文化祭・部活編
●生徒会
午後からは所属している部活の仕事があるんだった。急がなきゃ。
今年の生徒会は特にお店をやることは無いけれど、見回りやお客さんへの対応がある。生徒会として活動するときはブレザーを着用しなくちゃいけないんだよね。十月といってもまだ暑いのに……。
下前学
「そろそろ見回りの時間だな。行こうか、五津木さん」
ボブ子
「そうだね、下前君」
私は下前君とペアで校内の見回りをする。それにしても、下前君ってば涼しい顔してるよね。暑くないのかな? 私がじっと顔を見ていると、気まずそうに下前君が視線を下に向けた。
下前学
「あまりこちらを見ないでくれたまえ。ほら、前を向かないと危ないだろう」
ボブ子
「いや、下前君って暑くなさそうだなって。汗とか全然かいてないし」
下前学
「暑いぞ。ただ、汗があんまりでないだけだ。……そんなに暑いのならこれを貸そう」
下前君がポケットから取り出したのは、ハンカチだった。受け取るとひやりと冷たい。中に保冷材を包んでいるみたい。
ボブ子
「あー、冷たい。生き返るね」
下前学
「今日は日差しがきついから、余計にあつく感じるな。できるだけ日陰のところを通って、見回りをしようか」
ぐるぐると校内を見回るけど、特に問題は無さそう。これなら無事に終われるな――そう思った時だった。下前君の携帯に連絡が入った。相手は生徒会本部みたい。
下前学
「はい、もしもし。……え。わかりました。今いる場所から近いですし、すぐに向かいます」
ボブ子
「どうしたの?」
下前学
「……グラウンドにある屋外ステージに、誰か部外者が割り込んできたらしい。急いで対応に向かわないと。急ごう」
ボブ子
「え、そうなの! じゃあ、走っていった方がいいかな」
屋外ステージに部外者が割り込むなんてよっぽどのことじゃないかな。大きな問題になってないといいけど。さっきまでいた二階から階段を駆け下りてグラウンドに出ると、屋外ステージに多くの人が集まっていた。あれはただの観客のかな? 問題が起こってるから集まっているわけじゃないよね。
不安に思いながらステージまで走ろうとしたところで、下前君の姿が見えないことに気が付いた。
ボブ子
「あれ? 下前君?」
下前学
「す、すま、すまない……。お、追いつけ、なくて……」
どうやら階段のところで人の波に流されてしまったらしい。下前君がヘロヘロになりながらやってきた。
下前学
「さ、さぁ、早く行こう……!」
ボブ子
「下前君、大丈夫? って、あ……!」
ずさっ、べしゃっ!
やっと私に追いついて、さぁステージまで走ろうとしたところだった。グラウンドの砂が滑りやすかったせいかな? 下前君はつるっと滑って地面に倒れ込んだ。それはもう冗談みたい宙に浮かんで転んでしまった。
……なんて、声をかければいいのかな?
倒れた下前君は周りの注目を一身に受けていた。倒れた状態のままの下前君は、もぞもぞと腕を動かして手招きをした。私を呼んでいるみたい。
ボブ子
「し、下前君? 大丈夫? どうしたの?」
下前学
「……あとで、追いつくから、先に行ってくれ」
ボブ子
「えっと、でも……」
下前学
「いいから。何も聞かず、言わず、行ってくれ」
ボブ子
「わかった……。あとでね」
私は倒れ伏した下前君を置いて、とりあえずステージに向かうことにした。しかしたどり着いた先で事情を聞くと、乱入してきた部外者はもう逃げちゃったらしい。大きな問題自体は起きなかったみたいだから良かったけど、その部外者はどこへ行っちゃったんだろう?
