3節目
「おいおっさん。何でそんな痣だらけなんだ」
山中にあるウーサブル山賊団の本拠地は洞窟を利用した自然の要塞だ。そこの一角は牢屋に
なっていて、シノーメは見張り番としてそこに立っていた。
しばらくして牢の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。デフトンに盾突いたあの美少年だ。
「お前には関係ない。黙っていろ」
平静を装いつつ不愛想に告げる。
「いや、関係ある。それで俺たち助かったんだから。あの時は興奮してたからつい強気だったけど、
あのままだったら俺以外にも被害が出る所だったんだから。おっさんって山賊だけど本当はいい人だろ?
その傷だって俺たちを助けたから……」
「だから何だって言うんだ。仮にそうだった所で本当に助かると思ったら大間違いだ。すぐに全員殺される。
お前以外の人間がな、小僧」
手紙の内容を読んで、この少年が教皇に会う事は分かっていた。誰だか分からないと言ったのは目の前で
人が殺されるのを見たくなかった、ただそれだけのことだった。
何者かは分からないが、いずれこの少年が手紙の持ち主だと分かって、他の馬車隊の連中は殺される。
少なくとも、自分がそれを見ずに済むからそうしただけのことだ。
「小僧が何者か知らんが、教皇の親族かなにかだろう? 大層な身分だが、その前に身の程を
ちゃんと知っておくべきだったな。親分のデフトンの機嫌を損ねたら例えお前みたいな子供でも容赦しないからな。おぼえておけ小僧」
「俺は小僧じゃなくて松下貝紫って名前があるんだよおっさん。それに俺は何も考えずにでしゃばったわけじゃない」
シノーメは貝紫の言葉を鼻で笑う。
「貴族と言うには聞いたことのない名前だな。しかし、何も考えてなかったという割には随分無謀だったな?」
「おっさんには分からないさ。俺にはとっておきがあるんだ」
このマツシタという少年が未だに強気の態度を崩さないのは、本当に現状を打破するようなとっておきとやらが
あるからだろうか? いや、ただ世の中には己にはどうしようもない事があると知らないだけだ。
それに気づいた時、そこで人間は諦める事を知る。自分の様に。
「それに、俺は気になるんだよおっさんが」
思わぬ言葉に動揺して言葉に詰まってしまった。
「付けている手甲に、掘られている印が」
紛らわしい言葉に動揺した自分が恥ずかしい。悟られないようにそっぽを向く。
「ふん、これは単なる魔除けだ……大した意味なんてない」
正確には、シノーメ家の家紋だった印だ。唯一残された自分が騎士だった証拠であり残滓。今では何の
意味もなくなってしまった。自分が騎士でなくなったのと同時に。
「そう? 俺には凄く意味がありそうな物に見えるんだよな」
一応、シノーメの一族は騎士として名を知られている。敵国の中でもこの印が家紋であることを
知っていてもおかしくない。それに気づいたとき、この少年は自分を見下すだろうか?
「おい見張り、何をくっちゃべってやがる!」
山賊の仲間が声を荒げながら入ってきた。捕まえたばかりの人質と会話していたことがばれてしまった。
「お前、デフトンに手紙渡した下っ端野郎だろ? 生意気によぉ!」
酒で真っ赤にした顔を近づけてシノーメを威嚇する。相手は名前もおぼえてない男。
だがシノーメは山賊団の中でも名前と顔は知られている。そして、彼を快く思っている者はほとんどいない。
一度目をつけられたら多かれ少なかれ傷を負うことになる。
「でしゃばりやがってよぉ!」
容赦なく膝蹴りを腹部に食らう。避けようと思えば避けられるがそんなことをしたら火に油を注ぐ様な物だ。
倒れたところをさらに踏みにじられ蹴られ続ける。それでもただ黙って、相手の気が済むまで
痛みを耐えていることが一番いい。死ぬことはないのだから。
「おい、何やられてるんだよおっさん! お前、仲間になんてことするんだよ!」
牢にいる少年マツシタが叫んだ。捕まった人質で、こっちは山賊なのにどうしてそんな心配そうな声を出すんだろうか。
「仲間だと? こんなやつただの奴隷だ。仲間でも何でもねえよ!」
「そんな事する奴を、俺は黙って見てるなんて出来ない! おっさん、その魔除けの力を借りるぜ!」