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でも彼には私がいないと、ダメだし

作者: 心条たたら

つねつくし。


そんな名前のせいか、私は彼氏に尽くしてしまう。


高校二年生のときに出来た先輩の彼氏には、頼まれてないのに、交際翌日から毎日お弁当を作って、かいがいしく彼の教室へ届けたものだ。


重い、と言われて二週間で振られたのだが、今となってはいい思い出だ。いや、嘘だ。今でも、重いという単語を聞くと動揺するくらい、めちゃくちゃ悲しかった。


引越しの時に友達と二人で一緒に荷物を持ったとき、これ重いと言われて、思わず手を離してしまった程だ。


その後、大学時代に出来た彼氏には、その反省を踏まえ、自分から過剰に尽くすのはやめた。彼の頼みだけをしっかり聞いて、あまり尽くさしないようにしたのだ。


そうしたら、私が都合良く言うことを聞くうえ、干渉しないものだから、これはチャンスと彼は浮気しやがったのだ。許せない。


尽くしたい願望を抑えてそのざまだったから、私はそれ以降、彼氏には好きなように尽くすと決めたのだった。


喫茶店内の茶色いテーブルを挟んで、目のまえに座る近藤喜久子には、あんたは前向きで明るいバカとよく言われるが、だからといって、今の自分を変える気はなかった。


そうして、社会人一年目。再び私に彼氏ができた。かねとおるという名前で、ちょっと性格に難はあるけど、イケメンである。交際期間はもう三年になる。


「私、彼氏に頼まれて十万円も貸してるんだよ。顔はイケメンだから、あとは性格さえよければ、彼氏に文句はないのに」


私がそう言うと、喜久子は眉尻を下げて、呆れたようにため息をついた。


見れば見るほど美人である。黒いロングの髪は艶やかで、肌は白い。白黒の対比で強調される素肌は、陽を当てれば反対側が透けて見えそうなほどだ。


細いあごの輪郭に、ツンと高い鼻。二重の大きな目が、女性としての魅力を乗算で上げている。


女の私でも、見つめられたらクラクラしそうなほどである。私の栗色のショートボブもなかなかの魅力だと自負しているが、一重のまぶたでは、喜久子の魅力には太刀打ち出来ない。悔しい。


ただ、彼女の交際遍歴は、大学時代に付き合い始め、今なお交際中の男一人だけである。一途といえば聞こえはいいが、そうではない。


女子さえときめかす美貌をもちながら、交際経験が少ないのは、喜久子の性格に難があるからである。彼女は常に冷静で、男からしてみれば可愛げがないのだ。


それくらいの欠点がなければ、私が神に天罰を下していたところだ。


高校、大学と同じ学校に通い、何年も友達をしている私にはわかる。私が甘い砂糖なら、喜久子はしっぱい塩だ。


正反対だ。でも正反対だからこそ、甘いスイカに塩をかけるように、あるいは、しょっぱいチップスにチョコをつけるように、私たちは相性があった。だからこうして、社会人になった後も、忙しい合間を縫って、月に一度は喫茶店で、仕事や彼氏の悩みを語り合うのだ。


主に私が。


喜久子はいつも通り、淡々と答えた。


「そりゃ、誰だってそうでしょ。価値観が合わないとか、金銭感覚がずれてるとか、怒りっぽいとか、別れる理由なんていくらでもあるけれど、付き合って三年も経って、いまさら顔が嫌で別れたなんて聞いたことがないわよ。それに彼氏だからって、十万円も平気で貸してる、あんたが馬鹿なの」


喜久子は冷静に結んだ。けれども、そんなことで黙る私ではない。というか、話したいのが勝っているから気にしない。


その辺の勝手な性格を喜久子はしっかり理解してくれるから、私たちは高校からずっと仲良くしていられるのだ。


「酒を飲む、パチンコを打つ、タバコを吸う、貯金なんて全然ないし、いつも今月厳しいって言って、私との時間もなかなかとらないし」


しかもたまに逢えたかと思えば、デートの出費は、ほとんどが私なのだ。食事代は当然だし、レジャー施設の入場料金なんかも、もっぱら私のお金。出してくれるのはジュース代くらいで、それも自販機限定だ。


喜久子やその他の友人が、彼氏にディズニーやらユニバやらに連れて行ってもらったと耳にすると、なんとも気分が落ち込んでしまう。おごってもらって、一銭も払わなかったと聞いた時には、ショックで風邪で寝込みそうになる。


