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 GOGO観光社

作者: 朔々

登場人物の名前がややこしいので、分かりやすく名前の由来を書いておきます。


イアン → アイン → 1

バイツ → ツバイ → 2

イドラ → ドライ → 3


 獣人の国、ディーラント。


 その王都、リオネス。


 そこに三人の幼馴染みが居た。


 『天虎のイアン』『天虎のバイツ』『人間のイドラ』


 この三人は幼馴染みの他に三角関係でもあった。だがその関係は、彼らが15歳を迎えた日に崩れてしまう。

 成人の儀式後すぐに、イアンとイドラが同時にバイツへ交際を申し込んだのだ。

 その結果、一組のカップルが誕生した。




 イドラは自分の役割が噛ませ犬だと気づいていた。バイツの眼がいつもイアンを追っているのを知っていたからだ。

 確かにイドラもバイツに惹かれていた。だからこそ、バイツが己よりもイアンを好ましく思っている事に気づいてしまった。

 イドラには親友たちの恋路を邪魔する趣味は無く、早々と自分の想いを諦めた。むしろ彼は、二人の仲を応援していたくらいだ。

 彼の失態は、イアンに気づかれてしまった事だ。イアンは、イドラがバイツを想っているのに気づいてしまった。だが、イドラが既に身を退いていた事には気づけなかった。

 そこで彼の出したアイディアが『イドラの告白のお膳立て作戦』であった。


 イドラはイアンのアイディアに乗る事にした。自身の想いを告げる為ではない。ヘタレのイアンに告白させる為であった。

 この瞬間、イドラによる『同時告白作戦』が人知れず始まった。

 そもそも、独占欲が強く嫉妬深いイアンが、親友とは言え、他人の告白のお膳立てなどできる訳が無いのだ。


 作戦の第一段階、まずはイアンに『イドラだけが告白すれば、バイツはイドラを選ぶかも知れない』と、危機感を抱かせる。

 『同時告白作戦』は、イアンの思いの強さを利用しあとに退けなくする作戦なのだ。


 それから数日、イドラはごねにごねて、なんとかイアンから『僕もバイツに告白する』と言質をとった。第一段階完了。


 作戦の第二段階は、確実にイアンに告白させる事だ。そして告白のタイミングだが、イドラは成人の儀式直後と定めた。理由はふたつ。

 ひとつは、注目を集め人混みの壁でイアンを逃がさない為。

 もうひとつは、同級生やリオネス中の15歳たちに、バイツがどちらを選んだのかを認識させる為。いわゆる『外堀を埋める』だ。

 これにより、イアンの行動は限定される。

 『たとえ告白出来ず、バイツがイドラと付き合う事になったとしても、後からこっそり告白してバイツを奪う』なんて考えは通用しない。周りが許さない、その為の観衆だ。

 危機感を抱いたイアンならば気づくだろう。その瞬間に告白するしか勝ち目は無い、と。


 ここまで『お膳立て』して、漸くイアンは告白した。




「かくして俺はフラれたってわけさ」

「そっか~。辛いよね、幼馴染みにフラれるのって」

「そうなんだよ~、その上二人とも親友だからさ、略奪愛とかも出来ないしさ~」

「うんうん」

「だからさ、こんなかわいそうな俺を助けると思って、俺と付き合ってくれる?」

「ごめんなさい」


 あの日から五年。イドラはフラれ記録を順調に伸ばしている。ちなみに今日は、三つスコアを伸ばした。


「あ! 待って待って! せっかくだし、空の観光してかない? さっきの二人にも会えるよ。実はこっちが本題だったり」


 それから手練手管口八丁で、なんとか彼女を客にすることに成功。


「ありがとうございます、それではさっそく『GOGO観光社』停留所へごあんな~い。

 いや~、良かった良かった。なんとか午後の部も満員御礼となりました」

「あんなナンパまがいじゃなくて、もっといろんな人に声かけたら?」

「どうせ誘うなら美女が良いに決まってます!」

