2節目
「ここからオズマまでどれくらいかかるって? ええと、ちょっと待ってな」
集落は小さいながら泊まれる宿屋があったため、そこを訪ねた二人は宿の主人に、
オズマまでの道を尋ねてみた。グラマトンの力は強すぎて周囲を巻き込む
危険性があるため、なるべく影響が出ないように、自分たちだけで向かうべきという判断だ。
宿の主人が古い大きな羊皮紙をテーブルの上に広げた。この辺りの地図のようだが貝紫には
さっぱり分からなかった。
「かなり距離があるぞ。山を越える事になるが……」
「この湿地を通っていけばかなり近道になりそうだが、それは駄目なのか?」
シノーメが地図をなぞるように、記されている文字を指さす。宿の主人が提案したのは遠回りの
道になるようだが、主人の顔が青ざめる。
「ペーフォム湿地を通るのは止めた方がいい。あの辺りは魔物が出るんだ!」
宿の主人が言うには、数か月前まで、湿地を通って行く道が通常使われていたが、どこからかやってきた
凶暴な魔物が住み着き始め、通行人を襲うようになったらしい。一度討伐隊が派遣されたが、
その時は姿を見せる事はなかった。魔物は護衛の少ない商隊や旅人ばかりを狙うという。
「湿地の向こうにはドサの村があるが、魔物のおかげで連絡が取れず、ほとほと困り果てているんだよ」
宿の主人の言葉を聞きながら、シノーメがちらりと貝紫の方を向いた。口にはしてないが言いたいことが
貝紫には分かっていた。それでも、魔物がいると聞いて黙って見過ごすことはできない。貝紫が頷くと
シノーメはため息をついた。どうやら彼の方はあまり乗り気じゃなかったようだ。
「ねえおじさん、その沼地と魔物について教えてくれ」
***
次の日、支度を終えて貝紫たちはオズマを目指して歩き出した。ただし、その道はペーフォム沼地へ続いている。
「主は本当にわざわざ魔物のいる道を通るつもりか?」
「もちろん、こっちにはグラマトンがあるんだから、遠回りするなんて時間が勿体ないよ!
それに魔物も退治してみんなハッピー、win-winだろ?」
「ウィンウィン? まあ何かあったら主を守るのが私の仕事だが、あまり無茶はしないでくれよ」
ペーフォム湿地は所々に沼が存在し、どこもぬかるんでいて一見人が住むには不都合な土地だった。
日中でも沼から出る瘴気がもやとなって辺りを覆い、さらに最近では魔物が出るという不気味な場所だ。
しかし、ここを通らねば北にあるオズマへ向かうには、山を越えねばならない。
「魔物が何だ! 鬼でも竜でもどんとこいだ!」
貝紫は臆することなく湿地を進んでいき、その後をシノーメが周囲を警戒しながらついていく。
「主、相手は魔物だ。気を付ける事に越したことはない」
「大丈夫だって! こっちにはグラマトンがあるんだから!」
すると、もやの向こうから獣の物とは思えない大きなうなり声が響いてきた。すぐにシノーメが貝紫の前に立ち、うなり声の聞こえてきた方に盾を構える。
「今のが魔物の声かな」
「狼やクマの物ではない。恐らくは」
もやの向こうは何も見えない。耳を澄まして魔物が来るのに備える。
「全然来ないな。こうなったら俺がグラマトンで……!」
「いや、何かおかしい、もう少し様子を……」
一瞬早くシノーメは気づき、貝紫を自分の懐に抱きよせながら腕をかざす。二人の背後から人の
物とは思えない大きな腕が、盾にぶつかり激しい音が響いた。
「オオオオオ」
腕の持ち主は獣や人間とは違う、ギラギラと赤く光る眼を持った怪物だった。長身のシノーメよりも
大きな体躯に首のない醜い顔からは何を考えているか想像もつかないが、全身泥と草に覆われ、
太く長い腕は地に着くほどだ。
「ありがとうシノーメ……!」
「主、気をつけろ。囲まれている!」