私のその特性を知っている喜久子は、彼氏とのデートの際に、奢ってもらえるところを、あえて割り勘にしている。そうしないと、私に話した時、いちいち落ち込むから面倒ということらしい。


「ひどい彼氏ね。つくしのためにも、やっぱり別れた方がいいと思う」


交際二ヶ月目から、喜久子は私に向かってこの呪文を唱えている。


だがしかし。彼氏の顔は格好良いし、何より三年も付き合うと、それなりに情がわいてしまう。


私は顔を伏せて、上目遣いで喜久子を見る。


「でも彼には私がいないと、ダメだし」


言いながらちょっと照れくさくなる。


その発想がダメなのよ、と喜久子は再びため息をついた。


「いまさらあんたの性格が治るとは思わないけどね。でも、別れて彼氏をかえたら苦労しないのに」


投げやりに言った喜久子の言葉に、目からウロコの衝撃を受ける。


「それだよッ。私の性格や発想が治らないなら、彼氏を変えるしかないッ」


両手のひらをテーブルに置いて、身を乗り出す。


「えッ。ようやく別れることにするの」


喜久子のわりには珍しく、目を見開いて驚いている。大きなお目々をさらに大きく見せて、私への嫌味かッ。許せない。


「違うッ。変えるのは彼氏の性格ッ。貯金もあって、飲む打つ吸うもしない、彼女思いの、清く正しい彼氏に育てるの」


別れる気がないことを知ってか、喜久子はあまり興味なさそうに、頼んでいたアイスカフェオレを、ストローで混ぜながら問いかけた。


「どうやって」


「それは簡単には教えてあげられないなあ」


にやりと口角を上げる。もったえぶってるけど、本当は何にも浮かんでない。そして、たぶん喜久子はそれを見抜いてる。


「あっそ。じゃあ、今度聞くことにするわ」


なんていう素っ気無さ。本当に喜久子は可愛げがない。


「でたよ決め台詞。近藤喜久子のコンドキクコト発言」


やめてよそれ、と珍しく喜久子のくせに感情的に嫌がる。


でも、いつものことなので気にしないし、喜久子も本気で怒りはしない。だって、私が止めないのわかってて呆れてるから。


わかったわよ、とからかわれるのが嫌で、喜久子はしぶしぶ私の話に乗ってきた。


「じゃあ、あんたの彼氏、オカネダトルくんだっけ。彼をどうやって正しい彼氏にするののよ」


「金田とおるッ」


人の彼氏をいやしいネコババ貧乏人みたいにいうな。いや、貧乏人だけど。


「貯金が貯まらないのは、目標がないからだと思うの。だから、結婚資金のためにお金を貯めようって提案するのはどうかな」


今考えたにしては、なかなかのアイデアだと思う。


「無理だと思うよ。たぶん、結婚をほのめかしたら、逃げるか、はぐらかされるよ」


「どうして」


私と彼の間を知りもしないのに適当なこと言って。喜久子のくせに。何を言っても猛反論してやる。


「だって一般的に考えて、重いし」


高二の思い出が蘇り、ずしりとくる。私へのキラーワードの使い方を心得ているあたりが、やったかいだ。


重いと言われると、ぐうの音も出ない。好きに尽くすと決めてはいるが、私だって心の傷くらいある。だって女の子だもん。


それに、たぶん喜久子の意見の方が冷静で正しいのだ。


「じゃあ、どうしたらいいか喜久子が言ってみてよ」


「つくしのくせに生意気。私が答えるメリットないんだけど」


「どうしたらいいか教えてくださいッ」


おでこをテーブルにつけるほど頭を下げる。


「プライド低い」


「それだけ切実なのッ」


顔をあげて喜久子を見ると、眉を寄せながら考えをひねり出していた。なんだかんだで、友達思いの優しい女である。良い子だぞ。


「彼氏にディズニーに連れて行って欲しいって言うのはどうかな。あんた、彼氏の奢りで行くのうらやましいって、よくピーヒャラわめいてるじゃない」


名案だ。


そしてそれに感動してるから、わめいてるとか言う失礼な発言は水に流そう。そして私はパッパパラパーしてない。


「じゃあ、とおるの貯めたお金でディズニーに行きたいって言って、飲む打つ吸うを止めて貰えばいいんだ。貯金も出来て、タバコもやめれて一石二鳥だ」


「止めるより、減らすの方がいいと思うよ。いきなりピタリと止めるのは難しいし」


なるほど、確かにその通り。


「わかった。ありがとう」


「うまく行く気はしないんだけどね」


呑気にカフェオレを飲む喜久子は、私の幸せを願っていないのか。友達なら、きっと上手くいくよ、とか言ってくれてもいいと思う。


美人だからって何様のつもりなんだ。許せない。なんかだんだん腹が立ってきたぞ。


「そこまで言うなら、賭けてもいいよ。もし私の彼氏が正しくなって、彼に貯金が出来たなら、来月に喫茶店で顔を合わせた時の飲食代は、喜久子が持つこと」


いいよいつもと同じだし、と喜久子は迷いなく頷いた。なんだそれ。勝てるって自信か。


でも、私は勝てる。なんせ今の私はやる気に満ちている。彼を清く正しくすることは、彼のためにもなる。そのことが、私の尽くしたい願望のスイッチを連打しているのだ。


デート代がかさんで、今月ピンチの私は、意気揚々と席を立ち、足早に喫茶店を出た。


いつものごとく。伝票を喜久子に押し付けて。


「奢りじゃなくて、貸しだからね」


喫茶店から出てきた喜久子様を、店先で出迎え深々と頭を下げる。


いったいこの貸しはいくらになっているのだろう。怖くて聞けない。


そして一ヶ月後、私は意気揚々と喫茶店に乗り込んだ。



喫茶店に入ったときの私の気持ちといったら、パーばかりだしている金剛力士像とジャンケンするような気持ちだった。


私の勝ちは揺るがない。


周囲を見回しても、喜久子の姿はなかったので、先に二人掛けの席に座った。ミルクティーを注文して、喜久子の悔しがる姿を想像しながら待つ時間は、まったく苦にならなかった。