ステージの責任者の人と少し話をしてから、砂まみれになった下前君を回収した。膝にできた擦り傷を保健室で手当てしてもらっている間中、彼は無言だった。
ボブ子
「まだ見回りあるけど、できる?」
下前学
「このぐらいの怪我、体育の授業でいつもしているから。……それより、足手まといになってすまなかった。きっと君一人が先に行っていたら、部外者を捕まえられていたかもしれない」
ボブ子
「そ、そんなことないよ。私一人だと、そんな怪しい人捕まえられないし」
下前学
「それも、そうだな。……僕がもっとしっかりしていれば」
ボブ子
「お、落ち込まないで、下前君」
その後も下前君と見回りをした。その間中、下前君は落ち込んでいるみたいだった。走る練習でもしようかと呟いていたから、無理はしない方がいいとだけ助言しておいた。
【彼はそういう役回り】
●茶道部
午後からは所属している部活の仕事があるんだった。急がなきゃ。
茶道部は、例年通り茶会を開く。茶会というと、優雅で和やかなイメージがあるけどとんでもない。裏ではとんでもなく忙しいのだ。二十人単位でくるお客さんに対して、お茶菓子を出して、お茶をひたすら点てて、使い終わった茶碗を次々と洗う。このサイクルが延々と続く。忙しさで目が回りそうだ。
つい小走りになると、顧問の先生に足音がうるさいと叱られてしまった。……だって、急がないと間に合わないんだもん。
ちょっと不満に思っていると、啓太先輩が私の抱えているお茶碗を半分持ってくれた。
桂木啓太
「大丈夫、ボブ子さん? 一回深呼吸しようか。ちょっと落ち着くよ」
ボブ子
「そうですね……」
すぅっと息を吸って吐くと、やっと少しだけ落ち着いた。
桂木啓太
「次は僕が、お客さんの前でお茶を点てる番なんだ。……ちょっと緊張しちゃうな」
ボブ子
「啓太先輩なら大丈夫ですよ。いつも落ち着いていますから。がんばってくださいね」
桂木啓太
「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろ行くね」
次のお客さんの団体が来て、また裏が忙しくなる。裏で準備している合間に、ちらりとお茶を点てている啓太先輩を覗いてみた。
すっと背筋が伸びた後ろ姿は、それだけでも綺麗。静かな指先がお茶碗を引き寄せて、シャッシャッとお茶を点てる音が静か空間に響いている。ちらりと見えた横顔は真剣で、いつもこちらに笑いかけてくれる時と雰囲気が違う。……格好いいなぁ。いつか私もあんな風にできたらいいのに。
顧問
「五津木さん」
ボブ子
「あ、ごめんなさい。つい、気になって」
顧問
「見ることはいいんです。上手な先輩を見ることはいい勉強になりますからね。ですが、手は止めないように」
ボブ子
「はーい」
その後も目まぐるしく忙しい茶道部のお茶会の仕事を頑張った。
すごく疲れたけど、最後に余ったお茶菓子を貰えたのはよかったなぁ。見た目もかわいい練り切りのお菓子は、疲れた体を癒してくれた。
ボブ子
「甘いものが疲れたあとにいいっていうのは、本当ですね。身にしみる感じがします」
桂木啓太
「そうだね。お疲れさま、ボブ子さん」
ボブ子
「はい。お疲れさまです、啓太先輩」
来年は啓太先輩みたいにできるように頑張ろう。
【来年はまだ一緒】
●園芸部
午後からは所属している部活の仕事があるんだった。急がなきゃ。
園芸部は、花の栞とポストカードの販売。あとはお世話をしている植物の紹介をする。実は園芸部はあまり忙しくない。というのも、お客さんがあまり来ないからだ……。まぁ、そうだよね。あんまり目立つ部活じゃないもんね、園芸部って。仕事が楽なのはいいけど、ちょっと寂しいな。
ボブ子
「呼び込みとかしないんですか?」
先輩A
「あんまり効果ないわよ、呼び込み。来る人は来るから、その人たちにちゃんと応対できればそれでいいの」
ボブ子
「そういうものですか?」
一緒に担当になった先輩と二人して受付で座っている。なんにもやることが無くて、暇だなぁ。
先輩A
「暇そうね」
ボブ子
「事実、暇です」
先輩A
「まぁ、もうちょっと待ちなさい。もう少しで女神さまが来るから」
ボブ子
「女神さま、ですか?」
女神さま? 女の人? 誰だろう? 園芸部の卒業生とか?
誰が来るのか考えていると、教室に人がやって来た。
伊藤忠良
「やぁ、みんな。調子はどうかな?」
先輩A
「あ、タダちゃん先生! いつも通り、お客さんがほとんど来ませーん」
伊藤忠良
「うーん。そっかぁ。それは残念だなぁ」
落ち込む先生に、後ろからやって来た女性がぽんと背中を叩く。誰だろう? なんとなく先生と雰囲気が似ている気がする。優しそうな人だなぁ。
???
