3節目
「キュニゲオス卿からは何の連絡もないの?」
女教皇アンデクスがイラついたように従者に問いただす。従者は縮こまりながら申し訳なさそうにうなずく。
「もういい下がれ。私が奴らの場所を探す」
アンデクスは大聖堂の、教皇とその従者といったごく一部の者しか入る事の許されない水盆の間へと訪れた。聖都オズマは水の都とも呼ばれているが、それは清らかな水自体に魔力が宿っているからだ。魔法の力を最大限使えるように、オズマそのものが魔力のみなぎる土地にしてある。アンデクスは精神を集中させて水盆に己の魔力を流し込む。魔法大学最高顧問ローレン卿程ではないが、教皇であるアンデクスも魔法の心得があった。
「水鏡よ、求める者の姿を映したまえ」
そう言いながらアンデクスは魔力を水盆に流し込む。本来は映したい人間の特徴や内心を思い描き、その人間が存在するかを映し出す魔法だが、グラマトンの様な強大な力を持つ貝紫ならその強大な力を探知して、簡単に映し出すことができる。数か月前、南から感じた大きな力が、貝紫のグラマトンの力だと分かった事で実証済みだ。元々は戦争を始めたグイル6世が、当時の魔法大学の力を借りて、国内の不安分子を炙り出すために造られた部屋だった。アンデクスはさらに審問官たちを各地に派遣し、よりその体制を強固にした。異分子の芽は早めに摘むに限るというわけだ。
そしてこの部屋は代々教皇に受け継がれ、今ではアンデクスが外の様子を見るための装置として使われている。教皇の持つ力の一部として。
水盆の水面に下水道で身を隠す貝紫の姿が映し出された。
「ここは下水道か? オズマの複雑な水路を利用するとは考えたものね……すぐに兵を派遣して捕らえさせてやる」
アンデクスにとって御使いは諸侯同盟との戦争で大切な交渉材料にしか過ぎなかった。国全体から集めた兵士は練度も低く、武闘派の諸侯同盟に苦戦を強いられている。しかし、御使いを取り込むことが出来れば、諸侯同盟は完全な聖主教への反逆者として告発でき、戦力を削ぐことができると考えていた。混乱する諸侯同盟を叩き、教皇としての権力をより確固たる物にする。それが彼女の目的だった。御使いのグラマトンの力そのものより、御使いの持つ役割の方が彼女にとって重要だった。聖歌隊を作り、人工的に御使いを作り出したのもそのためだ。もっとも、聖歌隊はまだ実用化には程遠い出来だった上、本物の御使いである貝紫によって壊滅し、これまでの努力が水の泡となった。だからなんとしても、本物のグラマトン使いである貝紫を御使いに仕立て上げて、自分たちの勢力に取り込みたがっていた。
「ドルクア将軍に助力を求めるか。オズマ中の兵を集めてでもあの少年を捕まえねば……」
教皇まで上り詰めた彼女の野心は止まることを知らなかった。己が聖主そのものであるかのように権力に取りつかれ、そのためには手段を択ばない。諸侯同盟との戦争は、本来の立場や役目を忘れさせていた。今の彼女を人が見れば、予言に伝わる竜と戦う梟に相応しい狡猾さと全てを見通す目を備えていた。




