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美少年の声は世界を救うようです  作者: 八田D子
魔狼の序曲
3/114

3節目

「何ぃ! 記憶喪失じゃと!」

「そうです。なので、自分の名前以外は全く思い出せません」

 ミッカジ村にあるムークの家で、貝紫は施された食事をごちそうになりながら自分が記憶喪失だと説明した。

この方が他の世界から来たと言うよりは信じてもらえそうだ。それに、この世界のことを色々教えてもらうのにも都合がいい。

「ふーむ、その変わった格好からただ者ではないと思っていたが、自分でも何者か分からんとはなぁ……」

 それでもムークは貝紫を記憶喪失の少年だと信じてくれたようで、この世界の知っていることを教えてくれた。

 貝紫がやってきたこの異世界は現在二つの勢力が激しい戦争を起こしている。この世界で聖主と呼ばれる

神を信仰する宗教、その影響下にある領地を代々選ばれた教皇が統治する聖教国。そして、その教皇に異を唱えた王と、その下に集まった各地の貴族や王たちが組んだ諸侯同盟。

「ミッカジ村は聖教国のほんの端っこにあるから、同盟の奴らも気づいてないんだろうが、村の若い連中はみんな兵隊にとられて年寄りしか残っておらん……」

 貝紫は真剣にムークの話を聞いていた。この世界に来ることになった理由や、日本に戻れる方法のヒントになるかもしれなかったからだ。

「あのワーグって奴は?」

「あいつは普通の獣よりも凶悪で狡猾な魔物じゃ。さっきはすぐ逃げたが、自分が不利だと知ってすぐに判断したんじゃよ。罠にもかからんし厄介な存在じゃて」

 この世界では姿かたちは違えど、他の野性の獣よりも狡賢くて凶悪な生き物はみな魔物と呼ぶようだ。

ムークは他の土地でも魔物と呼ばれる存在を噂で何度も聞いたという。

これら魔物は百年ほど前から現れ始めたが、何処から来て何故人を襲うのかは全く分からなかった。

「そんな魔物があちこちにいるのに、人間同士で戦っている場合ではないじゃろうが! 今のはただの独り言だから気にせんでくれ」

「なるほど……あ、ごちそうさまでした。では、僕は行きます」

「行くってどこへ?」

「聖教国の教皇の所へ。多分それが僕の目的だと思います。戦争をやめさせるために!」

  ムークが思わず愚痴をこぼす程に戦争は影響が大きいようだ。自分がこの世界に来たのはもしかしたら、その戦争を止めるためなのかもしれない。それに、こうして異世界に来たからにはそのための力が

与えられているはずだと貝紫は思った。

「待て待て、急に何を言い出すんじゃお前は! ワーグもいるのに子供一人でそんな遠くへ行けるわけないじゃろが!」

「安心してください。さっきは気づかなかったけれど、僕には実はすごい力が……!」

 そう言って貝紫は外に向かって手をかざした。もしかしたら魔法が使えるかもしれないと思い、

自分が格好良く手のひらから炎を発射する姿を想像した。

「……何をしとるんじゃ?」

 耐え難い沈黙が続いた。貝紫が手を伸ばしても一向に炎が出る気配はなく、飛んできた虫が

指先に止まる。もしかしたら、魔法ではなく凄い力持ちになってるかもしれない。

「ええと……どりゃあああ!!」

 この状況を打破したいという強い気持ちで貝紫は部屋の中を見渡すと、部屋の隅にある水の入った

大きな桶が目に入ったので全力で持ち上げようとしたが、僅かに縁が地面から浮いただけだった。

「こら! いきなり何しとるんじゃ。そんなことして危ないじゃろが!」

 ムークは軽々と桶を持ち上げて貝紫から取り上げる。狩人だけあってかなりの腕力だ。

 これでわかったのは、自分が分かるところで凄い力と言うものは持ってないという事だった。

「僕に特別凄い力が……ないみたいだ」

 がくりと貝紫は肩を落とした。それじゃあ自分は何のために独り異世界に連れてこられたのか。

このままずっと元の世界には帰れないのか。急に心細くなってくる。

「何かひどく落ち込んどるが、行く所がないならここにおってもいいのだぞ?」

「え?」

「さっきも言ったが、戦争でこの村は若い者がおらん。人手不足なんじゃ。手伝いをしてくれるなら寝床や食事くらいならわしが出してやるがどうか?」

 貝紫には断る理由がなかった。

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