9話 人魚姫の秋冬
この年の私と殿下の婚約披露パーティーやその後は、やはり波乱続きだった。
昨年末に王家御用達の家具職人の手によって、私の描いたイラストを元にして車椅子を作ってもらったのだけれど───この社交シーズンでは殆ど活躍の場はなかった。
何故なら、いつもレムロード殿下が私の身体を抱えているから。
デルフィーン家で生活している間はそれなりに使い道があるのだけれど、夜会やお茶会に登場する時はいつも殿下が抱き上げて運んでくださる───の、で・す・がっ!
少し……いや、かなり恥ずかしい……です。
車椅子自体は量産して、病気や怪我をした国民の役に立っているようなので嬉しいです。
この世界にはまだゴムがないので、タイヤはなく木の車輪が付けられているため乗り心地はあまりよくないのですが。
なので、レムロード殿下に運ばれる方が楽なのは黙っていた方が良いですよね?
でもでも……今年は男性のぎっくり腰患者数が激増していると言うのは、何か関係があるのでしょうか?特に若い男性に多いと聞いていますが??
世の中の女性の皆様、注意事項がございます。
まず、常にレムロード殿下に抱き上げられている私の大きさなのですが、実は巷のご令嬢が思っているよりもかなり小さいです。
器具がない為、ちゃんと計測した訳ではないので多少の誤差はあると思いますが。
前世での数値に当てはめると、150㎝の40kgってところでしょうか?
ドレスの重さを足しても50kgを少し超える程度しかないのです。
おそらくは私が、元人魚である事が大きく関係しいるのではないでしょうか。この世界の今の医療では詳しく調べることが不可能のようなので、あくまでも元漫画家の推測にしか過ぎませんが。
私が上手く歩くことができないのも、この身体を支えるための足の骨の発達が不十分なのかもしれません。立ち上がったり、歩いたりなどの身体を支えるための足の筋肉も殆どない状態なのだそうです。筋肉がないので、鍛えようがない───つまりは、将来的にも足はこのままらしいです。
そして、何よりもレムロード殿下です。
華奢に見えていますが、腹筋は見事に六つに割れています。
実際にこの目で確認しているので、実は細マッチョなのは事実です。トラウザースから覗く腹直筋もセクシーです。
絶対に、他の女の人には見せたくはない一品ですけどね。
最近の殿下は背も伸びて、また少し筋肉も付いたみたい。
私の形ばかりの抵抗も、殆ど言葉だけの抵抗のような状態です。
えっと、つまり……殿下のことが好きすぎて、誘惑に勝てない私が悪いんです!
王都にあるデルフィーン公爵家に戻ってからは、頻繁にレムロード殿下の訪問が続いています。───特に夜の。
アンシェル様───お義兄様はダンドゥリオン公爵領に赴かれていることが多いので、レムロード殿下の訪問があることは知っていても、これほど多いとは気付いていないはず。
でもお義母様は、絶対に全部気付いていらっしゃる~~~。
「せっかく準備している婚礼衣装のサイズが変わることだけは許しませんよ?」
はい!私もあのウエディングドレスは気に入っているので、ベストな体型で身に纏いたいと思っていおります!!
お義父様はとてもお優しい方なので、悲しませることはしたくないのです。───が、あのお色気たっぷりのレムロード殿下に口説かれて正気を保っていられる女性などいるのでしょうか?
