文化祭(下前学)
そういえば、チケットを下前君に渡すんだった。下前君も、今は自分の教室で準備をしてるよね。行ってこよう。隣の教室をのぞいてみたけど、下前君はどこにいるんだろう?
とりあえず、大声で呼んでみようか。
ボブ子
「しーたーまーえくーん! いますかっ!」
下前学
「僕のクラスなんだから、いるに決まっているだろう! そんな大声は止したまえ! なんなんだ!」
ボブ子
「私のクラスがやってる輪投げ屋さんのチケット、下前君にあげようと思って。遊びに来てね」
下前学
「ありがとう……。でも、次からはもう少し静かにしたまえよ。目立ってしょうがないだろう」
周りの目を気にして、ちょっと恥ずかしそうに下前君はチケットを受け取ってくれた。
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文化祭開幕の放送が流れた。いよいよ文化祭がスタートだ。
私は、午前の初めにクラスの輪投げ屋さんのシフトが入っている。私は受付係だ。お釣りの勘定を間違えないようにしないと。
お客さんがやってきた。最初は接客に緊張したけど、だんだん慣れてきた。笑顔で「いらっしゃいませ」と呼びかけていると下前君がやってきた。
下前学
「こんにちは、五津木さん」
ボブ子
「いらっしゃい、下前君。遊びに来てくれてありがとう」
下前学
「折角誘ってくれたからな。えっと、ここはどういうルールなんだ?」
ボブ子
「ここの線に立って、この五つの輪っかを的に通すだけだよ。ゲットした得点に応じて、あそこの机にある景品がもらえるの」
下前学
「ここの線からか。……けっこう遠いな」
輪っかを受け取った下前君は、テープで作った線の上に立つと難しい表情をした。そんなに遠いかな? 私が試しにやったときは、簡単だったけど。
下前学
「ていっ!」
まずは一投。……びっくりするぐらい大外れ。的をかすりもしないどころか、とんでもない方向へ飛んで行って床をころころ転がっていく。
ボブ子
「だ、大丈夫だよ! 最初はみんな、そんなもんだから!」
下前学
「そう、だろうか」
元気づけては見るものの、下前君は悲しそうな顔で床を転がった輪っかを眺めている。は、初めてだもんね! 次があるよ! 次!
しかし、下前君のコントロールは絶望的だった。慎重にやればやるほど。狙えば狙うほど。変な方向へと飛んで行ってしまう。合同体育で見る限り、確かに下前君の運動神経って悪かったけど。でも、こんなに悪かったのか……。いや、でも、こんなに悪かったような気もする。
ボブ子
「し、下前君! 最後の一投はもうちょっと、近くで投げてみる? ほら、もう一つ前に線があるでしょ? そこからならいけるかも!」
下前学
「さすがに子供専用の線からは投げられない。いや、でも……」
ボブ子
「いいから、いいから!」
下前学
「うわっ! 急に押すのはやめたまえ!」
子供が投げるまで位置にまで押し出すと、下前君は諦めたように構えの姿勢になった。最後の一投だ。頑張れ、下前君! 君ならできるよ!
下前学
「はっ!」
吐き出した息とともに、投げ出された輪っかがスローモーションに見えた。ゆっくりと的に近づいていく。あと少しで届く、そう思ったところで輪がぶれた。そのズレはわずかであったけども致命的でだった。的をちらりとかすって、最後の輪っかは床に転がった。
投げた姿勢のまま動かない下前君の背中は、声をかけられることを拒絶していた。でも、声をかけないとこのまま動きそうにない。
ボブ子
「し、下前君! ほら、残念賞もあるよ! アメは好き? 何味にしようか?」
下前学
「……レモン味はあるか?」
ボブ子
「あるよ、あるある! 特別にもう一個おまけしちゃう!」
下前学
「いや、一つで十分だ。ありがとう……」
がっくりとうなだれたまま、力なくアメを一つ受け取る下前君。やっぱり、一個も入らなかったのがショックだったみたい。
選択1「次よ、次!」
選択2「向いてるものがあるよ」
●選択1「次よ、次!」
ボブ子
「次よ、次! 次いくわよ、下前君!」
下前学
「は? え、いや、ちょっと、腕を引っ張らないでくれたまえ! どこに行くつもりだ!」
ボブ子
「下前君にぴったりのものに出会うまで流浪の旅よ! 大丈夫! 私も今から休憩時間だから!」
下前学
「え、いや、僕はすぐに戻るつもりで――……。 話を聞きたまえ!」
ボブ子
「さぁ、なにがいい? ゲームをやっているところはたくさんあるわ! ミニボーリング? フリースロー? スマートボールすくい? なにがいい?」
パンフレットを片手にお店を確認しながら、下前くんの腕を引いて廊下を進んだ。下前君が抵抗するように、足を突っ張ったような気がしたけど、ちょっと力を込めて腕を引いたら無くなった。
ボブ子
「まずは、ミニボーリングよ!」
下前学
「え、本当にやるのか……?」
ピンは一つも倒れなかった。次!
