8話 長男「友の会」
「レムたん、良いこと教えてあげようか?」
私に声を掛けて来たのは、未来の義兄であるアンシェル・デルフィーンである。
3歳年上の幼馴染みである。
子供の頃は何故かドレスを着ていたことから「令嬢」のイメージを強く、私の婚約者候補なのだと思っていたこともある。
「『レムたん』、呼ぶな……」
今日はコライユが、デルフィーン公爵家の養女になったお披露目会。
───という名の幼馴染み懇親会が目的である。
今現在私の周りには幼馴染みでもある友人たちしかいないため、アンシェルは私を気安く呼んでいる。子供の頃の呼び方である。
父上───国王陛下のテーブルにはこの家の主であるデルフィーン公爵、宰相のオリヴィエ公爵。そして、クリゾンテーム公爵にアバローン公爵が揃っていた。
母上の周りには、各公爵の夫人とコライユ。そして、コライユの膝の上にはミシェル・アバローン。
いくら1歳児でも、私のコライユの膝の上を独占するのは気に入らない。
ミシェル・アバローン、今だけだぞ!
「───それで、良いことって?」
私の視線は先程から、ミシェルをあやしているコライユに釘付けである。
ミシェルがコライユの膝の上にいるのは気に入らないが、子供をあやしているコライユもまた格別に可愛いのだ。
「コユったら、初めてミッたん見た時にね。
『レムロード様の赤ちゃんの時って、こんな感じだったのかしら……ふわふわの金髪が天使みたいね』
───って、頬を染めてうっとりしていたよ」
たまには役に立つことも言うじゃないか、幼馴染み殿。
幼い頃から言語学に対して異常なほどの才能を見せていたアンシェル。今は、八国語をマスターしているらしい。
もっともそんなアンシェルすらも、コライユの使う4つの文字は難解らしいのだが───
アンシェルは変わった男だった。武官一族に生まれながら、学者の道を選んだのだから。
それも「文官」としてではなく、一学者としてなのである。
軽い口ぶりだったアンシェルは、突然話題をかえた。思ったよりよりも真剣な話であった。
「コユは、ミッたんの中に将来のレムたんの息子の姿も見ているのかもね?
それは、兎も角……」
アンシェル曰く「王族以外で長く続きすぎる家系はよろしくない」とのことである。
王家が長く続いているのはその国の経済や治安が良く、国民も不満がない証拠だという。
だが、その家臣である上流貴族が長くその役職に就いているということは、いずれ怠惰を産み出しかねない。というのがアンシェルの持論だった。
「長年同じ役職に就き、力を蓄えた一族の叛乱も珍しいことではないでしょう?」
確かに海を隔てた大陸での内乱は、歴史を学べばいくつも出てくる話であった。
「この国が建国以来、一度も叛乱も内乱もないのは何故だと思います?」
答えは簡単であるが、述べる順番に迷いが生じた。
「王家のカリスマ性」
声を上げたのは宰相の嫡男、我が従兄弟ティグルであった。彼の父である現宰相は私の母の実兄であり、三歳年上のティグルは私にとって兄のような存在だった。
我が事なので、言い出し難かったことを察して発言してくれたらしい。
ティグルとアンシェルは同い年なのだが、アンシェルは私をからかいたがる癖があるので兄のように慕ったことなど一度もなかった。
「うん。このラメール王国は建国の際、海の王の末娘を王妃に迎えて長い間海からの恩恵を受けてきた。昨年は赤潮の影響や天候不順で不漁が多かったけれどね」
それはおそらく、人魚の姫であったコライユに辛い思いをさせたせいなのかも知れない。
機会があれば海の王にもきちんと挨拶はしておきたいものだ。
「そして、五大公爵家の絶妙なパワーバランスか?」
現在、この国には五大公爵家という超上級貴族が存在する。
しかし、どの公爵家も他から飛び抜けて台頭することなく示し合わせたかのようにバ
ランス良く成り立っているのである。
「───談合しているのか?」
「談合とは人聞きの悪い……」
アンシェルは口の端だけで笑っていた。
「何故、今この話を持ち出した?」
なにしろ、今日はコライユのお披露目会なのだ。今ここでこの話をアンシェルが持ち出したのには事情があるはずたった。
「『今』だからこそです。
来年には殿下は、コライユを娶って王太子としての地位をさらに確立されます。現王が退位の意向も示されてので、殿下にお話できる機会は限られているのです」
「まさかとは思うが───コライユのお披露目会というのは?」
「我が妹には申し訳ないのですが、このメンバーで集まるための口実です。
───それにしても今日のコユの可愛らしい様子。殿下はご覧になりましたか?」
見ているに決まっているではないか。
確かに今日のコライユは美しかった。
