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ハッピーエンド・エンジェル  作者: 安藤言葉
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ジブリッシュ

 アカネと名乗ったその天使、いや少女は俺が手を握り返すと満足げに口角を上げ、両手を万歳させた。


「ありがとー!でも今のまんまだと何がなんだかわからないと思うから、アカネちゃんがもうちょっと詳しく説明したげるね?」

 

 アカネは頬に人差し指を当て、首をかしげる。眉をあげたその表情が魅力的に見えてくるから美少女はずるい。アカネは次に腕を伸ばし、大きなVサインを俺に向けてきた。


「話は大きく二つ!まず天使ってなあにってことからね。まぁ簡単に言っちゃえば、人を幸せにする存在なんだけど」

「それじゃあなんの説明にもなってない」

「最後まで聞いて。天使にはね、幸福な人と不幸な人の見分けがつくの。正確には、不幸な人がわかるのね」

「いったい、どうやって」

「それはなんとなくだよ君ぃ。同じ世界にいても、人間と犬の世界の見え方は違うでしょ?それみたいなもんだよ」


 つまりは視覚的なものなのだろうか。不幸な人は不幸なオーラを出していて、天使にはそれが見えるといった具合の。


「そういえば君の名前を聞いてなかったね。君っていうのも寂しいし、教えてよ!」

「あっ、そうか。俺はナオヤ。よろしくな」


 アカネは素敵な名前だねと花が咲いたように微笑む。

 表情が豊かな子だなという印象を持った。第一印象は決して良くはなかったが、人と同じように一喜一憂しているところを見ると親近感が沸く。


「話を戻すね。天使は不幸な人を幸せにすることでエネルギー……そうだな、不幸エネルギーとでも言おうかな。それを喰べることで生きてるの」


 俺たちにとってのハンバーガーやお茶が天使にとっての食事であるとの理解でいいらしい。

 天使側にもメリットがあるということで少しだけ信憑性が増す。まだアカネが電波女である可能性は否定しきれないが、何の見返りも求めずに偽善で人を幸せにしていると言われるより遥かに納得がいく。

 

 俺は小さくうなづいて話の続きを促した。


「で、二つ目。なんでナオヤに声をかけたかっていうことだけど……」

「それくらいわかる。俺が不幸な人だから、だろ?」

「おぉ!さっすが」


 アカネの説明がわかりやすかったというのもある。

 天使は不幸な人の見分けがつき、不幸な人を必要としている。

 ならばなぜ俺に白羽の矢が立ったのかだなんて言われずともわかる。


「で、ぶっちゃけナオヤはなんで不幸なの?」

「天使なんだからそれはわからないのか?」

「残念ながら。不幸な人がわかるってだけなの」


 アカネは大きく肩を上げて頭を傾けた。

 ここで俺の悩みをぴたりと言い当てれば六割以上は信じることが出来たというのに。

 ただこの状況は俺にとっても天使であるアカネにとってもあまり都合がいいものではない。


「俺、特にこれといった悩みとかないんだけど……」








 ここまでが数時間前の出来事であり、俺とアカネの出会いの一部始終である。


 自分が幸せなのか、それとも不幸せなのかについて考え事をしていたらドブに落っこちてしまったという次第である。決してアカネのことなど考えてはいない。

 結局自力で元の道に戻った俺は、腹を抱えて笑っているアカネの頭を軽く叩く。

 蝉が一斉に鳴き出したかのように騒ぐアカネを無視しながら再び自分を振り返っていたらふとした疑問が沸いて出てきた。


「だいたいさ、何を持って幸せだとかそうじゃないとか決めてるわけ?天使は」

「えっ、さっきも言ったじゃん。見分けがつくんだーって」

「そうじゃなくてさ。俺は、俺のこと不幸だと思ってないんだよ。でもアカネは俺が不幸だって言うんだろ?それっておかしくないか?」


 アカネは唇に人差し指を当て、難しい顔をして黙り込む。

 途中で小さく唸りつつ数分経った後、カンペを読んでいるようにたどたどしく解説してくれた。


「周りから見たら不幸だってこともあるでしょ?例えばいつも友達にお金を払わされてるAくんがいたとするでしょ?Aくんはそれでも友達と一緒に入れるから幸せだって言っていても周りからしたらやっぱりAくんは不幸でかわいそうだよ」