ボブ子
「次はフリースローよ!」
下前学
「まだやるのか……?」
ボールは一つもゴールに入らなかった。次よっ!
ボブ子
「スマートボールすくいに行くわよ!」
下前学
「そろそろ諦めないか……?」
一つもすくえないまま、ポイの紙が破れた。まだまだ行くわよ!
ボブ子
「次は、これね!」
下前学
「知恵の縄? ああ、なるほど。このこんがらがった縄を制限時間内に解けばいいのか」
入ったのは、知恵の縄チャレンジだった。制限時間一分以内に解ければ景品がもらえるみたい。縄は難易度によって七段階あるらしいけど、どれに挑戦すればいいかな。
ボブ子
「どれにする? 一番難しいのを選ぶと、景品も豪華になるみたいだよ。あのポーチとか、かわいいなぁ」
下前学
「せっかくだから、一番難しいやつにする」
そしていざ挑戦! 係の人がストップウォッチを押したのと同時に、下前君が縄解きに取り掛かる。それにしても、私にはこんなの解けそうにないなぁ。家でもこんがらがったコードとかそのままにしてるし。
下前学
「できた」
ボブ子
「え、もう?」
下前学
「ほら、これでいいんだろう? 確認したまえ」
三十秒もかからずにほどけた縄を係の人に見せる下前君。もちろん、成功だ!
ボブ子
「やったね、下前君! すごいすごい便利だね! いつか私の家のコードも解いてほしいくらい!」
下前学
「そ、それほどでもないぞ……。というか、便利っていう感想はなんだか嫌なんだが」
ボブ子
「細かいことは気にしないで! ほら、景品は何にする?」
豪華景品の中には、皮でできたきれいな手帖とか、ガラスでできたオルゴールとか、彫刻がほどかされた木製の置時計とかがあった。どれにするのかな?
下前学
「じゃあ、これで」
下前君が手に取ったのは、絶対にそれは選ばないだろうなと思っていたかわいいポーチだった。下前君、こういうかわいいのが好きだったんだ。確かに、似合わなくもないよね。
そう思っていると、下前君がちょっとムッとした顔でこちらを見てきた。
下前学
「これはべつに僕の趣味じゃないぞ。勘違いしないでくれたまえ。これは、君にだ」
ボブ子
「え、なんで?」
下前学
「付き合ってもらったお礼だ。……僕を元気づけるために、誘ってくれたんだろう? ありがとう」
ボブ子
「たいしたことしてないけど。でも、どういたしまして。本当にもらっていいの?」
下前学
「いいんだ。……僕は下手に物を家に持って帰れないし」
下前君からかわいいポーチを受け取った。うれしいなぁ。これからちゃんと使おう。
その時下前君が腕時計で時間を確認して、さっと顔色を変えた。
下前学
「し、しまった! もうこんなに時間が過ぎていたのか!」
ボブ子
「もう休憩時間終り?」
下前学
「終わりというか……。そもそも、僕は君のお店だけ覗くつもりだったんだ。だからこんなに休憩するつもりもなくて」
ボブ子
「え、そうだったんだ! ごめんね、引っ張りまわしちゃって!」
下前学
「いや。僕も楽しんだし、それはいいんだ」
ボブ子
「うう……。じゃあ、お詫びについていってクラスの人に私が謝るよ」
下前学
「いや、そんなことしなくても」
ボブ子
「いいから! さぁ、戻ろう!」
下前学
「き、君は強引だな。少しは落ち着きたまえ!」
ゲームのお店を回って来たときと同様に、下前君の腕を引っ張って彼のクラスに戻ることにした。
下前君のクラスに行くと、サルシスくんが受付をしていた。
本田サルシス
「やぁやぁ、学君おかえり! おや、仲良しさんだね!」
下前学
「は? あ、し、しまった! は、離してくれたまえ!」
ボブ子
「え、いまさら?」