どうせ喜久子の奢りなのだから、もっと頼んでしまおう。そう思ったのは、あと三十分くらいで着くと連絡が来た時だった。


食べきれる気はしなかったが、パスタにグラタン、ホットサンドにパフェまでつけておいた。時刻はおやつ時であるのにだ。


それと、喜久子がいつも飲むカフェオレも、タイミングを見て事前に注文を済ませた。


「遅れてごめん」


慌ててきた喜久子が立ったまま、テーブルに並ぶ食べ物の数々を見て、あんたバカなのと言ったことは、機嫌がいいから見逃してあげた。


「カフェオレだけはありがとう」


喜久子はそう言って、向かいの椅子に腰を下ろした。


とりあえず、会社の上司の愚痴を話した。


主に私が。


そう簡単に本題に入っては面白くない。


喜久子の彼氏のことや、流行りの俳優の話をひとしきりした頃、喜久子がおもむろに問いかけた。


「それであんたの彼氏はどうなったのよ」


きたッ。喋りたくて仕方がない気持ちをぐっ抑える。


「どうしても知りたいって言うなら、教えてあげてもいいけど」


頬に力が入って、にやけが止まらない。そんな私の顔を、喜久子は目を細めて睨んでいた。


なんだそれは、一重の私のモノマネかッ。でも、今は気分がいいから許そう。


「いいや。また今度聞くことにーー、あ」


「でたよッ。喜久子の決め台詞ッ。近藤喜久子のコンドキクコと発言」


すこぶる面倒くさそうに、眉間にしわを寄せて、喜久子が問いかけてきた。しかも、右手のひらでテーブルを叩いて。


「もう、さっさと喋りなさいよ。彼氏は貯金出来たの」


ちょっとからかい過ぎたらしい。まあまあ、と喜久子をなだめた。


「それが貯金出来ているんですッ」


「いくらなの」


「それは通帳見たわけではないから知らないけど。でも、ビールは止めたんだよッ」


「それなら、浮いたお酒代は全部貯金だ」


「違うよ。お酒は飲んでる」


「え、ビール止めたんでしょ」


「発泡酒になったの。安い分お金が浮いて、飲む量は少し増えちゃったみたいだけど」


それはどうなの、と喜久子は怪訝な顔をした。なんだか、私が期待していた反応と違う。


すごいッって言いながら、賭けに負けることを悔しがると思ったのに。


「でも、浮いたお金の一部を使って余分に飲んでるだけで、全部使ってるわけじゃないもんッ」


予想と違う反応に少し動揺して、声が大きくなっていた。


「飲む量が増えたなら、前よりダメな彼氏なってる気がするのだけど」


確かに、落ち着いて考えるとそんな気がしてくる。でも、お酒が好きなことは悪いことじゃないし、節度を守ればお酒はいいものだ。


それに、今日は貯金が出来たのか。それが問題であって、飲酒の量は問題ではない。


「この分じゃ、パチンコやめて競馬になったとか言い出すんじゃないの」


喜久子はそう言って鼻で笑った。美人だからって、何を言っても許されるわけではないと思う。


「競馬なんかしてないッ。パチンコするときだって、貯金しようと考えてくれてるしッ」


「パチンコやめてはないんだ」


「五円パチンコとかいうのから、一円パチンコにして、前より出費が減ったって言ってるんだから」


よくわからないけど、一発五円のパチンコ玉の台から、一発一円のパチンコ玉の台にすれば、一発につき四円も浮くって、彼氏のとおるが言っていた。


百発で四百円。千発なら四千円も浮くのだ。すごい節約だ。


私がそう力説すると、喜久子は淡々と答えた。


「それは五円を千発なら五千円の浪費、一円を千発なら千円の浪費って言うのよ。別に節約じゃない。それに、きっとパチンコをする頻度は減ってないでしょ」


