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体育祭・部活対抗リレー編

(生徒会の場合)

 私の所属している生徒会は特に走ることはしない。体育祭の運営が主な仕事だからだ。

 裏方の仕事ばっかりで競技を見ているだけだと、体がうずうずして動きたくなってしまう。ちょっと走りたかったなぁ。


下前学

「どうしたんだ、手が止まっているぞ。疲れたのなら、少し休憩したまえ」


 同じ生徒会として裏方の仕事をしている下前君が、ぼーっとしている私に声をかけてきた。


ボブ子「あ、ごめんなさい。みんながんばってるなぁと思って、見ていただけなの」


 私がそう言うと、下前君も部活対抗リレーへと目を向けた。その眉間にはそれはそれは深いしわがつくられている。


下前学

「本当に、彼らはすごいな。僕は絶対にやりたくないし、出たくないし、走りたくない」

ボブ子

「下前君、リレーは嫌い?」

下前学

「嫌い……ではないはずだ。ただ僕がやるべきものではないと思っている」


 そう言った下前君の口調は実に苦々しげだった。まるで大嫌いな食べ物を無理やり食べさせられた小さい子どもみたい。


ボブ子

「そういえば、下前君はこの体育祭でどの競技に出場――」

下前学

「……無駄話をしている場合ではなかった。仕事をしよう」


 下前君はさっと体を反転させて、次の競技に使うスコアボードをとりに行ってしまった。結局、下前君は何の競技に出たんだろう。

【誤魔化し下手眼鏡】






(茶道部の場合)

 私の所属している茶道部の場合は、着物を着て、お茶を点てる茶せんを片手に走ることになる。着物を着て走るなんていうハンデを背負わされているために、うちは毎年びり争いをしているらしい……。


桂木啓太

「気をつけて走ってね。毎年うちの部は転ぶ人がいるんだ、着物だからしょうがないけどね」

ボブ子

「はい、気をつけます。でも、せっかくだから少しでも良い順位になりたいですね」


 運動部も一緒に走るこのリレーで上位になるのは無理だろうけど、せめてビリにはなりたくないなぁ。せっかく走るんだしね。

 そう思っていると、啓太先輩がちょっと沈黙してから質問する。

桂木啓太

「ボブ子さんは良い順位の方がいいの?」

ボブ子

「えっ、まぁ、せっかくやるからにはがんばりたいです」

桂木啓太

「……そっか。うん、わかったよ。任せて」

ボブ子

「え?」


 その後のリレーでアンカーだった啓太先輩は怒涛の追い上げを見せた。ビリから一人二人と追い抜いて、最後には六位にまで上がったのだ。もちろん文化部の中では一番だ。

 着物でどうやってあんなに速く走ったんだろう?


桂木啓太

「これでよかった、ボブ子さん?」

ボブ子

「え、えっと、もちろんです! すごく速かったですよ、啓太先輩!」

桂木啓太

「そっか。それなら良かった。ボブ子さんが喜んでくれて嬉しいよ」


 照れたように笑う啓太先輩は汗をほとんどかいていなかった。

【汗をコントロールするのは日本男児のたしなみ?】





(園芸部の場合)

 私の所属している園芸部の場合は、スコップと花を片手に走る。花は先輩と伊藤先生が丹念に育てたスターチスをドライフラワーにしたものだ。


先輩A

「スターチスはこの時期の花なのよ。先生が特にこの花が好きで、リレーの時はいつもこの花を抱えてリレーしているの」

伊藤忠良

「あんまり派手な花じゃないけど好きなんだ。色鮮やかでかわいいでしょう」


 まるで自分の子どもを紹介するように伊藤先生はスターチスを抱える。

 あれ……。太陽が逆光になって陰になっているだけかもしれないけど、先生の顔色が悪い気がする。


ボブ子

「先生、体調悪いんですか? 顔色が悪いような……」

伊藤忠良

「え、大丈夫だよ。ほら、元気元気」


 伊藤先生は私の言葉に慌てたように首を横に振るけど、なんだか怪しい。他の先輩たちも先生の顔をのぞきこんで、心配そうな声を上げる。


先輩A

「タダちゃん先生、大丈夫? 毎年この時期になると体調が悪くなるよね」

先輩B

「ヨッシー先生、俺たちにはいつも、日射病には気をつけろって口酸っぱく言ってるのに。本人が一番体調管理できてないよなぁ」


 長時間日の下で活動する園芸部は、運動部に劣らずそういったことに気をつけなければいけないらしい。汗を大量にかかない分、体調が悪くなっても気づきにくいから。伊藤先生は、園芸部が外で花壇の手入れをしているときは「帽子をかぶるように」「水分をきちんととるように」ということをいつも注意している。


