夢の魔法図書館
「隣町に図書館ができた。」その言葉がふと耳に入り、突っ伏していた顔をむくりと上げると前の席を囲むようにして、なにやら話をしているのが見える。いつの間に寝てしまっていたのか、もうすっかり休み時間になっていた。
「その図書館はね、他にはないようなすっごく面白い本があって、とても人気なんだよ。」
そう話しているのは前の席の男の子だ。あの子の話を周りにいた男子や女子やらが真剣そうな顔をして身を乗り出して聞いていた。
「でも、大人には絶対に図書館のことは秘密だからね。」
「なんで?」と誰かが聞いた。
「それはね…」
というところで、チャイムがなってしまい、不満を言いながらもみんな席へと戻っていった。
あの子が最後に何をいおうとしていたのか気になったが、話しかける勇気もなく、自分とは関係ないと思うことにした。
帰りの時間になると、教室ではあの子が言っていた図書館に行こうという話しが出ていた。
あの子と僕は席が近いもののほとんど話したこともない。そのため誘われることもないだろうと思っていた。
しかし、あの子は僕の予想に反して「ねぇ、健くんもいく?」と振り向いて言った。
僕は少し黙って首を横に振る。
僕には習い事が3つあった。そのために空いている日がほとんどなく、いつの間にか友達からも遊びに誘われることが少なくなっていた。よほどの理由がない限り休むことは許されないのである。
あの子は少し憂いを帯びた目をして「残念だ」とつぶやいた。
次の日、図書館に行った子たちが教室に入るなり「図書館最高!」と叫んだ。驚いてみると、その目は輝きに満ちているように感じる。
図書館が楽しいところだというのはいまいちピンとこなかったけれど、あの図書館はほかの図書館とは違うのかもしれない。今度は関心のなさそうだった子たちも一緒になって楽しそうに話している。その様子を見ていると、まるで自分1人だけがぽつりと取り残されてしまったような不安にかられた。今日は僕も図書館に行く、そう心に決めた。
図書館はうんと大きくて立派な建物であった。中はとても広く、真新しい内装はつやつやしていて綺麗で見ていてとても気持ちがいい。図書館はまるで魔法でもかかったかのように、キラキラして見えた。
不思議なことに図書館には大人はだれもいなかった。いったいどういうしくみになっているのだろう。
大人がいないのであれば自由気ままなもので、みんなでわいわい騒ぐこともできた。本は絵本や小説だけでなく漫画の最新巻までずらりと揃っている。それだけではない。奥に入ると、親切なことにテーブルにはお菓子やジュースまで用意されていたのだ。また、ゲームもしたいと思っていたら、ゲームの用意までされてあった。こんなに遊んだのはいつぶりだろうか。こんなに楽しいのはいつぶりだろうか。
僕は自分がこんなにも遊びたかったのだと実感せずにはいられなかった。
ここでの時間は僕にとっての希望であった。
僕もみんなもあの図書館に夢中になった。
ここは僕らにとって楽園だ。もし、親に話してしまったら、この幸せは失われてしまうのだろう。だから絶対に言わないと固く誓った。
しかし、その誓いはあっけなく崩れ落ちた。あんまり楽しくて帰りが遅くなり、母さんに問い詰められたとき、つい図書館のことを話してしまったのだ。
するとどういうわけか、「そんなところに図書館なんてない」というのだ。
そんなはずはない。だって実際に何回もいっているじゃないか。母さんは間違っている。そう思い、父さんやほかの人にも尋ねたが、みんな同じ答えであった。
確かにそこにあるはずなのに、なぜ大人は誰も知らないんだ。そう思ったとき、
「大人には内緒」だというあの子の言葉を思い出した。そうだ、なんで大人には内緒なのだろう。
僕は気になってもう一度、確かめに図書館へと走った。もう日は落ち始めていたが構わなかった。
その途中、図書館のことやあの子のことが頭を駆け巡った。図書館が楽しいところだということやあの子の言葉はハッキリと思い出すことができた。だが、不思議なことにあの子の顔と名前だけが全くというほど思い出すことが出来なかった。
そうこうしているうちに図書館があったあの場所についた。
しかし、図書館があったであろうそこには図書館の姿がなく、その代わりにポツリと建つ廃墟があるだけだった。
「そんな…」
僕はなんだか恐ろしいものを見たような気持ちでその場に立ち尽くした。「怖い。」その気持ちが全身の隅々にまでびりびりと伝わってくる。それでもあの図書館とは関係ない、そう思いたい一身で恐る恐る中に入った。
きれいだったあの図書館とは打って変わってずいぶんボロボロだ。壁や床には、不気味な模様のようなものが書かれていてとても気持ちが悪い。薄暗い部屋の中をゆっくりと歩いていると、ずっしりとした何かが足にぶつかった。よく見るとそれは僕のクラスメイトであった。今度は眼を凝らして見渡すと、知っている顔がみな横たわっていた。幸せな夢でも見ているのかその顔は不気味なくらい穏やかであった。
その中心にはあの子だけが唯一立っていた。そうだあの子は…。そう思ったとき、僕の体はもう動くことができなくなっていた。
「約束…守れなかったんだね。」
「残念だ」
その言葉とともに、僕はまた夢へと落ちていった。