2節目
追い払おうとする兵士と老人のやりとりに気が付いたもう一人が、言い争っている二人に近づく。
「待て待て、この老人は有名なんだ。聖主の訓示にやたら詳しくて、たくさん引用できるらしいぞ」
「おお、汝こそ救世主。私はきっとあなたの顔を忘れず、その道に常に日が差し続けるでしょう」
「それに、片腕がないのは戦傷軍人なんだろうさ。いわば俺たちの先輩なんだからその言葉くらい聞いてやろう」
そう言って二人の兵士はちょうど貝紫とシノーメたちに背を向ける形で、老人の語りに付き合い始めた。
「これは川の方へ行けってことなのかな?」
「でしたらこっそり行きましょう。あの老人が兵士の気を引いてる間に」
二人は兵士に気づかれないように通りを横切り、運河の方へ行った。運河は桟橋で下水道へ続いていた。
「シノーメ、ここなら隠れるのにぴったりじゃないか?」
「確かにそうでしょうが……臭いが染みつかなければいいですね……」
二人が下水道に身を隠していると、しばらくして老人もそこへやってきた。やはり隠れる場所へ案内してくれたようだ。
「おじいさんありがとう。これはお礼をしなきゃかな?」
貨幣を取り出そうとすると、老人は首を横に振って受け取らなかった。
「主曰く、己のなすべきことに褒美を求めてはならない。それはいずれあなたの目を曇らせ、心を曇らせる」
そう言って、貝紫の贈り物は受け取らず、下水道の奥へと向かっていく。二人は再び老人の後へついていき、暗くて臭う下水道の中へと入っていった。
聖都オズマの下水道は入り組んでおり、知らないで入ったら出てこれる保証はない。普段は衛兵すら来ないその一角に、物乞いや行き場のない人間たちが集まる空間が出来ていた。
「こんな場所があったなんて……」
「これも戦争で行き場を失った人々の集まりでしょう。聖主教の救済の手からもこぼれ落ちて、それでも生きていかねばならない……思ってた以上に多い物ですね」
貝紫たちが目の前を通っても意識していないかのように振舞っている者ばかりだ。やがて老人は空いた空間を見つけると、そこに横になって何事もなかったかのように寝てしまった。
「とりあえずここならゆっくりオズマから出る方法を考えられそうだな」
「臭いさえ我慢すれば、ですけどね……しかし一晩くらいなら耐えられます」
グラマトンの力にも耐えたシノーメが下水道の臭いに躊躇しているのを見て、貝紫は思わず吹き出してしまった。
「御使いの護衛騎士なら、臭いのにも耐えられるようにならないとな!」