伊藤忠良

「みんな、気にしすぎだよ。ほら、そろそろ出番だから行っておいで。先生はここで応援しています」


 ひらひらと手を振る先生に、先輩たちは少し心配そうにしながらリレーの立ち位置に行った。私も行こうとしたけれど、どうしても気になって振り返る。すると先生は困ったように眉を下げた。


伊藤忠良

「本当に大丈夫だよ。もうすぐ六月だからね、ちょっと眠りが浅いんだ」

ボブ子

「寝不足なんですか?」

伊藤忠良

「うん……。でも、僕は大丈夫だから行っておいで」


 私は後ろ髪をひかれながら、自分のリレーの立ち位置に向かった。

 伊藤先生はいつも笑っているから気づかないけど、もしかしたら仕事が大変なのかな。これからはあんまり迷惑をかけないようにしないと。

【日射病から絶対生徒を守るマン】





(テニス部の場合)

 私の所属しているテニス部の場合は、ラケットを片手に走る。といっても、私はテニス部ではマネージャーなので走る役にはなっていない。同じくマネージャーの先輩と一緒にテニス部を応援するのが役目だ。


マネージャー

「毎年リレーで優勝するのはもちろん陸上部なんだけどね。実質他の運動部は二位争いをするの」

ボブ子

「目指せ二位ってことですね」

マネージャー

「いや、うちの部員が二位争いをできるとか想像もつかないんだけどね」


 私の脳裏に、いつもの部活風景がふわりと浮かんだ。

 だるだるとテニスコートを外周する先輩達。

 途中で普通に走るのに飽き始めてじゃんけんをし始める先輩達。

 いつのまにかグリコが始まっている先輩達。

 グーで勝ったときの不公平さに、新たに「グルコサミン」を採用しようとする先輩達。


ボブ子

「……勝てる気がしません」

マネージャー

「でしょ? ……ああ、でも」


 先輩は何かを思い出したように、ぽんと手を叩いた。


マネージャー

「でも一度だけ、うちのテニス部が陸上部を破ってこのリレーを優勝したことがあったらしいわ。先輩から聞いた話で、私もよく知っているわけじゃないんだけどね」

ボブ子

「すごいですね。陸上部に勝ったんですか」

マネージャー

「いろいろな偶然と幸運が重なったおかげらしいけどね。……その優勝の立役者は、すっごいイケメンだったらしいよ」


 先輩は内緒話をするように、私の耳元に口を近づけてそっと言った。べつに内緒でもなんでもないはずなのに、格好いい男の子の話しをする時はどうしてなのかこそこそしてしまう気がする。


ボブ子

「そうなんですか……。OBとしてその人が、遊びに来たりしないんですか?」


 ちょっぴりわくわくした気持ちで私がそう尋ねると、先輩が周りを気にするように視線を動かした。それからまた内緒話をするように私の耳元に言葉を落とす。


マネージャー

「それがね、その先輩は事故で死んじゃったんだって」

ボブ子

「事故、ですか……」

マネージャー

「うん。……その謎のイケメンっていう話が本当のことなのか疑わしいけどね」


 確かに本当か嘘かわからない話だなぁ。でも、本当だったらちょっとおもしろいかも。

【グリコのあとはちゃんと練習させました】





(帰宅部の場合)

 でも、私は何の部活にも入っているわけじゃないから観戦するだけだ。こうしてそれぞれの部活を見ていると、部活に入ればよかったなぁってちょっと思っちゃう。

 そういえば、練絹君は何の部活にも入ってないんだよね。短距離走の記録が噂になってわざわざ陸上部の先輩が部活勧誘に教室まで来ていたんだけど、それも断っていた。陸上部に入っていたら、きっと期待の新人になっていたと思うんだけどな。

 練絹君の方をちらりと見ると、部活対抗リレーには興味が無いらしくまったく違う方へと体を向けていた。何を見ているんだろう。私もそちらに目を向けている。そこには、役目を終えた綱引きの縄が無造作に積まれていた。綱がどうしたのかな……。

 気になって、私は練絹君に声をかけてみた。


ボブ子

「練絹君、どうしたの? 綱引きの縄が気になる?」

練絹八十

「こんにちは、五津木さん。……そうですね。ちょっと気になっています。引っ張ってみたいです」

ボブ子

「え、練絹君、綱引きに出たかったの?」

練絹八十

「はい。見ていて、気になりました。もしできるのなら、来年は綱引きをしてみたいです」


 そういえば練絹君は足が速いからって、問答無用でリレーに選ばれてたもんね。もしかしたら他の競技がしたかったのかもしれない。


ボブ子

「じゃあ来年同じクラスになれたなら、私が練絹君を綱引きに推薦してあげるね」

練絹八十

「本当ですか。ありがとうございます」


 練絹君はあいかわらず無表情だったけれど、赤い瞳がキラキラと輝いていた。目が口よりもものをいうっていうのを、初めて実感したかも。

【来年も同じクラスになりますように】

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