「もう! 誰にでも言ってるんでしょ?」

「いえいえ、本物の美女にだけです」


 勿論彼は誰にでも言う。この五年で随分とチャラい男に成長していた。




「イアン、バイツ、準備はどうよ?」

「外側のほうはバッチリ!」

「客席もOKよ」


 総勢40名を乗せ空を飛ぶ客車だ。その為、飛行前後には必ず点検を行う。

 とある事件を機に『点検は多すぎるくらいでちょうどいい』が彼ら三人のスローガンになっていた。


「よし! じゃあ始めよう!」


 イドラが待合い室から客を案内し、バイツが席まで誘導。イアンは笑顔で客をお出迎え。

 全員席に着くとそこからはイドラの独壇場。


「皆さま本日は『GOGO観光社』をご利用いただきありがとうございます。まずは座席のベルトをお締めくださりますようお願い申し上げます。

 空の旅は大変危険であります。急な気流の乱れ、空族の襲撃、客車を牽く天虎の夫婦喧嘩、と、あげればきりがございません。本日の夫婦仲はいかがでしょうか?


 はい! ご安心ください皆さま、どうやら今日は良好のようです。ですが油断は禁物! 空族の中に夫の浮気相手が居るかも知れません、気流の変化に妻の機嫌も急降下するかも知れません。皆さまベルトは装着されましたでしょうか?

 はい! ご協力ありがとうございます。

 それではちょっぴりスリリングな空の旅へ出発進行!」


 イアンとバイツは人の姿『人相(じんそう)』から獣の姿『獣相(じゅうそう)』へと変化し、力強く客車を牽き始める。

 石畳を踏んでいた脚が徐々に空を踏みしめて行く。二人に牽かれ、客車もすいーっと空へ向かう。

 やがて一定の高度に達すると二人は上昇をやめ、王都周回航路に入る。ツアー開始だ。


「さあ! まずは王都周回コース、東門を左に、ぐるりと反時計回りに進みまーす!」


 彼らの客車は、中央の通路を挟み左右二列ずつの計四列。

 特筆すべきは、客車の傾きに応じ天秤のように上下する左右の座席であろう。この仕組みは屋根が無い故の大胆さである。

 これにより、全ての乗客が同じ側の景色を楽しめるようになっている。


「皆さま、ご自宅やご滞在の宿は見つけられたでしょうか?

 さあ! 最初の名勝、王城が見えて参りました!」


 王都南に位置する王城は国内だけではなく、世界でも有名な名城である。


「皆さま、城だけではなく是非とも庭園もご覧ください。

 この庭園、名君と知られるオリオン五世陛下の命で造られ、今日まで伝えられております。

 かつては王家と一部の上位貴族のみが立ち入れる秘密の園でありました。勿論、それは今も変わりません。しかし、立ち入ること叶わずとも、こうして空から眺める事は出来ております。

 かつて、不自由な王族の慰めにと造られた庭園。その真価は高所から見下ろした際にあります。今皆さまは王族の為の景色を見ているのです!」


 GOGO観光社の三人も、流石に城の敷地内を飛ぶような事はしない。だからといって、敷地外ギリギリの飛行コースが許される筈も無い。スリリングだ。


「おっと! 皆さま王城中央の塔をご覧ください! 御歳八つの第三王女、ティナ殿下が手を振っておられます!」


 実はティナ殿下が手を振ってくれるのは突発的な事ではない。毎日、午後のツアーに合わせて振ってくれていた。決して頼んだ訳ではないのだが、いつも目立つように中央塔のてっぺんから振ってくれている。

 だがそれは誘拐や暗殺など、警備や護衛の関係から口にすべきではないとGOGO観光社の三人も分かっていた。スリリングだ。


「それでは名ごり惜しくはありますが、ティナ殿下に別れを告げ、次は北東へ向かいましょう。

 さあ! 北東には何があるでしょうか?」


 ツアー参加者の子供たちが叫ぶように答える。元気が良すぎて聞き取れない程だ。


「そうですね。クーレイ湖、アッジレ果樹園、ソール魔法学校、エルフ自治区、コボルト衆隠れ里。どれも正解!

