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クールな白刃さんはデレで殺す  作者: アオカラ
第一章 二人の数奇な出会い
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第11話 料理対決 後半戦


 フェアプレーではないと言い訳をしたのは僕だったわけだけど。

 そもそも火花を散らすような対決をしているつもりはなかった。

 白刃さんが僕の作るオムライスを食べたいと言ってくれて、そしてそのお返しに彼女も手料理を振る舞ってくれるという小さな約束がきっかけであり、始まりだった。


 正直言えば、ふわふわオムライスは出来立てでないと意味がないため、作れる場を用意するためにどちらかの家に行く必要があると頭の片隅で思い込んでいたから、最初この交渉を持ち出された時僕は思った、無茶な話であると。男としての器が小さいというか、気が小さいというか。

 だから白刃さんが

「あきと君は家庭科部でしたよね? もしかしたらそこを使っても良いかもしれません。実は顔のきく知人がいる気がするのです」と曖昧な返事で答えを濁していた僕に提案してきた時には驚いた。

 実際来たら、葵先輩と知り合いだったわけだし。


 勘が良いし、読みも強いし、意志も固い。

 どんな手を使ってでも自分の望みを掴み取る。その時点で最良の選択肢をすらっと持ち出してくる。

 同い年だからこそ末恐ろしくもある、彼女が。

 畏怖すら覚えながらも、僕はやっぱり彼女に惹かれている。底の見えなさに、どこまでが彼女の意思でどこからがただの理屈なのかを見てみたいなんて好奇心が勝る。これは多分「深淵を覗く」と例えられる、底なし沼に足を踏み入れる行いだろうけど。


 それでも。

 他人があんなに喜んでキラキラしている()を間近に見たのは、僕の人生で初めてだったから。それが僕の作った料理で生み出した物であったから、尚更嬉しかった。

 普段表情が動かず、感情も見え辛い白刃さんが喜んでいる姿をまたいつか見てみたいと心の中で密かに思うほどに。


 だから僕にとって今日は料理対決ではなくても()()ではあった。

 彼女を喜ばせることができるか、そういう意味での勝負。

 そして、それには前半戦で勝利した。

 しかし、先行だけで勝利が決まってしまうならそれは勝負ではなく、殺し合いをするような戦争や戦場だ。これはあくまでフェアプレー、今からは後攻の白刃さんの番だった。


 *


「ごちそうさまでした」


 白刃さんは手を合わせ、オムライスの乗っていたお皿に深々とお辞儀をする。食事に対してここまで真摯な姿勢でいるのは珍しいんじゃないかと思うぐらい、仰々しく丁寧な行儀だ。

