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零 兆

 今よりも遥か昔。

 日本にまだ魑魅魍魎が存在していた時代。

 非常に大規模な異変が起こり、日本の一部は巨大な結界によって隔離された。

 そして時は過ぎ去り現在に至る。

 外交がほぼ完全に遮断されたその地域ーーー"幽玄界"は、独自の文化を歩んできた。

 人々は魑魅魍魎と対立しながらも共存しており、特殊な関係を築く者たちもいた。


 * * * * * * * * * * * * * * * *


 此処は幽玄界のとある神社の境内である。

 仰々しくも立派なその神社の住人は現在一人だけである。

 その少女の名は五十嵐いがらし幽七ゆうな、幽玄界最後の巫女である。

 大きな鳥居の前で箒片手に境内を掃除していると、鳥居の上に人影が。


「今日も冷えそうだなぁ」


 その人影はそう呟くと、鳥居の上から飛び下りた。

 全体的に白を基調としたマントに身を包み、純白の紙は短く揃えられていて、瞳は美しい紅色である。

 ふと、木枯らしが吹き、幽七と少女はそれに震える。


「・・・寒」


 幽七がポツリと零す。


「ところで澪、何か用?」


 唐突に幽七が質問する。

 それに小鳥遊たかなしみおはこう返す。


「別に。ただ暇だから来ただけさ」


「私は一応仕事してるんだから、邪魔はしないでよ?」


「あいよー」


 適当に返答する澪の様子を見て、幽七は肩を竦める。

 彼女と澪は幼馴染みであり、同時に妖怪関連の仕事仲間でもあった。


「にしても最近は、参拝客も減ったよな」


 澪が呟くと幽七はそれに反応する。


「ま、妖怪騒動が減りつつある今じゃあ、信仰も薄れるよなぁ」


「あんまりそういうこと言わないの」


 幽七は箒を鳥居に立て掛けると、神社の中へ入っていく。

 澪もそれに続いた。

 大きな建物というだけあって、中もそれなりに広かった。

 幽七はたった一人で住んでいるため、それを逆に不便だと思っているようだが。

 廊下を抜けた先にある小部屋に入ると、澪は突然そこに寝そべった。


「あぁー、疲れたぁー」


「疲れたって、澪は何もしてないじゃん・・・」


 幽七がそう呟くが、澪の耳には届いていないようだった。


「ここんところ何にもないから退屈なんだよなぁ」


「平和なのはいいこと」


「そのお陰でお前の経営も危ういがな」


 澪の心ない発言に対し、幽七は動じなかった。


「信仰は人の心の奥底で芽生えるものだから。経営が破綻するのは人々から心が無くなったときだよ」


 そう返すと澪は舌打ちをして「つまらないな」と呟く。

 瞬間、二人は何かを感じたように動きを止めた。


「・・・感じたか?」


「うん・・・これは間違いない」


「あぁ、妖怪だ。それも、とびきりデカいやつだ」


 幽七は不安げな表情を浮かべ、澪は楽しそうに口角を釣り上げる。


「久しぶりの仕事だ!行くぞ、幽七!」


「言われなくてもわかってるって!」


 平和な幽玄界に差す妖怪の影。

 この二人が妖怪と人間の架け橋となるのだがーーー。


「あ、御札忘れた!」


「なにしてんだよお前!?」


 それは当分先の話だ。

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