 ですが、今日の目玉は世界樹です!」


 客の反応が二つに分かれていた。一つは純粋に喜ぶもの。もう一つは、困惑するもの。

 無理もない。世界樹の周囲は険しい岩山の山脈に囲まれており、唯一途切れている南側も、エルフ自治区が広がっている。

 彼らはエルフ以外の自治区への立ち入りを厳しく制限しており、結果的に世界樹へ近づく者を排除していた。

 本来世界樹は誰のものでもない。だが自称『森の番人』エルフ達によって、独占されていた。


「ご安心ください、エルフ自治区の上空は避けて飛びます。スリリングな旅と申しましたが、融通のきかない輩は避ける所存であります」


 エルフ達は『他種族相手に問答無用』の精神である。スリリングだ。

 宣言通り、エルフ自治区の外を飛んでいく。だが、充分目視できる距離だ。


「皆さまご覧ください、左に見えますのがエルフ自治区です。中央の大きな木が分かるでしょうか、あの木にエルフの王が居ると言われています。

 もう少し近づいて見たいものですが、これ以上はエルフ特製の矢が飛んで来ますのでご勘弁を」


 自治区の外れ、櫓の上に弓兵が集まり始めた。


《ヤバ! イアン、バイツ、自治区から離れろ! ちょっと近付きすぎたわ》

《了解!》

《だから言ったじゃない》


 念話を使い、間一髪エルフ自治区を離れる。そのまま小さな岩山を一つ二つと越えると、いよいよ世界樹が近くなってくる。だが、まだ見えない。


「皆さま、あの大きな山脈を越えるといよいよ世界樹ですよ! 世界樹到着後は一旦休憩を挟みます。

 さあ! 準備はいいですか? スピード上げますよ!」


 言うが早いか、二人の天虎はぐんぐん速度を上げ、ツアー客達は座席に押し付けられる。山肌に添って客車が傾き、高速で斜め上に上昇、得難き体験。スリリングだ。




「どうです! 絶景でしょう!」


 岩山を登りきった先には、想像を絶する大木がそびえていた。越えてきた山脈がまるで植木鉢の縁に見えるような大きさ。

 何故これ程の存在が外からは見えなかったのか?


「実はこの岩山、エルフの儀式魔法で結界を張られているのです。山脈の大きさ故に、景色を偽る程度ですが。しかし!

 それゆえに、山脈を越えない限りこの絶景を見ること叶わないのです!

 なんともイジワルな事ですが、演出としては最高に素晴らしいと思いませんか?

 さあ! そろそろ降りますよ!」


 大きな大きな大樹の周りを、ぐるりと一周しながら、広場の様な場所へ降りていく。

 幾つかの人影が、こちらに手を振り待っている。




『ようこそ!! ドライアドの国へ!!』


 声を揃え歓迎してくれる女性たち。

 彼らを待っていたのは樹精とも呼ばれる、ドライアドの女性たちであった。


「皆さま驚かれるのは無理もありません。ここは本来、彼女たちドライアドの国なのです。それを精霊信仰のエルフ達が世界樹と名付け、世間に広く知られるようになったのです。