「そんなに落ち込まないじゃだめですよ。あなたは先生なんだから、しゃんとしないと」
伊藤忠良
「うん。そうだよね」
先輩A
「さすが、タダちゃん先生の奥さん! いいこと言いますね!」
ボブ子
「え、奥さん?」
奥さん
「あら、今年の新入生かしら。はじめまして、伊藤忠良の妻です。……皆さんに手土産を持って来たの。よかったらあとで食べてね」
そう言って差し出された紙袋。なんだろう、これ。何かお高い美味しいものがありそうな予感……。
先輩は満面の笑顔で喜んで、紙袋を受け取った。
先輩A
「タダちゃん先生の奥さんは、本当に女神さまですよね! 毎年差し入れありがとうござまーす!」
奥さん
「ただ差し入れを渡しているだけよ。みんな、頑張っているみたいだから」
先輩A
「もう、タダちゃん先生! こんな女神さま、大事にしなきゃだめだからね!」
伊藤忠良
「う、うん! もちろんだよ!」
奥さん
「あら。それじゃあ、私もあなたに負けないようにがんばらないとね」
先輩に言われて、強くうなずく伊藤先生。それを微笑んで見守る奥さん。なんだか、すごい理想の夫婦って感じ。いいなぁ。
その時、教室の入り口に人影が見えた。
伊藤忠良
「あ、上方さん。……ごめん、ちょっと行ってくるね」
奥さん
「はい。あら、ネクタイが曲がっていますよ。ちょっと待って」
奥さんにネクタイを直してもらって恥ずかしそうに笑ってから、忠良先生は教室にやってきたお客さんのもとへ行ってしまった。
先輩A
「先生たちってばラブラブだよねぇ。結婚してもう二年ぐらい経つんでしょう?」
奥さん
「そうね、今年で二年目。時間が経つのはあっという間ね」
先輩A
「先生たちを見てると、結婚に憧れちゃうんですよ。ねぇ」
ボブ子
「そうですね」
確かに、先生たちの姿を見てると憧れちゃうかも。でも私はまず、相手探しからなんだよね……。
その後もぽつぽつとお客さんがやって来て、何枚かの栞とポストカードが売れた。少ないけど、自分が育てた花の商品が売れると嬉しいよね。
【あなたが来てくれるまで】
●テニス部
午後からは所属している部活の仕事があるんだった。急がなきゃ。
今年のテニス部は爆弾焼きを売っている。爆弾焼きとは、たくさんの具材をいれた大きなたこ焼きみたいなもの。専用の鉄板をレンタルして、焼き上げるのだけれどこれが熱い。そして忙しい。爆弾焼きを売っているせいなのか、爆弾が爆発したみたいに忙しい。
選手A
「これ、どーすんの?」
選手B
「あれ、どこだっけ?」
選手C
「なぁ、どれをかけるんだっけ? それ?」
ボブ子
「あれこれそれどれで喋らないでください! 意味が分からないです! そしてわからないことがあったら、まずテントの幕に張った紙を確認してください!」
マネージャーの先輩と私以外はまったく頼りにならない。そしてマネージャーの先輩はいま、束の間の休憩に出ているのだ。頼れるのはもう、私しかいない! 他は誰も使い物にならない!
選手A
「最近、後輩まで先輩マネージャーと似てきたよな」
選手B
「口うるさくなった」
選手C
「最初はもっと初々しかったのに」
ボブ子
「喋っている暇があったら働いてください! そして私が口うるさくなったのは、全部あなたたちのせいです!」
私だって、本当ならこんなに口うるさく言いたくない。けど、入部してしばらくしてから気づいたのだ。この人たちは私が言わないと動かないって。頼れるのはマネージャーの先輩だけ。はやく帰って来てくれないかな。でも、さっき休憩にいったばっかりだしな。
そう思っていると、幕の向こうから先輩の姿が見えた。え? 幻? さっき行ったばっかりだよね?
ボブ子
「お、おかえりなさい、先輩! もう帰って来たんですか? もう少し休んできてもいいんですよ?」
マネージャー
「いいの。私の目的は達成できたから。それに、ボブ子ちゃんを一人でこんな忙しいところに放置できないでしょ。私も手伝うわ!」
ボブ子
「ありがとうございます、先輩! やっぱり先輩は頼りになりますね!」
私が感激していると、後ろからぼそぼそと選手の人たちが文句を言う。
選手A
「えー、俺たちだって働いてるし!」
選手B
「めっちゃ働いてるし!」
選手C
「褒められたいぐらい働いてるし!」
マネージャー
「あなたたちは、口ばっかり働かせているのよ! 手も働かせなさい!」
ぴしゃりと先輩に言い返されて、皆が黙々と働き始める。やっぱり、先輩がいないと上手く回らないなぁ。
ボブ子
「そういえば、先輩のお目当ってあれですよね。演劇部のクマの着ぐるみ……」
マネージャー
「そう、エンクマくん! ばっちり写真も撮って来たわ! これでこの文化祭で思い残すことは無いわね!」
ボブ子
「そ、そうですか……」
先輩はものすごくしっかりしてるけど、ちょっと変わった趣味をしているかも。演劇部の着ぐるみのエンクマ君ってそんなにかわいかったっけ……?
