零 兆
今よりも遥か昔。
日本にまだ魑魅魍魎が存在していた時代。
非常に大規模な異変が起こり、日本の一部は巨大な結界によって隔離された。
そして時は過ぎ去り現在に至る。
外交がほぼ完全に遮断されたその地域ーーー"幽玄界"は、独自の文化を歩んできた。
人々は魑魅魍魎と対立しながらも共存しており、特殊な関係を築く者たちもいた。
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此処は幽玄界のとある神社の境内である。
仰々しくも立派なその神社の住人は現在一人だけである。
その少女の名は五十嵐幽七、幽玄界最後の巫女である。
大きな鳥居の前で箒片手に境内を掃除していると、鳥居の上に人影が。
「今日も冷えそうだなぁ」
その人影はそう呟くと、鳥居の上から飛び下りた。
全体的に白を基調としたマントに身を包み、純白の紙は短く揃えられていて、瞳は美しい紅色である。
ふと、木枯らしが吹き、幽七と少女はそれに震える。
「・・・寒」
幽七がポツリと零す。
「ところで澪、何か用?」
唐突に幽七が質問する。
それに小鳥遊澪はこう返す。
「別に。ただ暇だから来ただけさ」
「私は一応仕事してるんだから、邪魔はしないでよ?」
「あいよー」
適当に返答する澪の様子を見て、幽七は肩を竦める。
彼女と澪は幼馴染みであり、同時に妖怪関連の仕事仲間でもあった。
「にしても最近は、参拝客も減ったよな」
澪が呟くと幽七はそれに反応する。
「ま、妖怪騒動が減りつつある今じゃあ、信仰も薄れるよなぁ」
「あんまりそういうこと言わないの」
幽七は箒を鳥居に立て掛けると、神社の中へ入っていく。
澪もそれに続いた。
大きな建物というだけあって、中もそれなりに広かった。
幽七はたった一人で住んでいるため、それを逆に不便だと思っているようだが。
廊下を抜けた先にある小部屋に入ると、澪は突然そこに寝そべった。
「あぁー、疲れたぁー」
「疲れたって、澪は何もしてないじゃん・・・」
幽七がそう呟くが、澪の耳には届いていないようだった。
「ここんところ何にもないから退屈なんだよなぁ」
「平和なのはいいこと」
「そのお陰でお前の経営も危ういがな」
澪の心ない発言に対し、幽七は動じなかった。
「信仰は人の心の奥底で芽生えるものだから。経営が破綻するのは人々から心が無くなったときだよ」
そう返すと澪は舌打ちをして「つまらないな」と呟く。
瞬間、二人は何かを感じたように動きを止めた。
「・・・感じたか?」
「うん・・・これは間違いない」
「あぁ、妖怪だ。それも、とびきりデカいやつだ」
幽七は不安げな表情を浮かべ、澪は楽しそうに口角を釣り上げる。
「久しぶりの仕事だ!行くぞ、幽七!」
「言われなくてもわかってるって!」
平和な幽玄界に差す妖怪の影。
この二人が妖怪と人間の架け橋となるのだがーーー。
「あ、御札忘れた!」
「なにしてんだよお前!?」
それは当分先の話だ。