 それでは門外漢の説明はこれまで、詳しくは彼女たちにお任せしましょう!」


 ツアー客達は十人一組になり、四人のドライアドに引率されて行った。軽い食事や休憩を挟みながら、二時間程この国に滞在する事になる。

 その間、彼らも休憩時間だ。


「お疲れ~。ほれ、弁当とお茶」

「ありがと」

「イドラもお疲れ!」

「おう、まぁ俺は喋ってるだけだけどな。っつう訳で、ちょっとナンパしてくるぜ!」

「イドラはどんどんチャラくなってくよね。真っ赤になって私に告白してきたのが懐かしいわ」

「ごめんねイドラ、僕の妻が。あっ! でも、たまには一緒に食べようよ」

「フッ! いいかイアン、雌雄同株って言ってな? 7対3でドライアドは女性のほうが多いんだ! 既婚者とまったりなんてしてられっか!」


 そう叫ぶと、イドラは広場から走り去って行った。その後出発時間直前に収穫なしと戻ってくるまでが、いつものイドラのルーティーンだ。


「あら? イドラさんはもう行っちゃいましたか?」


 イドラとすれ違いでドライアドの女性がイアンの隣に座った。


「面白いですよね、彼。毎日飽きもせず声をかけ続けて」

「あの、女性から見てイドラはどうなんでしょう?」

「あら? バイツさんには聞かないのですか?」

「私は幼馴染みなんで、イドラを男としては見れないですね」


 彼女は少し考え、言葉を選んで答えた。


「そうですね。誰よりも、本人が一番己を知らないんだと思います」

「え? どういう事ですか?」

「バイツさんは結婚するならイアンさんですよね」

「そうですね、実際してますし」

「じゃあ不倫するなら、イアンさんとイドラさんどっちですか?」

「それは、・・・・・・・・ イドラだわ」

「え!? ちょっとバイツ!?」


 藪から棒のイアン。


「つまりイドラさんって愛人枠なんですよね。恋人にはできない、いえ、向いてない?」

「言われてみれば、私もイドラとの事なんて考えた事無かったわ」


 二時間後、勿論手ぶらで帰ってきたイドラに更なる追い討ちが掛かる。


「イドラ、バイツは僕の妻だからね! 手を出したら許さないよ!」

「んだよいきなり! 人妻に手ぇ出すかよ!」

「さっきドライアドの奥さんが『イドラは愛人の才能がある』って言ってたけど、絶対だね? 絶対バイツと不倫なんかしないでよ?」


 イドラはチャラく成長したが、その趣味はいたってノーマル。己が愛人枠である事は、周囲の想像以上に彼を打ちのめした。


「はーい、それじゃドライアドの国に別れを告げて、次は西へ向かいまーす」


 何度も行っているツアーだ。ガイドとしての台詞は体に染み付いている。気が抜けている事を除けば、いつも通りだ。


「さー、西には何があるでしょー」


 子供たちの元気に当てられ、吹き飛ばされそうなイドラ。


「そうです、竜の谷ですー。

 大昔、小山のような巨大な竜が死の間際倒れ込んだことにより地面が陥没、今は巨大な骨と谷が残るばかり。

 降りる事は叶いませんが、上空から、かの竜の大きさを確かめてみましょー」


 イドラの覇気の無さに大人達は困惑気味であったが、竜の谷を見た瞬間、些末な事と意識から消しとんだ。


「どうですかー皆さまー。想像していたより大きいでしょー。私が誇る事ではありませんがー、凄いでしょー。

 この骨に、筋肉と鱗を着けた生き物がかつては地上を闊歩していたのです。見てみたかったような恐ろしいようなー。いいや、見たい。私は見てみたかったー。


 今は危険な魔物が多数住み着く場所ですが、冒険者達によって調査されつつあるようです。この竜の骨を街に運ぶ計画があるのだとか。今は埋もれている頭の骨も、いつかどこかの街に飾られるのかも知れませんねー」


 竜の谷上空をゆったりと周回し、古代のロマンに浸ると次の目的地へ。


「さー、次は南東へ。南東には何があるでしょうかー。皆さまご存じのあの場所ですよー。

 せーので言ってみましょー。

 せーの」


 子供たちが叫ぶ「王都」の声が空に響きわたる。王都到着でこのツアーは終了だ。だがその前にもう一つ山場がある。


「正解でーす。ですが、王都の前に常夜森(とこよのもり)上空を通過します。そうです、あの危険と噂の常夜森(とこよのもり)

 天然の木と、木の魔物であるトレントが混生する森、常夜森。飛んでいるからと油断してはいけません。奴らの長ーい蔦と堅ーい木の実は十分脅威でーす。そんな訳で少ーし揺れますよー」


 十分な高度を取ればトレントなんて脅威でもなんでもないのだが、竜の谷からほんの少しずつ高度を下げ、今は森の1メートル程上を飛んでいる。


「さー速度を上げますよー、座席わきのグリップをしっかり掴んでくださいねー」


 客車は猛スピードで進み始めた。その上何かを避けるように右へ左へと蛇行運転。ときおり足下から感じる衝撃に、トレントから攻撃を受けていると気づかされる。あまり強い衝撃ではないが、それでも慣れていなければ恐怖である事に変わりはない。スリリングだ。


