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【完結】君の脚になるから  作者: 夏目くちびる
第二章 幸せのチャンス
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同房との再会

 ……。



 翌週の月曜日、星稜高校の校門より100メートル離れた場所。送り迎えをする為に契約した月極駐車場に、俺達はいた。淡い青色のサマーセーターと白い半袖のワイシャツに、しっかりたタックの入ったチェックのプリーツスカート。そして、先の丸いローファーを履いた奏の姿は、どこをどう見ても品のいい女子高生だ。



 「そんでよ、あまりにもビビっちまった俺はアホみたいに蹴りを打ったんだが、普通に避けられてスッ転んだ所をタコ殴りにされちまったんだよ。笑えるだろ?」



 今朝からずっと緊張しっぱなしの奏に、俺は自分のビビリエピソードを語っていた。今のは、俺が小学生の時に生まれて初めて殴り合いをした時のモノだ。



 「そうですね。たこ焼きはずっと長い間食べていません」



 何が「そうですね」なのかさっぱり分からんが、死ぬほど緊張している事だけは分かった。車椅子に乗せた後、膝をついて手を握ると、「大丈夫だ」と何度も言ってやる。その姿は、さながらコーナーリングで次のラウンドを待つ、アポロと戦うロッキーとミッキーの様だっただろう。



 「……ここまで来たら、もう逃げせません。私、ちゃんと飛びますから」



 細い手に力を込め、奏が言う。



 「よく言った。それじゃあ、行こうか」



 車椅子を押して校門へ向かう。途中に見えるのは殆どが女子で、たまにいる男子も俺とは正反対の優しそうで賢そうな子ばかりだ。ざっと見たところ、男女比率は2:8と言ったところだろうか。



 警備員に話をして、案内された職員室へ。そこで撫子に引き継がれてから、俺達は少しだけ話をした。そして、後の事を頼むと俺は最後に頭を撫でて。



 「行って来い」



 それだけを口にした。もう死ぬ程頑張ってるこいつに、口が裂けても頑張れだなんて言えないからな。手向けの言葉は、これで十分だ。



 奏が廊下を車椅子で進むのを見送っていると、隣で撫子がこう言った。



 「心配なら、授業見ていく?相談すれば、出来るかもしれないよ」



 「いいや。俺が教室に居たら誰も授業に集中出来ねえし、奏だって困っちまうよ」



 「そっか。……そうだよね。ごめんね、お節介だったかな」



 「いいや、嬉しいよ。ありがとう」



 撫子にまた連絡すると約束して、学校を去る。それから、車に乗り込んでエンジンをかけると街の方へ。折角金が入ったのだから、少しくらいは散財してもいいだろう。貯金すると言ったな。あれは嘘だ。



 駅の近くのパーキングに車を停め、周辺を練り歩く。途中で見つけたテナントで赤耳のデニムと何枚かのロンティーを購入。タトゥーを入れた事を後悔はしていないが、カタギの人間に見せびらかす訳にはいかないからな。



 適当に時間を潰して、俺はストリートピアノへ向かった。歩いているのは昼間に出歩いている暇人たちなだけあって、俺の演奏に耳を傾けてくれる奴が前よりも多い。終わった頃には、その数は30人程度となっていた。客の数が増えると、実力が上がったのが実感出来る。定期的に、ここに来るとしよう。



 そんな事を考えて立ち上がると、観客の中に銀の髪にツイストパーマをかけ、ハイグレードな濃紺のスーツを着た男がいる事に気が付いた。そいつの方をよく見ると、雑踏の中で誰よりも大きな音を立てて拍手をしている。……あれ、こいつ知ってるぞ。



 「……隼人?」



 「やあ、楓。久しぶり」



 「おぉ!おめえ隼人かよ!久しぶりだな!」



 思わず嬉しくなり、俺は隼人の方へ近づくと俺たちだけのサインである複雑なハンドシェイクを交わした。



 「なんだよ、その鞄。海外旅行でも行ってたのか?」



 「そんな所。元気だった?」



 「元気元気!お前も元気そうじゃねえかよ!」



 こいつは日南隼人(ひなみはやと)。帯大少年刑務所で同房だった、今となっては俺の唯一のダチってヤツだ。身長は俺より少し低いくらいで、妖しい雰囲気と甘いマスクが特徴の色男だ。しかし、その実態は何人もの実業家や金持ちのマダムを騙して生きてきた天才詐欺師。当時17歳だった隼人を捕まえた時、牢屋にブチ込む為に被害者たちが特別検事団を募った程だ。その上で、裁判では弁護士も雇わずに自己弁護を行い、挙げ句の果に司法史上でも稀に見る舌戦の末、相手を言い負かせて刑期を12年も短くさせたとか。この世界に天才がいるんだとすれば、それは間違いなくこいつの事だ。