────────────ダメです!他の女性にはその片鱗すら見せたくありません。
* * * * *
秋の初めに、お義母様と私は早めにデルフィーン公爵領に戻って来ていた。
「このままではコライユの体型が保てない可能性があります!」
そんなお義母様の言葉と共に、私は王都を後にした訳です。
もちろんレムロード殿下は、デルフィーン公爵領にお忍びでいらっしゃるつもりだったらしいのですが───
アンシェル様に出入り禁止にされてしまいました。
その理由というのが、
「アルメリア・ダンドゥリオン公爵令嬢をお招きしたから殿下は出禁だよ」
というものでした。
「うっかり間違えて、殿下がリアの部屋に夜這いに入るのを防止するためだからね」
「間違えるものか、何度コライユの部屋の窓から入ったと思っているんだ」
「───そもそも、それを禁止されているんでしょ?」
普段は大人びているレムロード殿下だけれど、アンシェル様と話している時はまだ17歳なのだと実感してしまう。
私は二人の会話を笑いながら聞いていた。
一年と少し前までの私は絶望の縁で爪先立ちをしていたような状態だったのに、今ではこんなに屈託なく笑っていられるなんて信じられない。
今が幸せ過ぎるのか、時折ルキャナ・ランプロアの最後の悲鳴と歪んだ顔を思い出してしまうこともある。
そんな時何故かレムロード殿下は私の不安定な感情にいち早く気づき、強く抱き締めてくださる。
殿下の力強い腕と広い胸、規則正しい心臓の音は私の心を落ち着かせてくれる。
その鼓動は、割とすぐに早鐘のようになってしまうのも嫌いではないのですが。
「それで、何故アメルリア嬢がデルフィーン公爵領へ?」
そうです、殿下。私もそれを知りたいです。
「年が明けて新しい社交シーズンが始まったら、コユはレムたんの所にお嫁に行っちゃうだろ?」
「ふむ」
レムロード殿下は満足そうに頷かれていた。
「リアは、今まだ11歳なんだよ」
「あら、随分とおさ───お若いのですね?」
お義母様から、お義兄様が求婚されていると伺っていたので、もう少しお姉さんなのかと思っていました。
「幼い」と言いかけてしまいましたが、お義兄様の名誉のために言葉を選び直してみました。
「コユが結婚してしまったら、リアはコユに会う機会をしばらく待たなくてはならない。君が王宮で暮らすことになって、簡単には外には出られないからだ」
「あら?でも殿下はよく王宮の外に出ていらっしゃいますよね?」
「─────────コユを外に出したくないのは、他の誰でもないレムたんだからだよ。この過保護王子が簡単にコユを外に出す訳がない」
そうかもしれません。いえ、たぶんその通りです。
「リアの社交界デビューはまだまだ先だからね。この機会を逃すと、次は何年も先になってしまう。
そうすると、私の求婚を受けてくれるのも先延ばしになってしまうじゃないか」
その事と私に会うのと、何か関係があるのでしょうか。
確かに私が王宮暮らしになってしまうと、貴族であっても身内ではない社交界にもデビューしていない令嬢と会うのは難しいのかもしれない。
でも、それがプロポーズのお返事と何の関係が?
「両家とも公爵位なのだから、問題はないはずだが……」
「うん。うちの父上も、リアの祖父であるダンドゥリオン公爵も認めてくれているんだけどね……。肝心のお姫様が頷いてくれないんだ」
アンシェル様は、この婚姻を政略結婚ではなく恋愛結婚にしたいらしい。
レンアイケッコン??
11歳の少女相手に?
「───だから、今は婚約だけだよ!
とにかく、リアが欲しがっているものを贈って距離を縮めているところなんだ」
我が儘なご令嬢なのかしら?
お義兄様に贈り物を強請るなんて。
「最初は『ホーライノタマノエ』だったかな?最初は何のことだかわからなかったけど、真珠の生る木だっていうから、珊瑚の枝に真珠をつけて渡したら驚いていたよ」
去年までこの国には、真珠の養殖という概念はなかった。そもそも真珠すら存在していなかったのだ。
人魚だった私にはその知識があったので、試しに養殖をしてみた。
結果、小さな粒や形の悪い真珠が出来上がった。
この作業を面白く感じたのか、クリゾンテーム公爵家のライナス様が研究を続けたいと仰っていた。
この時できた真珠を珊瑚の枝につけて贈ったところ、初めて目にする白く光る珠に興味を示されたらしい。
えっ?今「蓬莱の珠の枝」って聞こえましたけど?
「ほ……他には『竜の珠』とか『布』とか『鉢』とか、言われませんでしたか?」
「いや、次は『ぜりぃ』だったな」
「ゼリー?」
完全に寒天の存在を知っているみたいね。
これも昨年の冬に私が、お義兄様に頼んで作ってもらったばかりのものである。
王都の海で採れた天草を、冬場に雨の少ない内陸部にあるデルフィーン公爵領に運んで寒天作りをしたのである。乾燥させた寒天を使ってこの夏に作った果物のゼリーは、お義母様や王妃様に好評のデザートだった。
しかしながらまだ量産するには程遠く、この夏ゼリーを口にしたのはほんの一部の方々だけだったので「ゼリー」という言葉も広まっていないはずだった。
「それで今回の欲しいものが『しょうじょまんがが読みたい』だったから、コユに描いてもらおうかと思ってね」
それって……それって……。
アルメリア様って、殆ど元日本人じゃないですか!!
次回で最終回を予定してます。