私が下前君の腕をつかんでいるのをサルシス君に見られて、下前君はカッと顔を真っ赤にさせた。ずっとやってたのに、いまさら恥ずかしがっても遅い気がするな。
下前学
「その、帰るのが遅くなってすまない。ちょっといろいろ見て回っていて。ごめん」
ボブ子
「違うの! 私が連れまわしていただけなの! ごめんなさい!」
下前学
「いや。だから、五津木さんは別に悪くないんだ。すまなかった」
ボブ子
「ううん! 私が話も聞かなかったから。ごめんね」
私と下前君が交互に謝っていると、サルシス君が私たちのやり取りを見てけらけらと重い空気を吹き飛ばす明るい笑い声をあげた。
本田サルシス
「二人して謝ること無いよ。そもそも下前君はずっと働き詰めだったじゃないか! さっきまでボクが代わりを務めていたから安心してくれたまえ! いい休憩になったみたいでよかったねぇ」
下前学
「そう、か? ありがとう、本田」
本田サルシス
「気にすることないさ、学くん! お昼はちゃんと食べてきたかい?」
下前学
「あ……」
ボブ子
「そういえばゲームばっかりで、お昼は食べてないね……」
そうやって意識すると、お腹が空いてきたような……。二人してお腹を押さえていると、サルシス君が「それなら」とウィンクをして袋を取り出した。
本田サルシス
「ボクが買ってきた屋台飯を食べたまえ! いっぱいあるんだ!」
下前学
「ああ、ありがとう。って、多すぎじゃないか? まさか全部のお店を回ったんじゃないだろうな?」
本田サルシス
「そのまさかだよ、学くん! さぁさぁ、ここの椅子に座って!」
下前学
「まったく、お前は。自分の食べられる量を考慮したまえ」
ぶつぶつ文句を言いながら、下前君は教室にある椅子に座る。
そういえばこのクラスって、なにをやっているんだっけ? 見るかぎり、展示をやっているみたいだけど。
ボブ子
「ここって飲食していいの?」
下前学
「ああ。ここは展示を見ながら、飲食もできる休憩所みたいなものだから」
ボブ子
「へぇ。ここの展示、すごいね」
下前学
「ああ。壁にある砂絵は、深海の魚をイメージしている。砂にペンキで色をつけて、ちょっとずつ張り付けていったんだ。こうして暗くして青い光で照らすと、本当に深海を泳いでいるみたいだろう?」
ボブ子
「うん。すごい力作だね!」
下前学
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるな」
下前君のクラスで展示を見ながらお昼を食べた。なんだかんだ、楽しい休憩時間になったな。
【なんでもできないことはない】
●選択2「向いてるものがあるよ」
ボブ子
「向いてるものがあるよ、下前君にも」
下前学
「……下手な励ましは止したまえ。ますます落ち込む」
ボブ子
「ほ、本当だよ! 下前君は頭がいいし!」
下前学
「君のクラスの練絹には負けるけどな……」
ちらりと、同じ教室で他のお客さん相手に接客している八十君を横目でみる下前君。入学してから、ずっと八十君に負けて二位のこと気にしてるのかな? ずっとって言っても、まだ二回ぐらいしか大きなテストはしていないし、これからだと思うけど。
ボブ子
「一番じゃなくても、私よりはずっと頭は良いじゃない。十分だよ。うらやましいぐらい」
下前学
「まぁ……」
ボブ子
「それに真面目で一生懸命だし。見ていて応援したくなるよ、なんだかかわいくて」
下前学
「……それは」
ボブ子
「弟みたいって言い方は変だけど、かわいがりたい感じだよ。皆にもよく話しかけられてるよね、シタマエ君って」
下前学
「…………」
ぎゅっとアメを拳の中に握りこんだ下前君は、目元を隠すようにうつむいた。どうしたんだろう? 具合悪くなっちゃったのかな?
