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美少年の声は世界を救うようです  作者: 八田D子
魔狼の序曲
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4節目

「カイ、穀物を運ぶの手伝っておくれ」

「おーいカイ、洗濯物を干してくれ」

「カイや、料理が余ったから代わりに食べておくれ」

 ミッカジ村に住んで数十日が経ったが、ミッカジ村の人々に貝紫はすっかり受けいられていた。

日々彼らの手伝いに追われていたが、その手伝いと言うのも、半分以上は村の人たちの

話し相手のような物で、貝紫にとっては夏休みに父の田舎に来たみたいだと思った。

 今ではカイと呼ばれて村人たちにも可愛がられ、少し不便だが穏やかな日々を過ごしていた。

「なんかスローライフって感じだな……」

 別に悪い事ではないのだが、最初にこの異世界に来たときは驚きと興奮があった。漫画やゲームのヒーローみたいになったのだと内心期待していた。

「どうしたんじゃカイ。森で薬草を取りにいくぞ」

 ムークと一緒に自分が最初にいたナーミナの森で薬草を集める。ワーグもあれから全く姿を見せない。

「ねえ、もう俺一人で薬草取りに来ても大丈夫じゃない? 大体の物は教えてもらったし、その方がムークさんも楽できるでしょ」

「いいや、安心は出来ん。ワーグの奴らは狡猾じゃから、絶対一人になってはいかん!」

「そうかなぁ」

「お前さんはまだ子供なんじゃから、気をつけんといかんぞ」

 そう言って、ムークは大きな手で貝紫の頭を撫でまわした。村の人たちもそうだが、親切と言うより

少し過保護じゃないかと貝紫が思う程、ミッカジ村の人たちは優しかった。戦争で若い人がいないと言っていたが、それに加えて貝紫と同年代の子供が一人もいなかった。それが貝紫に優しくしている

一番の理由なのだろう。

「さ、薬草を集めたら教会に行くぞ! 今日はみんなお前を楽しみに待っているのだからな!」

 貝紫たちが村の教会に着いた頃には、村の人々がほぼ全員集まっていた。この世界では昼食前に

神に祈りを捧げるのが習わしらしく、貝紫もこれに参加していた。

 ミッカジ村は大きく左右に曲がりくねった通り道が教会兼村長の家を中心に伸びており、

その道に沿って家屋が点々と立っている。一見そこそこの人数が住んでいそうに見えるが、

空き家も少なくなく、実際に住んでいるのは十数人、しかも年を召した村人が殆どだった。

 村長でもある神父が今朝の村の様子を伝え、午後からの予定や目標を説く。滞りなく話が終わると

村長は貝紫を見つけ、にこやかな笑みを浮かべる。

「では今日の集会はこれで終わります。次は……よろしく頼みます貝紫君」

 貝紫は村人たちの前に出て振り返る。村人たちの視線を受けながら軽く喉を鳴らす。

すうっと深く息を吸い、彼は歌い始めた。


「地に栄える我が民よ 分かち、歓び、称え合え 我は恵み、与え、微笑もう」


 ミッカジ村、そして聖教国が信仰する宗教で歌われる聖歌の一つだ。村長から村人たちのために

頼まれて、引き受けた貝紫は毎日昼前に歌うことになった。

 この世界に来る前、貝紫は少年聖歌隊に入っており、簡単な教えでそれらしく歌うことができた。

「カイの声はきれいだの」

「聖歌を聴くなんて何年ぶりじゃ」


「我は答える 祈りに、行いに、声に 憐れみと愛を持って」


貝紫の声は教会の空間に響き渡る。鈴の様に澄んでいながらはきはきと力強さも感じるボーイソプラノの声、

まるで本物の天使が発しているようなこの優美な歌声は、声変わり前の少年だけに神から

与えられた天賦の才であった。故に、その声は人々を魅了してやまず、 

 これこそ神から与えられた力と言っても過言ではなかった。

「これで昼食の後も仕事のやる気が出るわい」

「カイはわしらの推し、だの」


「おお、民よ 我が愛に報いておくれ 我が声の届く間に」


 聖歌が終わると、誰がし始めたのかパチパチと拍手が鳴り、やがて聴いていた村長やムーク、

村人全員から拍手が上がった。むず痒くて気恥ずかしそうに貝紫は笑った。

「さあ、皆さんこの後は昼食です。アンコールは無しですよ!」

 村長の執り成しで村人たちはぞろぞろと教会を後にする。その後ろ姿を見送りながら、貝紫は

気になっていたことを村長に尋ねた。

「ねえ村長さん、この壁に飾ってある印は何の印なの?」

 この村は聖教国の教義に倣っていることは最初に来た時に教えてもらった。その時に教えてもらった

シンボルマークは真ん中が短い三又の物だ。教会のいろんな場所に描かれているが、それとは別に他のマークがあった。

 三角形を二重丸で囲んだ形のその印は、教会の外の壁にシンボルマークと共に描かれている

だけでなく、村の周囲でも色んなものに描かれていた。

家畜小屋の扉、畑の柵、家の窓……教会のシンボルマーク以上に使われていた。それに、その印を

見ていると、頭の中が妙にぞわぞわする不思議な感覚があった。

「ああ、あれですか。あれはこの村で古くから伝わっているおまじないの印です。悪いものが

入ってこないように大切なものを囲んで守っているんですよ……この村に教会が出来る前からあったようです」

 どうやら相当古くから伝わる印らしい。

「これは私の考えですが、あれはおそらく『グラマトン』ではないかと思っています」

「ぐらまとん?」

「はい、聖教国の歴史を学んでいたのですが、かつてこの土地は神が創られました。神が使っていた

言語が『グラマトン』なのです」

 神が使っていた言葉! 貝紫はがぜん興味がわいてきた。それに続くように村長がグラマトンの事をお話続ける。

「神の発する言葉はそれだけで力を持ち、書いたり声に出しただけで実際にその通りになるというらしいんです」

「凄い! まるで魔法みたい!」

「みたい、どころかそれよりももっと凄い物ですよ。なぜならこの世界そのものを作れるほどの力ですからね」

 そう言って、村長は今度はこの世界の歴史、神話について語り出した。

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