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【完結】君の脚になるから  作者: 夏目くちびる
第二章 幸せのチャンス
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ロミオと野獣

 ……。



 その日の夜の事。



 庭に出てストレッチをしていたのだが、伸びをして前を向いた時、門の前で怪しげな動きをする一つの影を見つけた。俺から見えると言う事は向こうからも同じように見えるはずなのだが、相手さんは全く俺に気が付いていないようだ。手を上げては下げ、帰るフリをしてまた戻ってくる。そんな謎の行動を、気が付いてから三度も繰り返していた。



 「何やってんだ?あいつ」



 呟いて思いついたが、あれはインターホンを押すか押さないかで迷っているんじゃねえか?見たところ結構若く見えるし、奏の知り合いなのかもしれない。だから、俺は四度目の謎行動をしかけた彼に声を掛けた。



 「よう。元気か?」



 「ひゃあっ!違うんです!怪しい者じゃないんです!」



 近づいて見てみると、服装を見るにどうやら学生のようだ。そう言えば、奏の学校の男子はちょうどこんな感じのスラックスとシャツを着ていたような気がする。



 「別に疑ってねえよ。俺は調子を訊いたんだ」



 後ろめたさがあれば、変な言い訳なんてしないで逃げるだろうからな。ストーカー臭いってのは否定し出来ないが。



 「あっ、はい。……あの、元気です」



 責められると思っていたのか、拍子抜けたみたいだ。目を合わせず、そしてバツが悪そうな声で彼はそう答えた。つーか、雅もそうだが別にそこまでビビる事はねえだろ。あの学校の生徒には、もうちょい骨のある生徒は居ねえのかね。



 「そうか。名前は?」



 「俺、いや私は七橋演(ななはしひろ)と言います。あの、東条さんと同じ学校に通っておりまして」



 演は、物腰も表情も柔らかい、今時流行りそうな普通の男の子だった。髪の毛は黒いマッシュヘアで、身長は俺の肩くらい。どことなく知性を感じさせる喋り方をしていて、姿勢からも俺とは正反対の生き方をしてきたのだと予想出来る好青年だ。



 「男なんだからよ、もうちょいシャキっと喋れよ。なんも悪い事してねえんだろ?」



 「……は、はい。すいません」



 この弱っちい態度は、少し気に食わないけどな。



 「それで、こんな時間にどうしたよ。奏ならもう風呂に入っちまったぜ」



 現在、時刻は八時を回ったところだ。高校生のデートの誘いには、少し時間が遅すぎるだろう。



 「ふ……。そ、そうですか。そうですよね。いえ、すいません。その、今日東条さんが学校に来ていたと友達から聞いたので。退院していると知らなかったモノですから」



 そういや、学校ではそんな扱いになっているんだったな。



 「会いたかったってか?」



 訊くと、答えあぐねたのか少しの間が生まれた。



 「……あの、失礼ですがあなたは」



 質問に質問で答えるなと言ってしまいそうになったが、そんな事をしては奏の生活に支障が出るかもしれない。



 「黒木楓、この家で働いてる介護士だ」



 「……そう、ですか。その、夜分遅くにすいませんでした。ただ、少し心配だったもので」



 心配とは何事かと首を捻ると、疑問を察したのか演はそれの答えを口にした。



 「放課後、東条さんの居場所を友達に訊いたら……」



 「訊いたらなんだよ」



 意識したワケではないが、弱気な態度にイラついて少し脅すような言い方になってしまった。演はそれに()されてしまったようで、少し後ずさってしまう。しかし、次の瞬間には意を決したのか、さっきよりも大きな声でこう言った。



 「恐い人に、車に乗せられて行ったって。それで、心配していたんです」



 それを聞いた時、俺は思わず笑ってしまった。



 「はっはっは!おいおい、それマジかよ!」



 「そう、です。あの、すいませんでした。失礼ですよね」



 謝られたが、それに応えてやれる程俺の感情は静かではない。正直な所、下に見てしまったこいつが勇気を振り絞ったのがなんだかとても嬉しくて、思わず抱きしめてやりたくなったくらいだ。



 「お前、結構度胸あるじゃねえか。さしずめ、野獣に攫われた姫を救いに来た王子って所だな!」



 「……あの、怒ってないんですか?」



 「怒る?なんでだよ。俺、お前の事結構尊敬したんだぜ?」



 そうは言っても、演は何が何だかさっぱり分かっていないようで、返事もせずにただ笑う俺の事を見ていた。ようやく落ち着いて、目を擦ってから演に直る。心配しているようで、恐れているようで、とんでもなく複雑な表情を浮かべていた。これ以上年下を困らせる訳にも行かないから、俺はタバコに火を付けて煙を吸い込んでから再び質問をした。



 「まあいいや。お前、奏の事好きなのか?」



 「な……っ!そ、そう言うのじゃなくてですね!?ただ心配だったから様子を見に来ただけです!」



 隠すような事でもないだろうに。別に言いふらしたりなんてしねえよ。



 「それならいいけどよ。もし、何か知りてえ事が出来たら俺に訊いて来いよな」



 言うと、引きも押しもされなかった事でまた意味が分からなくなったのか。



 「失礼します!」



 そう言って深々と頭を下げ、駆け足で去って行ってしまった。なんだよ、お嬢様も結構モテてるじゃねえか。同じ歳か、それとも年下か。どっちが好みなのかくらいは奏に訊いておいてやるか。



 そんな事を考えながら家の中へ戻ると、美智子さんが少し不安気な表情をして俺の所へやって来た。



 「お帰り。外の人誰だったの?なんか凄く笑っていたみたいだけど」



 「別に悪い奴じゃないですよ。気にしないでください」



 訝しむようではあるが、俺の言葉を信用してくれたみたいだ。二、三回頷くと、いつもの優しい表情に戻ってくれた。



 「……そっか。分かった、ありがとうね」



 そう言って笑う彼女。あぁ、今日も美人だな。



 「ところで、次の休みとか空いてますか?結構流行ってるイタリアンの店があるみたいなんですよ」



 「そうなの。……あ、ひょっとして、私がワイン好きって言ったから調べてくれたの?」



 ついこの間、爺さんやコックも交えて四人で酒を飲んだ時、グラスを片手にそんな事を言っていた。



 「そう!だからさ、一緒に行きましょうよ」



 言うと、美智子さんは顎に手を置いて考えるような顔をした。いつもより長いシンキングタイムの後、こっちを見てニコリと笑うと俺の胸に人差し指を当てた。



 「考えておいてあげる」



 ちぇっ。まーた振られちまった。今度こそ行けると思って、もう予約まで取っちまったってのに。別に嫌われてるうような感じもしねえし、飯くらいい付き合ってくれてもいいと思うんだけどな。



 もう何度目か分からない断り文句を聞き入れると、俺は一応「善処してください」と返して上へ向かった。さて、次はどうやって口説こうかね。

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― 新着の感想 ―
[一言] お屋敷の呼び鈴を鳴らすのは、勇気がいるわなあ。 で、出てきたのが、あれ、だし/w とりあえず、訳が分からなくなってはいるんだろうな。
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