けどそれは作った側にとっては嬉しいことだ。食べてくれた人にそこまで感謝してもらえるなら、冥利に尽きる。

 片付けるために空になった彼女の目の前にあるお皿を取る。

 綺麗な食べ方でご飯粒一つ残っていない、偉いなあ。


「あきと君、お片づけは私が」

「いやいや、僕はもう暇になるし片付けぐらいするよ」

「……ありがとうございます。私はその分、あなたへ作る料理に力を入れます」


 そういって彼女は和の空間を漂わせる机へ戻っていく。

 チラッと見るだけでも、本当に空気の違いを感じるエリアだった。ここまで日本風な空気を漂わせているのは他だと茶道部の部室ぐらいじゃないだろうか。


 オムライスを作っていた机に戻り、洗い物をしているとカズが話しかけてくる。


「なぁなぁあきと、白刃のあれってさ……天ぷらだよな……?」

「そうだろうね、材料的にも揚げ物をしようとしてるところを見ても」

「見学しても良いのかな……!」

「それは全然良いし、というか僕らがこの部屋を借りてるだけだからさ」


 ギャラリーの興味は白刃さんの作る料理へと向かっていて、自然と彼女の周りに部員は集まっていた。


ただ白刃さんの冷たい迫力というか、ちょっと接しづらい雰囲気に圧されて話しかけるわけでもなくただ見ている子が多いみたいだ。


「天ぷら……ふわふわオムライスと同じで出来立てでなければ、いやむしろ出来立てだから美味しい料理を選ぶチョイス……美銀ちゃんは良いセンスしてるわ」


 いつの間にか近くにいた葵先輩が感心して独り言をこぼしていた。


「部長もセンスは持ってますよ。ね、カズ」

「そうっすね、良い趣味してると思ってますよ!」

「分からない、私は入部したての後輩ちゃんになんで皮肉を言われている気にさせられるのかが……」

「良い性格をしてるからですよ」

「ホントっすよ、お姉ちゃんって感じです!」

「学校に居る時まで弟の相手させられている気分になるからやめて……」


 先輩は腕を組んで唸っていた。弟想いではあるのだろうけど、どこでもお姉ちゃん役を求められるのはキツイみたいだ。

 しかし彼女は困ったような声色からスッと切り替えて部長らしい、先輩としての威厳を感じる声で言ってきた。


「ただ、下校時刻は6時半で今が5時40分ぐらいだから、時間もある程度見ておくようにね?」

「あ、本当だ。一時間も無いんだ」


 片付けも含めたら帰りは遅くなるかもしれない。今できる片付けは全部やっておいて、白刃さんの後片付けを手伝えるように準備しておこう。自然と皿洗いのペースも上がる。

 それを見ていた部長は、今度は優しく声を掛けてくれる。


「ま、『片付けで時間が伸びましたー』なんて言い訳はいくらでもできるからさ。最後の戸締りは私がするわけだしちょっとぐらい時間伸びても良いよ。カズ君とか他の子は帰らせるけど」

