9節目
リッジ砦では既に貝紫とシノーメが出発する準備を終えていた。夜の闇に乗じて馬で駆けて、諸侯同盟の領地へ向かうのだ。
「そうだ、ロッソ。これを見てくれ」
そう言って貝紫が取り出したのは粗末な紙に書かれた紋様。ロッソはその紋様から力を感じ、それがグラマトンの文字だという事が分かった。
「どこでこれを?」
「オズマから出る時、気づいたら袋の中に入っていたんだ。恐らく助けてくれた老人が入れてくれたんだと思うけど、グラマトンまで知っているなんて本当何者なんだろう?」
まさか、自分を助けてくれていたのが聖教国の傾聴審問官長キュニゲオス卿だとはまだ貝紫は気づいていなかった。
「自分が知っている力とはどれとも違う変わった力を感じるな。一体どんな力なんだろう?」
どんな効果があるかは見ただけでは漠然としか分からない。ただ、今はまだ使う時じゃないと貝紫は感じた。
「伝令! 聖教国の軍隊がこちらに向かってきております!」
「急がなきゃな。お前らは裏からこっそり馬で抜け出せ。こっちは出来るだけ時間稼ぎしておくから」
「ありがとうなロッソ……また絶対会おうな!」
「当たり前だ! 時間があったら僕の方が本当は強いってことをお前に教えてやらないとだからな!」
軽口を言い合った後、シノーメが馬を走らせ闇夜の中を駆けだした。月明りだけを頼りに馬を走らせる。貝紫にはほとんど何も見えない暗闇だが、シノーメには周囲を見渡せる程明るいらしい。
しばらくは何事もなく進んだが、シノーメが言った。
「主、頭を低くして掴まってて下さい。どちらの兵か分かりませんが、気配がします」
シノーメが手綱を強く引くと馬は全力で疾走し始めた。貝紫は鞍にしがみついて、背後からシノーメに守られながら馬に乗っている。時折ひゅんひゅんと風を切る音が周囲から聞こえてくるが、どうやら矢を射られているようだった。
「馬を狙え! 生け捕りにするんだ!」
そんな声が聞こえてくるが、全力疾走する馬上では喋るどころか口を開くことも出来ず、貝紫は生きた心地がしなかった。どれ程時間が経ったか分からないが、近くに川でもあるのか水の流れる音が聞こえてくると、シノーメは馬を落ち着かせた。
「気配は無し……主、大丈夫ですか? もうこの辺りは諸侯同盟の領地になりました。安全です」
シノーメの言葉にようやくほっと一息ついて貝紫は目を開けると、暗闇に目が慣れてきたのかさっきよりも周囲が見えるようになった。何もない草原……実感はないが諸侯同盟の土地にはいる事が出来た。
「もう少し進んだら野営しましょう。記憶が正しければ、明日にはこのまま最寄りの諸侯同盟の砦に着くことができます」
聖教国が相対する諸侯同盟、いったいどんな人々なのだろうか、貝紫は不安と期待を胸に、夜の草原を進んで行った。