ボブ子
「下前君?」
下前君の肩に触れようとした手は、バシッと彼の手によって払いのけられてしまった。
下前学
「君なんかより頭が良くたって、意味は無い。それに君に応援されることだって意味が無いし、むしろそうやって「かわいい」だなんて子馬鹿にしたような評価はちっとも嬉しくない。弟なんて、どこにもいないんだ」
ボブ子
「え? 私、そんなつもりじゃ……」
下前学
「……すまない、言い過ぎた。もうクラスに戻るよ」
下前君はくるりと背中を向けると、出て行ってしまった。ど、どうしよう。怒らせちゃったみたい。なにかまずいことを言っちゃったかな?
時計を見ると、私はもうすぐ休憩時間。謝りに行こうかな? 下前君は、自分のクラスに戻るって言ってたよね。それじゃあ隣のクラスに顔を出しに行こうかな。……なにか手土産とか持って行った方がいいかな?
文化祭案内のパンフレットを見て、なにかいいものはないかと探してみる。食べ物がいいかな? 甘い物とかすきかな? たい焼きを売っている店があるみたい。それを買ってからいこうかな?
お店でたい焼きを買ってから、下前君のクラスの前。下前君のクラスは展示をやっているみたい。
ボブ子
「こんにちはー……」
教室に入ると、薄暗い中に光る青い光がまず気になった。その光が照らし出しているのは、大きな壁一面の砂絵。魚を描いているみたい。色付けされた砂が、表情豊かな魚を表現している。すごい大作だなぁ。
ぼんやりと砂絵を見ていると、ぽんと肩を叩かれた。勢いよく振り向くと、そこには青い光と同じように青い瞳を持つサルシス君が立っていた。
本田サルシス
「やぁ、五津木くんいらっしゃい! 展示を見に来てくれたみたいだね!」
ボブ子
「あ、うん。展示を見に来たのも確かにあるんだけど……。その、下前君は? どこにいる?」
本田サルシス
「学くんかい? 学くんなら、ボクが買ってきた屋台飯を食べているよ! あそこの席さ!」
サルシス君が指さす先には、椅子に座ってもぐもぐと焼きそばを食べている下前君の姿があった。こっちには気づいていないみたい。
ボブ子
「えっと、下前君の様子はどうだった?」
本田サルシス
「え? ちょっと落ち込んでいるようだったけど……なにかあったのかい?」
ボブ子
「私、怒らせちゃったみたいで。謝りに来たの」
本田サルシス
「そうなのかい? たぶん、下前くんも後悔していると思うよ。彼は感情的になりやすいところもあるけど、すぐに我に返って反省するタイプだからね」
ボブ子
「もう怒ってない、かな?」
本田サルシス
「怒ってないさ! 仲直りしておいでよ!」
ボブ子
「うん」
そうよね。ここで帰っても、ずっと気にしちゃうだろうし。いま仲直りした方がいいよね。下前君の方に近づくと、途中であちらも気づいたらしく焼きそばを食べる手を止めた。
三歩ほど離れた距離で止まって、目の前にたい焼きを差し出す。
ボブ子
「さっきは、怒らせちゃってごめんね。これお詫びになればいいんだけど」
下前学
「い、いや! こちらこそすまなかった! ……君は何も知らないのに、こちらの都合で不機嫌になってしまった」
ボブ子
「よかった、下前君が怒ってなくて。どうすればいいかわからなかったから」
下前学
「本当に、すまなかった」
下前君は私のたい焼きを受け取ると、隣の席に座るように促してくれた。
下前学
「よければ一緒に食べよう。この教室は休憩所代わりにもなっていて、飲食が自由なんだ」
ボブ子
「ありがとう。うん、おいしいね」
下前君のクラスで一緒にたい焼きを食べた。とりあえず、仲直りできてよかった。今度からもうちょっと気をつけよう。
【うらやましいぐらいねたましい】