その後、先輩と二人でなんとか爆弾焼きを売り切った。
来年は鉄板を使わない奴の方がいいな。鉄板だと熱気がすごくて、暑いんだもん……。
【あなたに誉められたい】
●帰宅部
そういえば、八十君も同じように休憩時間だったはずだ。八十君の姿を探すと、クラスにはいないみたいだった。また一人で、どこかへ行っちゃったのかな? そう思って廊下に出ると、誰かとぶつかりそうになった。
ボブ子
「ごめんなさい! ……あれ、八十君」
練絹八十
「すみません、五津木さん。人混みを歩くのは難しいですね。大丈夫ですか?」
ボブ子
「私は大丈夫だよ。……八十君これからどこかへ行く予定ある?」
練絹八十
「予定ですか? 特に決めていません。なぜですか?」
ボブ子
「よければ一緒に見て回りたいと思って」
練絹八十
「本当ですか? それならぜひ行きたいです」
八十君と一緒に文化祭を見て回ることになった。
ボブ子
「八十君、どこに行きたい?」
練絹八十
「そうですね――あっ」
八十君がなにかに気付いたように顔を上げて、声を上げた。どうしたんだろう? こんな八十君は珍しいな。
八十君の視線の先を追ってみるけど、その先には窓しかない。グラウンドを見ているのかな?
練絹八十
「あそこから、聞こえます。屋外ステージに行きたいです」
ボブ子
「屋外ステージ? いいよ」
屋外ステージはグラウンドにある。そこでは有志の人が参加して、好きなことを発表できるのだ。そういうのに興味があったんだね。
それにしても、なぜか八十君は急いでいるみたい。走っているわけではないけど、長い脚をせかせか動かしているからすごく速い。私だと小走りじゃないと追いつけないぐらい。
ボブ子
「や、八十君? もうちょっとゆっくり歩いてもらえる?」
練絹八十
「あ、すいません。急いでいました。……もう大丈夫です。姿が見えました」
ボブ子
「姿?」
グラウンドにまで下りてきたけど、私には屋外ステージの周りに集まっている人しか見えない。ステージの上では何をやっているんだろう。あ、でも、声だけは聞こえるかも。
???
「俺の歌を聞かせてやるぜ! みんなはセーエンをよろしくな!」
歌を歌っているのかな? 男の子みたい。もう少し近づいてみようかな。
???
「え、だめ? なんで? シンセイ? 確かに俺はスーパースターになるからな! えっ? 降りてこい? なんで? え? 逃げるの?」
うん? どうしたんだろう? なんだか変な会話をしているみたい。シンセイって申請? それとも新星? 近づいてやっと見えたステージの上には、私服を来た中学生ぐらいの男の子。
あれ? 屋外ステージって、うちの生徒じゃなくても発表できたっけ?
???
「え? 怒られる? 怒られるのやばい! 逃げよう!」
男の子はぴょんっとステージから飛び降りたかと思うと、人混みに紛れてどこかへ行ってしまった。……今のってなんだったんだろう?
ボブ子
「あの子、どうしたんだろうね?」
練絹八十
「…………」
ボブ子
「八十君?」
練絹八十
「あ、すみません。聞いていたんです」
八十君はステージを見ずに、目を閉じていた。聞いていたって、何を聞いていたんだろう?
ボブ子
「もっとステージに近づく?」
練絹八十
「いえ、もういいです。ありがとうございます」
ボブ子
「え、もういいの?」
練絹八十
「はい。聞けましたから。次は五津木さんの行きたいところに行きましょう」
ボブ子
「八十君がいいならいいけど……」
結局、八十君は屋外ステージで何を見たかったんだろう? よく分からないなぁ。八十君だけにしかわからない何かがあるみたい。
その後も、八十君と文化祭を見て回った。
【君の声が聞こえたから】




