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登校日の朝、めっちゃおもいランドセルをしょってくつをはいて道具ばこと図書ぶくろをもって外に出たけどなんだか行きたくなくて、会社に行こうとドアを開けたママにどやされるまで玄関ですわっていた。行きたくないのにちゃんと動いていく足が気もち悪い。とちゅうで他の道で行こうかなと思ったけどちゃんとあやまろうと思って注意くんのいる交差点へ向かった。
ぼくはびっくりして道具ばこの取っ手をぎゅっとにぎりしめて立ち止まった。
注意くんが支柱から外れて歩道に落ちていた。しかもおなかからまっ二つにわれていた。
「注意くーん!」
「止まれ!」
急いで横断歩道を渡ろうとした時、向こうから注意くんが声をはり上げた。
「わたる。左右かくにん」
「注意くーん!」
右、左、右を見てぼくは横断歩道をわたって注意くんにかけよった。
「注意くん大丈夫?」
「おはようわたる」
「おはよう」
「いやー。もうだめだと思う」
おどけた口調で注意くんは笑いながらそう言った。
「だんだんいしきがぼやけてきてるんだ」
「ごめんねぼく、外出きんしになっちゃって夏休みおわるまで家出れなかったんだ」
「いいんだよそんなことはもう」
道具ばこと図書ぶくろを歩道においてぼくはまっ二つになった注意くんの上半分をもち上げた。空いている穴にくぎを入れてそっと手をはなすと、ぐるんと回ってさかさまになっちゃった。
「わたる、おろしてもらっていいか?」
と注意くんが苦笑いをした。
言われたとおりぼくは注意くんを支柱から外して歩道におきなおした。
「ありがとなわたる」
「もっと元気だしてよ」
「むちゃ言うなよ」
ぼくは注意くんの下半分をもち上げて、空いている穴にくぎを入れて手をはなすといいかんじにつるせた。後から上半分を取りつければ下半分が支えになって回らないはずと思ったんだけど、上半分を取りつけてみてちょっとするとまたぐるんと回ってそのいきおいでどちらとも道に落ちた。
「わたる。もう大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ」
「わたるはもう俺がいなくても大丈夫。車にかくれておれが見えなくなっても、いつだって右を見て、左を見て、もう一回右を見て、じしんをもって前を見て、大きな一歩をふみ出せる。そういう人間になれてるよ」
「注意くん」
「なくな。それじゃ前が見えないぞ?」
「――右も見えないよ」
「ほら行け」
注意くんの目からふっと何かがぬけた。声をかけても何も言わなくなった。
ぼくのペンキのぬり方が下手でぬる前よりも見た目が悪い。まっ二つだし。うらっかわの注意くんはぬるのをわすれていてボロボロのままだった。
注意くんとはいつもここでしゃべるだけで、めちゃめちゃおもしろい話をするとかではなかった。おはようとか、ばいばいとか、あいさつだけの日もあった。「殺すよ」とかたまに言われたけど、そんな悪いやつじゃなかった気がする。もっとしゃべりたかったなぁ。
道具ばこと図書ぶくろをもってぼくは横断歩道の前まで歩いた。
右を見て、左を見て、もう一度右を見て、図書ぶくろをもっている右手を上げた。
歩きだした時にぼくは、ぜったいちこくだなと思った。