 「立ち話もなんだし、そこの店にでも入ろうよ」



 提案され、俺たちはコーヒーショップへ向かった。注文したアイスコーヒーが届くと、それを半分程飲んでから会話を始めた。



 「それで、なんでこんな所に?」



 「楓を迎えに帯大に行ったんだよ。そしたら一か月以上前に出所してるって言うだろ?だから探そうと思って、とりあえず札幌に来たんだ」



 「運がいいな。俺も今日はたまたま外に出てたんだよ」



 「へえ。それにしても、さっきのピアノは最高だった。一昨日に向こうで聞いたのよりよっぽどよかったよ。でも、どうしてオアシスなの?」



 ワットエヴァー。言わずと知れたロック史に残る名曲の一つ。奏を送り出して、初めに思いついた曲がこれだったんだ。「お前だってどんなモノにもなれる」ってな。だが、他人に理由を話すのはまだ先な気がして、だから俺は隼人に別の話題を振った。



 「そんな事よりよ、お前のその恰好なんだよ。パリコレみてえになってんじゃん」



 訊けばスーツはカルーゾ、靴はジョンロブだそうだ。わり、全然知らねえわ。



 「ちょっと纏まった金が入ってね。自分へのご褒美ってヤツだよ」



 「また詐欺でもやらかしたのかよ」



 「ううん。ちゃんとした会社だよ。ムショを出てから作ったんだ」



 「はえ~。すっげえな。そんで、どうして俺を迎えに来るんだ?」



 タバコに火を付けようとしたが、周りを見渡しても灰皿がない。どうやら、全席禁煙のようだ。



 「僕の会社に入ってもらおうと思って」



 そう言って、口にコーヒーを含む。



 「わりい。それは無理だ」



 即答すると、隼人はコップの中に飲んでいたコーヒーを吐き出した。これだけ見ると、こいつが天才詐欺師だとはとても思えないな。



 「い、一応理由を訊いていいかな?」



 「俺は俺で仕事してるし、それにやりてえ事も出来ちまってよ。わりいな」



 「……そっか。それは残念」



 特に食い下がる訳でもなく、隼人は通りかかった女の店員を呼ぶと、その子の耳元で一言二言囁く。すると、その店員は顔を赤らめた後、一度カウンターへ向かってすぐに新しいコーヒーを隼人の前に置いた。それから何かを耳打ちし、早足で去って行った。



 「お前、何言ったんだよ」



 「別に、新しいのが欲しいって言っただけだよ。でも、そっか。やっぱ、楓は手に入らないか」



 声を良くして呟くと、頬杖をついて俺を真っすぐに見ている。



 「その言い方、ホモくせえからやめろって言ってるだろ」



 「わざとだよ」



 知ってる。帯大の時から、ずっとそうだからな。



 脳筋思考で単細胞だった俺が物事について色々と考える様になったのは、実はこいつのお蔭だ。最初の頃は喧嘩ばかりで殴り飛ばした事も何度かあったが、必ず言い負かされて一度も勝った気にならなかった。それどころか、こいつは房を移ろうとせず、頑なに俺との喧嘩を止めようとしなかったのだ。



 ある日、俺が理由を訊くと隼人は「楽しいんだ」とただ一言、それを満面の笑みで言った。何もかもが思い通りになる人生で、自分に逆らった俺に興味が湧いたのだろう。それ以来、俺たちはピタリと争う事を止めた。代わりに、お互いから様々な事を学び、俺は足りない頭ながらも考える事を覚えたって訳だ。そう言えば、隼人は俺から何を学んだんだろうか。



 閑話休題。



 少しの間、他愛もない世間話をしていると、さっきコーヒーを持ってきた店員が私服に着替えて俺たちの元へとやって来た。と言うか、隼人の元へとやって来た。彼女を見た隼人は立ち上がり、髪の毛にキスを落とすとニコリと笑って見せた。あ、この女今惚れたな。



 「それじゃあ、僕は行くよ。しばらくは札幌にいるから、今度は酒でも飲もう。あ、ケータイ貸して」



 大人しくケータイを渡すと、彼はさっさと俺の番号を控え、店員と二人で店の外へ出て行ったのだった。きっと、あの女の家に居座るつもりなのだろう。



 「すっげえや」



 思わず呟く。一体、あんな一瞬の間に何を言ったのだろうか。魔法を使ったとしか思えない。



 そんな事を考えている間に、時刻は午後の3時。そろそろ、奏の学校が終わる頃だ。何が起きたのか今だ整理のつかない頭を何とか覚醒させると、俺は車へ向かった。そう言えば、伝票がないな。次に会う口実を、何も俺にまで使わなくていいだろ。

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[気になる点] 捕まえるためなら、特別弁護団 は変かな? じゃあなんだろう。特捜チームとか? [一言] 今の仕事とやりたいことは、友達からの誘いを一蹴できるほどのものだったと。 自分もずいぶん楽しんで…
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