「皆さま、よーやく常夜森上空を抜けました。後は安全ですので、ゆったり王都に帰りましょー」


 夕陽に背を向けて王都へ帰還。

 最後にゆっくり王都周辺を一周し、地平線に向かう夕陽を見ながら地上へ降りる。

 これにてツアー終了だ。


「皆さまお疲れさまでしたー。今日はいかがでしたでしょうか? お楽しみいただけましたでしょうか? ぜひ、またのご利用をお待ちしておりまーす。

 それではお忘れものの無いように、本日はありがとうございましたー」


 ツアー客が全て降りた後、イドラ達は客車を車庫に戻しに行く。

 GOGO観光社、今日の営業は終了だ。




 だが最後に、客車の点検と言う一番大事な仕事が残っている。


「こっちは異常無ーし」

「僕の方も大丈夫」

「私のとこもOKよ」

「じゃー、今日も一日お疲れさんでした。かいさーん」


 いつもなら、バイツと共に仲睦まじく家へ帰るイアンだが、今日は違う。イアンがイドラを引き止めていた。


「イドラ、やっぱり午後のツアーやめない?」

「? 午前のツアーだけにするって事か?」

「そうじゃ無くて、スリルコースやめない? って話」

「散々話し合って決めただろー? ツアー内容は事前に客に説明もしてるし。何か問題が?」

「今日、トレントの木の実がバイツに当たったんだよね」

「別に平気よ? あれくらい」

「なら何が?」

「これからもそうとは限らないだろ! やめようよ! 常夜森コース!」

「そっか、そうだn・・・・・・・・」


 突然黙りこむイドラ。イアンとバイツは顔を見合わせると、呼びかけたり手を振ったり肩を揺すったりしてイドラの反応を探り出した。


「鬱陶しい! 起きてんよ。ちょっと考え事してただけだろ」


 立ち話の内容ではないとイドラが二人を家へ促す。

 因みにこの家は一階がGOGO観光社の事務所になっており、二階が三人の住居になっている。イドラが事務所の空き部屋に住み着き家賃を節約しようとしたところ、二人が便乗してきた形だ。


 帰宅し、バイツが淹れてくれたお茶を飲みつつ話し合いが始まった。


「じゃ早速だけどさ、結論から言って、俺はイアンに賛成」

「バイツはどお?」

「私も賛成。やっぱり将来の事考えると、ね?」

「家族計画ってやつかー。聞いてみたいもんですなあ!『子供は何人?』って」


「「イドラ!」」


 独身者のやっかみ。


「じゃあこれで決まりだね! 常夜森コースは変更! それにしても驚いたよ、イドラは反対だと思ってたから」

「まぁ、俺は賛成って言うよりイアン、つーか二人? に任せるって感じだからな」

「 ・・・・・・・・ なんか嫌な予感がする。イドラ、あんた何考えてる?」


 付き合いが長いせいか、バイツはイアンとイドラに関して勘が鋭い。


「相変わらず鋭いな。俺、GOGO観光社辞める」


「「はあっ!?」」


「ドライアドの国で愛人屋になる!」


「「はあっ!?」」


「お前ら言ってただろ? 俺には恋人や結婚の才能がないって。だからな、健全なデートの相手を提供する愛人屋を開く! そんな訳で、後任の御者を見つけたら、俺ここ辞めるから」


「イドラ考え直して? そんなの駄目だよ。夢追うどころの話しじゃないよ。頭悪すぎる」

「じゃあどうしろってんだよ? このままお前ら夫婦がイチャつくのを見てろって? 独身のまま? ふざけろよ」


 イドラの一日は、隣の部屋に住む夫婦に起こされ、朝食を共にし、朝から晩まで一緒に働き、夕食を共にし、日によっては寝るまでおしゃべりに興じたりする。自室には寝るために帰るようなものだ。

 寝ている間だけ、彼らから離れられる。



「とにかく、もう決めたんだ! 俺はお前らから離れる!