図星だ。パチンコの時間は減っていないから、私と逢う機会が増えているわけではない。


でも、今日はパチンコを続けていることや、私と逢う時間が変わらなかろうが、そんなのは関係ない。


今日の問題は、彼氏に貯金が出来ているのかなのだ。


「でもね、禁煙したんだよ。自分から辞めるって言ってきた時には、感動したなぁ」


動揺を隠すように、出来るだけハキハキと口にした。これなら、さすがの喜久子も納得だろう。もしかしたら、今日の飲食代が払えません。助けてくださいって私に泣きついてくるかもしれない。


助けないけどね。


「え、凄いわね」


これだ。こういう反応が見たかったのだ。冷静ですました喜久子の表情を、驚きで崩すことに優越感を感じる。


「確かに初期費用はかかったけど、煙も出ないし、何より自分から変わろうとしてくれたことが、嬉しかったなぁ」


ちょっと待って、と喜久子が手のひらをかざして私の話を制した。人が気持ちよく話しているのに、何て空気の読めない女だ。


「初期費用って何よ。あと、煙が出ないってどういうことよ」


「そりゃ、煙は出ないよ。電子タバコだからね」


なるほどね、と喜久子の眉間にしわがよる。


「確かに電子タバコなら煙は出ないけど。それは禁煙とは言わないんじゃないかな」


「そんなことないよ。だって煙が出ないんだから」


「それにさ、電子タバコってはじめに専用の機械を買う必要があるわよね。その、初期費用っていうやつ。そのお金はビールとパチンコで浮いたお金で出したの」


喜久子がそう問いかけて、渋い顔をした。


「違うよッ。私が出したの。この貯金はお前とのデートで使うから、手はつけられない。だから買ってくれって言うからさ。私のための貯金って言われると、弱いよね」


喜久子が過去最高に大きなため息をついた。


「あんたは本当にダメな女ね。デートのための貯金を使うのが嫌だからって、あんたがお金で払ってたら、ほとんどあんたのお金でデート代払ってるのと同じよ」


私だって、それくらい頭をかすめなかったわけじゃない。でも、彼の頼み事とあっては断れないし、自分から変わろうとした彼を応援したかった。でも、言い返すことができない。


「そんなの貯金じゃない。やっぱり賭けは私の勝ちね。本当にあんたって男を見る目がないのか、彼氏と全然上手くいかないわね。あ、常日々つくしって、いつも彼に尽くすってことじゃなくて、いつも彼との関係にヒビだらけってことか。常にヒビづくし」


傑作、と喜久子が笑みを浮かべた。


付き合った相手のことを思い返すと、あの時は幸せだったなと感じたり、素敵な人だったなと思う過去はない。


でも、私なりに一生懸命に彼氏のことを考えていたつもりだ。


頼みごとをされたら、尽くしたい一心で受け入れて、それが彼のためになると思うと嬉しかった。


きっと甘いのだろうけど、喜久子みたいに、冷静に接することは苦手なのだ。


ーー私ってダメなのかな。


そう思った途端、視界がぼやけて、頬を熱いものが伝った。



「私だって、好きでヒビだらけにしたわけじゃないもんッ」


社会人になって三年も経つ女が、昼間から喫茶店で泣くなんて情けない。けれども、涙が止まらない。


「ちょっと、泣かないでよ」


冗談だから、と喜久子が慌てて席を立ち、机の上からハンカチを差し出してくれた。


「何でもないんです。気にしないでください」


喜久子が周囲からの冷ややかな視線に困惑しながら、頭を下げていた。


「何でもなくないよッ。なんだよ、喜久子は私のこといつも馬鹿にしてさ。確かに、喜久子と違って、彼氏と上手くいかないし、明るいだけが取り柄の馬鹿だけどさ、少しは励ましてくれたり、応援してくれてもいいじゃん」


