5節目
まだこの世界が存在する以前は、何もかもが雲のように曖昧であった。そこへ何処かからやってきた偉大な存在……聖主が現れ、その言葉グラマトンでもって形を明確にし……あらゆる物を創り給うた。
そうしてこの世界は『スプリジョン』と名を与えられ形が明確になり……その土地で聖主によって
様々なものが創り出された。やがてスプリジョンに新たな生命……人間が生まれたが今と異なり
その姿形は定まらず……液体と固体の中間のようなものだった。そんな人間を見て聖主は不憫のあまりこう仰せられた……。
何と憐れな(キモッ……)
貝紫は妙な雑念が入った事にはっと気づき、改めて村長の言葉に耳を傾ける。
神の言葉グラマトンによって人間は今のように頭と手足を持つようになったが、やがて聖主と同じ姿になろうと自らの身体を作り変えようとした。
だが、元々不完全な存在であった人間は最初こそ聖主に近い姿になることができたが、やがて老いに連れて
姿が変わるようになってしまった。この行いに怒った聖主は姿を消し、人間は生まれてもいずれ
老いて死ぬようになった。
「これが今に伝わる聖教に記されているこの世界の起源なのですよ。そして、神の言葉グラマトンは人間にとっても関係深いものなのです。」
「すげー! 世界そのものを創り出すくらいの力があるものなんだ!」
貝紫がグラマトンの文字を見て不思議な感覚がするのは、きっと何か関係があると彼は確信していた。
あの文字を読めればきっと、その言葉の通りのことが起こるはずだ。
「村長はあの文字を読めるんですか?」
「おおよその意味は分かると思いますが、残念ながら私は読めません。聖教国の中心都市では
グラマトンの解読法が研究されていますが、仮に読めたとしても何も起こらないでしょう。
人間に神の言語を使いこなすことなんて出来ないと思いますからね」
「そんな……」
しょんぼりと肩を落とす貝紫の姿を見て、村長は少しばかり悩んだ後でこう言った。
「ですが、言い伝えではごく一部の人間が、グラマトンを話すことができたと聞いたことがあります。
もしそれが本当なら、何らかの方法でグラマトンを使う事が出来るかもしれませんね……」
貝紫の表情がぱっと明るくなった。
「そうだよな! もしかしたら俺にその素質があるかもしれない! まずはあの文字の読み方をどうにか
して見つけないとな!」
その時、外から貝紫を呼ぶムークの声が聞こえてきた。
「じゃあ村長さん。貴重なお話ありがとうございます! また詳しくお話聞かせてくださいね!」
貝紫が元気よく外へ駆けていくいく姿を見送りながら村長は小さく呟いたが、その言葉は貝紫の耳には届かなかった。
「私もお話ししたいですが、きっとそれは叶わないかもしれません……」