「ええー、あきと今日は一緒に帰れないのか?」


 カズはいじけるように言ってくる。


「ご、ごめん……」


 僕らのやりとりを聞いていた部長はため息をついていた。


「女子が今、美銀ちゃんの方に集まってて良かったと思わされるよ……」


 僕とカズは今、ゲーム内であれば頭にはてなマークが浮かんでいる状態だろう。部長の言葉の意味が良く分からず、スルーしてしまうのだった。


 *


「ではあきと君、よろしくお願い致します」

「あっ……こ、こちらこそ!」


 彼女と対面の椅子に座り、立った状態で深く礼をする彼女に釣られて気が引き締まる。


「見て分かるかもしれませんが、私は天ぷらで勝負いたします」

「しょ、勝負って……。そんな大袈裟な……」

「いいえ、私と同じぐらいあきと君にも喜んでいただくために、全力を出します。時にあきと君、苦手な食べ物はありますか?」

「えっと、特に無いかな。白刃さんの料理は美味しいし」


 お弁当しか食べたことはないけど、あっちで美味しいなら料理の腕に間違いはないと思う。

 僕の言葉を聞いた彼女は少しの間、目を瞑っていた。

 と思ったら、目を開けて何もなかったかのように手を動かし始めた。

 一瞬のラグのような間、なんだったんだろう。


「ではまず、海老からいきます」


 黄金色の海へ、衣をまとった天ぷらの定番ともいえる海の幸を優しく入れる。

 じゅわじゅわ、ぱちぱちと。

 跳ね回る音と油は小さな泡で海老を包み、衣は少しづつ煌びやかな形と色に染め上げられていく。

 火が通り、海老の色が鮮やかな赤に変わりながら、その主張はほんの少し見える尻尾だけでとどまり、彩りの本命は黄金の衣に譲ったようだった。

 しかしそれだけでは終わらず、白刃さんは箸の先で衣の生地をほんの少し取り、それを揚げおわる頃の海老に付けて、花を咲かせた。


 正直、唸った。同じ()で勝負されたから。

 技量云々の話ではなく、同じような土俵を持ってきたことが。

 どちらかが優れているかではなく、どちらにもある華で勝負を挑もうとする心意気。

 彼女が作る料理に天ぷらを選んだのは偶然ではないと思う。

 オムライスであることは知っていたわけだし、きっとそれも踏まえて選び、意図して臨んだ。


「どうぞ、最初はお塩をお使いください」


 皿に置かれた海老の天ぷらを、僕は食べることを忘れて見惚れてしまう。絵画を見るように。陶芸品を見るように。生け花を見るように。

 芸術作品をじっくり味わうような、そんな表現が適切であった。咲いた衣の花が美しく、その雅さに食べるのを躊躇してしまう。


「ふふ、喜んでもらえているようで何よりです」


 白刃さんの笑った声が聞こえた。けれども僕はまた、笑顔を見逃してしまう。今回はこの天ぷらに見惚れていたせいで。


「冷めないうちにどうぞ」


 多分、水の声をかけてくれなければずっと見惚れたままだった。それぐらい熱中していた。

 けど、喜んでいるのが分かるぐらい僕は顔が緩んでいたのかな。気にはなったけど、今は料理を楽しもう。これはちゃんと()()()味わえる物だから。


「ありがとう、頂きます!」


 パンと軽く音が鳴るぐらいの力で手を合わせる。彼女に比べれば落ち着きは無かったけど、それだけテンションが上がっていた。


 塩をそっと付けて、口に運ぶ。

 さくっと衣の楽し気な音が口と辺りに広がった。揚げたての熱が冷めきらないうちに口に入ると、なんでこんなに美味しいのか。口の中の温度に近いと味覚が仕事をする。ちょっと見惚れて放置していたおかげか海老の温度は丁度良かった。

 海老の持つ瑞々しい食感と、衣の持つ小気味の良い食感は喧嘩をしない。それは海老が自身の主張を控えめにし、衣がなんの憂いもなく自分をアピールしながら、中の具材を守っているからだろう。

 天ぷらだけでなく揚げ物はどれもそういった世界で、メインは中の具でありながらそれを守る衣の役割も大きい。


 これは、本当に美味しい。

 それはギャラリーの部員も思っていたようで、唾を飲んでいたり期待の眼差しを白刃さんに向けている子もいた。

 それに気付いていた白刃さんは、天ぷらを揚げながら申し訳なさそうに声を発した。


「すいません、一人分しか材料の用意が無いのです」


 そう言うと周りは「えー」と落胆の声を上げていた。当然だ。こんな美味しそうで、いや本当に美味しい料理を見せつけられながら食べられないなんて、生殺しどころかいっそ殺して欲しいレベルだと思う。

 食べていた僕まで少し申し訳なくなりながら、突然部長が周りに聞こえる程度の音量で独り言を言う。


「うち、今日はカツでも揚げることにするわ」


 晩御飯メニュー決定の宣言を皮切りに、みんなは追うように声を上げた。


「うちもそうしよ」

「あたしも」「私もなんか買って帰ろ」「俺も母さんにお願いしよう!」


 今日はきっと、サラダ油と小麦粉の消費量がこのエリアで一番多い日になるだろう。ついでに卵も。スーパーやドラッグストアは油の売れ行きの良さに驚くかもしれない。お惣菜コーナーも揚げ物がいち早く売り切れて半額シールを貼る相手が減るかも、それはそれで地域と社会貢献って感じだ。


 周りが楽しそうに騒いでいる中、油のはじける音と共に白刃さんは静かに料理を続けていた。そして一つずつ、出来上がった物を僕のお皿に乗せていってくれる。かぼちゃやナスなど野菜系の後には鶏の天ぷらも揚げてくれた。天つゆやわさびも付けて味の変化を楽しみ、結局用意してくれたすべてを一人で食べきってしまった。おこぼれを全く残すことができないぐらい、美味しかった。


「ご馳走様でした!」


 手を合わせ、作ってくれた人へ感謝を伝えた時間は六時二十分だった。


「お粗末様でした」


 そう言いながら彼女はボウルやまな板などの調理器具を洗って片づけをしていた。油の処理だけは時間がかかるため、今日は凝固剤を入れて明日の朝に鍋を洗いに来ると葵先輩には先に言っておいたらしい、準備が良い。


 食べて使っていた食器たちを僕は洗い場に持って行き、スポンジを持つ。


「あきと君」


 振る舞う側にそんなことさせるわけにはいかないと、止めるように話しかけてくるが、そういう訳にはいかない。


「白刃さん、これぐらいさせてよ。二人で片付けたら早く終わるしさ」

「ありがとうございます。助かります」


 頭を下げてお礼を言う前、目元が見えなくなる直前。僕は前髪の間からちらっと覗く彼女の目が少し笑っているように見えた。


 *


「一緒に帰りませんか?」


 四月二十四日、現在六時四十一分。

 片付けは順調に終わったが、さすがに食べ終わったのもギリギリな時間だったために他の部員は先に帰り、カズも今日は家のご飯が待ち切れずにさっさと帰っていった。

「先帰ってていいよー」と部長は報告と鍵返却を兼ねて職員室へ向かった。

 つまり同じタイミングで部室を出た僕と白刃さんは、下駄箱までは一緒でそのあとはそれぞれ別の経路で帰るだろうなと思っていたのだけど。

 とんでもない提案をされたのは、革靴に履き替えたタイミングであった。

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