第14話 集合時刻の理想は10分前
五月の大型連休と言えば、間違いなくゴールデンウィークだと伝わる。
ただ人によっては「何がゴールデンや俺の人生は黄土色だ」とか「みんながみんな休みなわけじゃないぞ」と抗議してくる人も居るらしいので、ニュースなどでは『ゴールデンウイーク』という言葉が放送禁止用語でもあるらしい。
誰かが休んでいる時でも、誰かが働いているんだなと自覚するべきお話として僕は受け取っている、一応。
けれどそんな野暮ったいことは学生らにとって全然関係のない、どこか遠い場所でのお話。
僕らは高校生だ。この連休はしっかり遊び、楽しく満喫する。それが正しい学生の在り方だと割り切って。
焦りと緊張を落ち着かせるため、他愛のない理屈を並べては頭の中で整理して、考えてはまた整頓を繰り返しながら僕は自分の住んでいるマンション一階のロビーにあるソファーに座り、今日一緒に遊ぶ相手を待っていた。
連休初日、現在時刻は午前十時四十五分。
集合時間は十一時と二人で決めたのだけど、十五分前に僕はもうここに居た。なんならさらに五分前ぐらいにはもうここで待っていた。絶対遅刻できないと心に決めて、決め過ぎてちょっと早く家を出てしまったわけだ。
幸い、僕と白刃さんで集まろうとなればここが集合場所の第一候補になるわけで、よっぽどの寝坊でもかまさない限り遅れることはない。
それでも、念には念を入れておきたいのが性というか。
最初の印象って大事じゃん?
「遅刻魔なんですね」とか思われたら恥ずかしくて泣きそうになるし……。いや、本当は楽しみで準備が一時間前にはもう終わってしまって、暇を持て余していたからとかいう身も蓋もない理由が一番大きいんだけどさ……。
誰かに言う訳でもなく、自分に言い聞かせるよう黙々と思考を巡らせる。
携帯などをさわることもせず、ただただ座り呆けて待ち時間を潰していると目の先にあるエレベーターの扉が開く。
ホテルやスーパーにある到着時に「チーン」と鈴みたいな音が鳴るような作りでも無い庶民的なマンションのエレベーターから、彼女は出てきた。
白いシャツの上に灰色のニットベストで、下は明るめな青色のジーンズ。小さめのショルダーバッグを斜め掛けしている姿は、動きやすそうながらお洒落な私服姿だった。
さらに黒くて長い髪も普段はおろしているけれど、今日は頭の後ろで纏めている。あれって髪を編み込んでそれを束ねるやつで結構手間のかかる髪型だったはず、たしかシニヨン……だったかな……。
今まで彼女の制服姿しか知らなかった事を思い出しながら少し見惚れる。
めっちゃ、美人……!
元々はっきりとした顔つきのクール系美人だけれど、それを活かすような私服のセンスがすごかった。すごい。それしか言えない。語彙力溶ける。
「あらら、お待たせしてしまいましたね」
「いや、白刃さんこそ早くない!? まだ十五分前だよ!」
「遅刻するよりかは早い方が良いかなと考えたら、自然とこの時間になってしまいましたね」
「ま、まぁそれは僕も同じ気持ちだけど……」
「じゃあ私とあきと君は一緒ですね」
小さく笑いかけてきた彼女を直視できず、目を逸らしながら相槌をうつ。
「そ、そうですねぇ……」
「一緒に居れる時間が十五分長くなったとも考えれば、幸先の良さを感じますね」
「そ……」
言いかけて我を取り戻し、彼女へ向き直り目を見てすぐさま理解した。理解できてしまった。
「からかってるねぇ!? 楽しんでるねぇ!?」
「あきと君はよく分かりますよね。ここまで私のジョークをジョークだと見抜いてくれた人、実はあまり居ないのですよ?」
「目を見たら分かるよ! だって白刃さんが笑ってる時って大抵そういう時だし!?」
お互いに見つめ合う。白刃さんは何かを見定めるように僕の瞳を覗いている。そして称賛するように言う。
「目で……見てるのですね。一本取られましたよあきと君、私は貴方相手では目隠しでもしないと勘付かれてしまうという事ですね」
「白刃さん! 目隠し前提でお話を進めちゃだめだよ、危ないよ!」
「私の目となってくれますか?」
「美銀ちゃん! この話は終わり! 散歩行くよ! 目標はマッピングと喫茶店を見つけ出すこと、良いね!」
「ふふふ。ええ、のんびり行きましょう」
いつもの微笑みよりも分かりやすい笑顔を浮かべていた。
特別面白いことを言ったつもりはなかったのに、僕の言葉を聞いて妙に嬉しそうに笑っている彼女の姿は普段とギャップがあってとても可愛らしかったのに、僕はそれに見惚れることはせずさっさと目線を逸らした。今彼女を見続けていたら、心臓が持たないと確信していたから。
また男子高校生一人がロビーでわちゃわちゃうるさくしていたと、このマンションで噂話をされると思いながら、存在していた痕跡を少しでも減らそうとその場を離れるように二人で散歩に出発したのだった。