デルフィーン家に預けて以来、コライユの美しさは日に日に輝きを増しているかのようだった。
「我が妹は本当に可愛い!何故、私の腹から生まれてくれなかったのかと思うほど可愛いのです」
時々、アンシェルは気持ちの悪いことを言う。
「アンシェルが産んだら、妹ではないではないか?」
「───殿下。アンシェル殿の戯言に付き合う必要はありません」
私たちの会話に冷静な言葉を発したのは、文部科学文化大臣の嫡子のライナス・クリゾンテームだった。
ライナスはまだ乳飲み子であるミシェルを除けば我らの中では一番歳若いが、冷静に状況判断できる少年貴族。次期クリゾンテーム公爵家の嫡男であった。
ライナスはコライユと同年の16歳。しかし、クリゾンテームの嫡子として相応しい冷静な分析と判断能力を兼ね備えていた。
「ライナスに叱られたので、話を戻します」
アンシェルは真顔になっていた。
「現在の五大公爵家で機能しているのは、宰相のオリヴィエ家。海軍元帥の我が一族のデルフィーン家。文部科学文化大臣のクリゾンテーム家。海軍提督のアバローン家です」
確かにその通りである。
「近い将来、デルフィーン元帥はその地位をアバローン提督に譲ります」
デルフィーン公爵の嫡男であるアンシェルが、家督を継いでも役職を継がないのでその流れになるはずだ。
「私は、現在表舞台に立っていないダンドゥリオン公爵家のアルメリア嬢に求婚中です」
初耳だ。
「今から数年後にはデルフィーン家は表舞台から姿を消します。その替わりにダンドゥリオン家には私の次男が養子に入り、表舞台に出てくるはずです」
───ん?
何故そこまで自信を持っていられるのだろう?
「求婚中」と言っていたので、アンシェルはまだ婚約さえしいない。というのに、何故か未来に生まれてくる自身の次男の存在さえ予見しているかのようだ。
アンシェルは言葉を続けた。
「長い歴史の中で表舞台に立つのは必ず四公爵家なのですが、五大公爵家は絶えず存在し続けているのです。その交代はゆっくりと静かに行なわれているので、我々以外の家系のものはそれに気かつきません。
ただ国民の誰もが、この国は一王家五公爵家で成り立っていると認識しているのです」
その順番も周期も様々で、特に干渉をしているわけでもないのに入れ替わりは行なわれるのだという。
「今回は少し、殿下の御身に予想外のことが起きましたが───
建国以来二度目の海界からの姫の興し入れ。これ以上の僥倖はございません」
ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「アンシェルは、コライユが人魚だったから気に入っているのか?」
今ではコライユが人魚であったことは、この会に出席している者で知らない人間はいなかった。
この場にいない五大公爵家のダンドゥリオン家は現在の当主が高齢であるためと、次期当主が不在のため───現当主の息子夫婦が事故で早世、残ったのは10歳の孫娘一人。という状況のため、この場には参加していなかった。
この10歳のアルメリア嬢を将来妻に迎え、自身の次男を次期当主にするというのがアンシェルの計画らしい。
「───アンシェル……まさか幼児……」
「違いますよ!これはリアからの提案ですよ!!」
アンシェル曰く、リア───アルメリア嬢は恐ろしく早熟した頭脳の持ち主らしく、彼女の方からこの話を持ち掛けてきたのだという。
但し、アルメリア嬢の納得のいく求婚をアンシェルが考え出すのが条件らしい。
ダンドゥリオン家を表舞台に出したいアルメリア嬢と、デルフィーン家を一度舞台から下げたいアンシェルと目的が一致したらしくそれなりに上手くいっているようだった。
「アンシェルは、コライユのような娘が好みなのだと思っていたが……」
「ええ……コユは、もう最高の妹です。可愛いので、いくら甘やかしても足りないくらいです。なんであんなにうちの妹は可愛いのでしょうね?」
───知るか!
確かにコライユは可愛いが、私は一人の女性として彼女を愛おしいと思っているぞ。
「───そういうことです。私はコユを可愛いと思っていますが、それはあくまでも妹としてなのです。リアに対する思いとは違います。
因みに現在のリアを女性として愛しているかと問われれば、答は否です。───が、リアの将来は非常に楽しみですよ?」
納得のいくような、いかないようなアンシェルの言葉だった。
「あ、そうだ!
レムたんに『良いこと』を教えなくてはいけなかったんだ!」
───先程の「ふわふわ金髪天使」のことじゃなかったのか?
「実は……アルメリア・ダンドゥリオン公爵令嬢は─────────」
アンシェル……それは普通「良いこと」とは言わないと思うぞ?
私の未来の義兄殿は衝撃の報告をしてきたのである。