5節目
ぞろぞろと馬車隊の一団を引き連れて山賊団アジトを出る事が出来たが、予想以上に時間がかかった。
未だ状況判断が追い付かぬ者、恐怖で怯える者、馬車隊全体の動きは緩慢だ。いずれ山賊団の連中が
気づいて追いかけてくる。それまでどれだけ距離を離せるか。
「北へ迎え、峠を越えた先に聖教国の砦がある。そこまで行けば安全だ」
山賊団のアジトがあった方角から、けたたましい雄たけびが聞こえてきた。もう気づかれてしまったようだ。
「やはり来たか……この谷を行け! 狭いだろうが、ここなら俺が時間稼ぎできる!」
少しでも守れれば山賊団の連中もマツシタの力に気づく。そうすれば逃げた他の馬車隊の一団は追う
必要がないと気づくはずだ。後はマツシタが助けられればそれでいいとシノーメは思っていた。
「マツシタ出番だ来てくれ!」
「分かった!」
仁王立ちしたシノーメのやや後ろの方で貝紫が待機する。すると武器を持った山賊団の集団がぞろぞろと現れ始めた。
「貴様、よくも裏切りやがったな!」
そのうちの一人が怒りに身を任せ、武器を振りかぶって突っ込んできた。盾を使う必要もなかった。
身体をそらして力任せの一撃をひらりとかわす。すれ違いざまに相手の足をひっかけて転ばした。
「うりゃ!」
それをマツシタが思いっきりこん棒で殴りつけた。気絶してその場にのびた仲間を見て、他の連中が
不愉快そうに顔を歪ませる。
「どうした、バカにしていた下っ端に負けるのが怖いか?」
シノーメの言葉に、今度は3人ほど出てきた。全員武器を持っているが、シノーメは全く動じなかった。
今度は同時に襲い掛かってきた。盾は一つしかないが、それでも攻撃が防げないという事はない。
シノーメは一瞬で僅かにずれていく攻撃の順番を判断し、最初の一撃を盾で弾き、次の一撃は
身体をそらして回避する。最後の一撃を盾で再び受ける。これで複数人相手でも攻撃を防げる。
驚いたのは敵の方だった。数で有利だったにも関わらず、まともな一撃を一つも入れられなかったのだから。
「シノーメのおっさんすげえ!」
これでも、修業時代は優秀だったのだ。自分の身を守るだけならいくらでも出来る。相手をにらみつけると
相手は躊躇して次の攻撃に出てこなかった。
「何をしている役立たずども!」
空気が震える様な怒号が飛んでくる。ついに頭のデフトンがやってきた。不甲斐ない手下の姿に、
彼は怒りで顔を真っ赤にしていた。
「矢でハチの巣にしろ!」
「でもガキに当たったら……」
「当てたら殺す! 裏切者だけ射れ!」
無茶を言うがそれでもデフトンには逆らえず、手下の山賊たちは弓を構える。
「マツシタ、俺の背後に来い!」
「でもシノーメは本当に大丈夫か?」
「信じろ! その後は頼むぜ」
今度の攻撃は避ける事は出来ない。だが、それでも不安はなかった。矢が飛んでくる。頭部と胸を重点的に守る。急所さえ防げれば即死はしない。
矢が次々と盾に当たる衝撃を感じる。自分よりも先にマツシタの方を確認する。彼は無事だ。自分の方は?
「当たりました。左脇と右足です!」
敵の一人がデフトンに告げる。その言葉でシノーメは自分の様子を知った。そして当たったことを
自覚すると、徐々に痛みを感じる。
「いくぜおっさん……!」
「おっさんじゃない。頼む」
貝紫が声を出す。神の言葉を発する彼の身体が光り出して辺りを照らす。するとシノーメの矢の傷も、
感じていた痛みも徐々に消えていく。その様子を山賊団たちは呆然と見続けていた。