリと狡猾な笑みを

浮かべたかと思うと、村全体に響き渡るような遠吠えをする。

「オオーン!」

ワーグは遠吠えをした後、くるりと背を向けてあっという間に森の方に駆けていった。

 一瞬ぽかんとした貝紫だったが、すぐにはっと気づいて腕の傷を押さえるムークの方へ駆け寄る。

「酷い血が出てる……大丈夫!?」

「これくらいの傷大丈夫じゃ……だが、何故ワーグはすぐに逃げた?」

 にじみ出る脂汗が、ムークのやせ我慢を物語っていた。すると今度は村の方々から物の割れる音、

村の人たちの悲鳴が上がる。

「いかん、さっきの遠吠えは合図か! 奴ら村を襲う機会を伺っていたのか!」

 村の方へ戻ろうとするムークを貝紫は慌てて引き留める。

「ちょっと待って、まずはその傷を治さなきゃ!」

「片腕が使えなくとも大丈夫じゃ! それに、村の中で奴らに対抗できるのはわしくらいしかおらん! 

早く戻らんと村の者がみんな襲われてしまう!」

 貝紫たちを襲ってきたワーグは初めからムークが狙いだったのだ。老人ばかりしかいない中で、彼が

負傷すればもはや一方的な狩りだ。

「ごめんなさい、俺のせいで……!」

「謝っている時間なんてないぞ! カイ、お前も一緒に来るんじゃ。家に戻って武器を取ったら、わしが奴らを引き留める! その間、お前さんは他に村人を狙うワーグがいたら村の者たちを護衛するんじゃ!」

 慌てるカイを一喝して、ムークはカイを引きずるように連れ足早に家へと戻る。

「教会なら村人皆が避難できるし、もしもの時は聖主様が守って下さる! カイ、お前も武器と

明かりを持て! さあ、行くぞ!」

 ムークは未だ出血の止まらぬ腕はそのまま、片手に斧を持って村人の救助へと向かい、

貝紫もその後に続く。魔物の恐ろしさを貝紫はこの時になってようやく理解した。

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