 何時までもフラれた相手と一緒に居られるか!」

「イドラ・・・・」

「もしかして、まだ私の事、」

「自惚れんなよ、バイツ。お前の事はもうなんとも思ってねえ。

 ただなぁ、時々悲しくなんだよ。

 四六時中お前ら夫婦と一緒に居て、離れられるのは寝てる間だけ。その時間も、薄い壁のせいで仲睦まじい声が聞こえてきやがる」


 気不味げに顔をそむける二人。


「ずっと見せつけられてる様な、自慢されてる様に思えてさ。そんな風に考えちまう自分がすげぇ惨めに思えてくんだよ。

 分かったら、俺をもう解放してくれ」


 普段のイドラからは考えられない、疲れきった、力ない懇願であった。


「解放だなんて。そんな言い方、」

「分かったよイドラ。僕ら引っ越すからさ、それで一緒に働けるでしょ? 辞めるとか解放とか言うなよ。

 そもそもGOGO観光社だってイドラの発案だろ?」


 イドラは元々、二人の、特にイアンの押しの強さに疲れを感じていた。それが今日の昼、例の『愛人の才能』発言で限界を越えてしまった。


「そうだな。義父(おやじ)の紹介で、宿屋の厨房見習いに仕事が決まったとこに押しかけて来たよな。無理矢理『三人で新しい仕事を作ろう』ってさ。

 その後もさ、社名も仕事の内容も、全部俺が考えたよな。ならさ、俺の我儘で潰しちゃってもいいよな?」


 二人は衝撃を受けた。事はイドラの退職の話であった筈だ。


「そんな!?」

「・・・・・・・・ でも、イドラにはその権利があるわよ」

「バイツ!? ダメだよイドラ! GOGO観光社はこれからもっと有名になっていく! 今潰しちゃダメだ!!」

「そうだな。お前らの仕事も無くなっちまうしな」

「そう言うことじゃ「だからな、俺が辞めんだよ。それなら八方まるくおさまるだろ」

「全然だよ!!」


「俺はさ、もうキツいんだ。お前ら二人と居るの。

 参っちまってる奴に『我慢しろ』って言えるかよ?

 そりゃあ、なんかの特訓してる時とかなら言うかもな。でもどっちかっつうと『頑張れ』だろ。

 お前ら俺に、頑張って一緒に居て欲しいか?」


 イアンはうつむき、バイツは悲しげに顔を歪めている。

 『一緒に居たい』と、頑張って二人の後を追うのであれば美談であろう。だがイドラの場合はそうではない。


「別に絶交って訳じゃねえんだ。落ち着いたら住所くらい報せるからさ、たまに遊びに来いよ」


 ぱあっとイアンの顔が希望に輝く。それを見たイドラが即座に釘を刺す。


「たまにってのは年一とかだかんな! 週末の度に来るんじゃねえぞ! それやったらマジで絶交だかんな! 失踪するかんな!」

「そんなぁ」


 イアンの顔が再び嘆きに変わる。どうやらイアンにとってたまにとは、毎週と同義らしい。


「大丈夫。イアンはちゃんと私が止めるから」

「マジで頼むわ」


 二人が頷き合う。

 バイツは既にイドラの転職を受け入れていた。


「ねえ、なんで二人は通じ合ってる感じなの? もしかして僕の妻と不倫する気? ねえイドラ」

「違えわ!! お前が考えなしだから俺ら保護者役の引継ぎがあんだろうが! つってもバイツのアホがずっとサボってたせいだけどな!」

「ごめん。これからはちゃんとするから」

「マジで頼むわ」


「ねえ、今僕の妻の事、アホって言った?」


 こいつは本当に状況が分かっているのだろうか? イドラとバイツ、二人は頭を押さえタメ息をつく。


「ねえ、今僕の妻の事、アホって言った?」

「「イアンのバカ!!」」


 イドラは二週間後、新人御者のツアーに乗り、ドライアドの国で降りていった。イドラの愛人屋がうまくいく保証は無い。だが、商人である義父(ちち)の元で育ったイドラだ。その如才ない立ち回りでうまくやっていくだろう。


 三人の交友はきっとこれからも続いていく。やっと適切な距離を見つけたのだ。その友情が絶える事は無いだろう。

 



 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 流行りのざまぁ系に対する、私なりの反抗として書いてみました。恋愛要素を期待した方、すみません。私が書くには難しいジャンルでした。読むのは好きなのですが。


 最後までお読みいただきありがとうございました。


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