悲しそうな顔をする喜久子の顔を見ていられなくて、机に顔を伏せてむせび泣いた。


しばらくお互いに無言のままで、店内は静かだった。周囲の話し声は小さくて、きっと私たちのことでも見ているのだろう。


喜久子が悪者に見えてるに違いない。でも、いい気味だ。


「泣くなんて思ってなかったからさ。ごめんね」


喜久子の優しくて申し訳なさそうな小さな声が聞こえた。


「別にあんたのことを、本当に馬鹿だなんて思ってないって。本当のこというと、いつでも明るいのは、羨ましいくらいだもん」


超美人でいつも冷静な喜久子が、私のことを羨ましく思うなんて、信じられない。なんだか、しっかりと相手を見て話さないといけない気がして、ゆっくりと顔を上げた。


きっと私の目は腫れて、すごくブスだと思う。何なら鼻水も出ているかもしれない。


喜久子の目にも、少し涙がにじんでいた。


「いつだって相手に尽くすなんて、私には出来ないし」


「私は馬鹿だから」


「そんなことないって。相手に尽くすってことはさ、それだけ相手のことを好きってことでしょ。いつも相手の悪いところ探しちゃう私からするとさ、あんたみたいに、一生懸命恋愛できるのってすごいと思うし、憧れるし、羨ましいよ」


喜久子は笑いながら、頬から涙を流した。


「尊敬する大切な友達だからさ。あんたには幸せになって欲しくて、ついついダメな彼氏だとか、別れろとか言っちゃって。ごめんね」


私にとっても喜久子は大切な友達だ。


そりゃ、私のダメだしばっかりするし、恋の応援なんてしてくれないし、いつも冷静に批判して可愛げはないけど、私たちはそれで上手くいっているのだ。


それだからこそ、上手くいっているのだ。


「もう、別れろとか言うのやめるね」


喜久子の言うことは、間違ってなかった。恋して周りが見えない私の目になってくれていたのだ。


「いいんだよ。私、彼氏と別れることにする」


「何で。私が言ったからって、そんな風にする必要なんてないのに」


「違うよ。前からそうしようかなって考えてたし」


「でも、あんたとのデート代のために貯金してくれてるんでしょ」


「実を言うとね、たぶん貯金出来ないと思う」


貯めている通帳を見たわけではないから、絶対にあるという確証はない。でもわかる。


「そんなことないって、あんたのためにしっかり貯めてるよ。どうしてそんなこと思うの」


喜久子が私を励ますなんて、心地いいけど気持ち悪い。私たちの関係には似合わない。


「だって、ーー逢うたびに服が新しいから」


「それは、貯めてないわね」


喜久子は涙を拭きながら、冷静を装って言いった。


泣き終えてばかりでちょっと声が震えていた。そして、私たちにはこんなやりとりの方が似合う。


喜久子がこんなにも私を心配してくれるのだから、いつまでもこんな私ではいけないと思った。


「きっとさ、自分が変わらずに、相手を変えようなんて、都合がよすぎたんだよ。正しい彼氏の育て方があるなら、それって自分を変えるしかないのかも」


そうね、と喜久子は頷いた。


「ダメなのに、私は変わる気がなかったから、十万円もの大金を平気で借りるダメな彼氏に捕まって、平気で十万も貸すダメな女になっちゃったんだよ」


好きに尽くすと言いつつ、自分を変えるのが面倒で、ダメなのを認めずに甘えていただけだ。


「私は変わるわッ。喜久子が私のことをたくさん考えてくれてるのに、意地はってちゃダメから。今日の食事代は私が払うから」


胸を右手のひらで叩いて、任せろと言わんばかりのポーズをとる。でも、喜久子は首を横に振った。


「私が払うよ。友達が失恋した時くらい、奢らせてよ」


つくづく喜久子も甘いと思う。でも、すごく嬉しかった。


「ありがとう。でも、今まで食事のたびに借りてたお金は返すから。いつまでも借りているようじゃ、変われないしね」


まずは過去の清算からしなければいけない。そう明るく決意したのに、喜久子の顔が引きつって曇った。


いつの間にか涙の引いた顔で、明るく問いかける。


「全部でいくらになるかな」


喜久子はバツが悪そうに目をそらし。


「ーーえっと、十万円」


そう言った。


「なんだ、喜久子もダメな女じゃん」


「あんたが言うな」


私たちは顔を見合わせて笑い合った。

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