2節目
山頂に向かう途中、もしかしたら罠が仕掛けてあるかもしれないと警戒していたが、妨害らしい妨害はなかった。
着いた山頂では大きな火口から朦々と噴煙が上がり、日中にもかかわらず薄暗く感じるほど空を覆いつくしていた。
その火口の縁に一人の人間がたたずんでいた。
「お前か! あの輝くドラゴンに乗っていた御使いを名乗っていた奴は!」
貝紫が声をかけると、真たる御使いを名乗っていた存在は目深に被っていたフードを脱いだ。その下から現れた素顔は貝紫達よりも年長の、端正な顔をした青年だった。整っているが、どこか歪な、造られた人形を見ているようなイメージを受けた。
「そうだよ偽の御使いたち。僕こそが唯一予言に言われる人々を導く真の救世主、本物の御使いダマーだ」
その声も外見に反して甲高い。貝紫達と同い年くらいの少年の物のようで殊更外見との相違を感じさせた。
「何が本物だ! 急に現れて神の裁きが起こるとか言いやがって! 大体、予言なんかも本当なのか信じられないじゃねえか!」
「予言は起こるべくして起こるから予言なんだ。そしてその時に人々を誑かす偽物の救世主が現れる。聖書にも書かれている最後の審判もそうだ」
「聖書? 最後の審判? それって僕たちの世界の物と同じもの見たいじゃない~?」
何故貝紫達の元いた世界、地球に存在する聖書の事を知っているのか。
「それは当然、僕も君たちのいた世界から来たからだよ。僕がいた時はフランスで革命が起こったそうだけど、君たちの時代は何があったのかな?」
ダマーも貝紫達と同じ地球からスプリジョンにやってきた人間だった。だが、それが何故スプリジョンに災厄をもたらすようなことをするつもりなのか。
「僕の昔話をしてあげよう。汚くて臭い貧民街の一角、そこで僕は生まれた」
喜びという意味の名前とは裏腹に、貧しく厳しい環境の中でダマーは育った。金持ちから、あるいは自分よりも弱い者から盗み、騙し、その日その日を生きてきた。
「幸い、僕は顔と声は良かった。たまたま僕を見て気に入った上流階級の変態が、僕を引き取って歌手として育ててくれた」
しかし得られた優雅な生活もほんの一時の間だけ。加齢とともに美しかった声も徐々に男性らしさを帯び始めて来た。
「せっかく手に入れた幸せを失わないように僕は何でもした。カストラートも、吐き気で苦しむような薬も使った。それでも終わりはどんどん近づいてきた」
再び貧しい生活に戻るくらいならと、彼は橋から飛び降りて命を絶った。その直後、彼は異世界スプリジョンに召喚された。
「そうやって今から数百年前にこの異世界スプリジョンにやってきた。その時は各地で王侯貴族が小競り合いの内乱が各地で起きていたよ。その内乱をまとめ上げ、聖教国という一つの国を建国した」