 主観か客観かで大きく話が変わってくる。もしアカネの話が本当ならば天使は客観的な状況から不幸だと判断しているのかもしれない。

 俺は自分以外の人間に幸せか不幸せかを決められるだなんて認めたくなかった。その考え方では希望がない。どれだけ立ち直ろうと、前に進もうとしても無意味だと言われているのと同義だ。


 ただ他人から「お前は不幸だ」と言われる要因があるのならはっきりとさせたい気持ちもある。それが不幸なことなのか否かは自分で決める。

 客観的不幸という話ならば一つだけ思い当たるフシがあり、そして今現在向かっている場所にも関係している。


「アカネ、悪いけどここまでな。今からちょっと用事だ」

「もちろん私もついてくよ?」

「いや、嫌だって。二人で行くようなところじゃないし、いつも行ってるところだし」

「えぇ~なんなのなんなの!教えてよねぇ!」


 肩を軽く殴ってくるアカネだったが行き先を告げると渋々納得してくれたようだった。明日も会いに来るからと半ば強引に連絡先を交換させられた後、俺は目的地へと向かった。







 受付で手続きを済ませた後そのまま病室へと向かう。

 ビョウインはいつも混んでおらず、俺以外に来ている人は今までに数人しか見たことがない。

 

 少し色あせたドアに手をかけ、乱暴にならないように開ける。

 

「今日もよろしくお願いします。キョウマ先生」

「あぁ、久しぶりだね。その後、どうだい?」


 白衣を着た少しふくよかな初老の男性、キョウマ先生が優しく問いかける。

 清潔感があり、衝動的に頬やお腹をつつきたくなる、デブというよりぽっちゃりな方だ。


「今までどおりです。友達と話していてもやっぱりノイズが」


 現在俺は『ジブリッシュ病』というキョウマ先生によって名づけられた病気にかかっている。

 ジブリッシュ(Gibberish)とは英語で「全く意味のなさない出鱈目言葉」という意味らしい。


 その名のとおり、俺はずっと昔からある条件下の言葉だけ聞き取れず、また読むことが出来ない。条件を満たしている単語や文脈になると途端にノイズがかかったようになり、俺にとって意味を成さない雑音に成り果てる。


「じゃあ今日もやるよ。『■?@:△7d:』、『2;4://@`@●』、『)?\|1h@*』。今のうち聞き取れた単語はあるかな?」

「……どれもわかりません」


 条件は自分では把握できない。その条件についても音はノイズとなり、字は文字化けしてしまう。


 診察は一ヶ月に数回キョウマ先生のもとへ行き、条件を特定していく作業をしている。

 地道な作業であるし、ノイズや文字化けした文章は酔った感覚を伴うためキツかったが、キョウマ先生が長年辛抱強く治療をしてくれているおかげで今ではだいぶ慣れてきた。


「それじゃあ今日はここまでにしておこうか。最後に、最近何か変わったことはなかったかい?」

「あっ、えっと……」

「ん?どんなことでもいいんだよ。なんでも話してごらん?」

「天使に、会いました」

「ほぅ……天使、にかい?」


 俺はアカネについてキョウマ先生に事細かに説明した。

 半分以上愚痴になっていたのだろうが、キョウマ先生は嫌な顔一つせず、また俺の話を否定せずに聞いてくれた。


「もしかしたら、アカネが言う俺の不幸ってこの病気のことなのかもしれません。でも俺、だからって自分が不幸だとは思わないんです。だって病気ならば不幸なんておかしいでしょ。例え病気でも幸せになれるはずだって信じてるんです。もちろん俺が信じたいだけ、なんですけどね」

「そうだね。それが君の考えならアカネさんに伝えるといい。きっと彼女の君の力になりたいっていう気持ちは本当なんじゃないかな」


 キョウマ先生の言うことにも一理あると感じた。

 確かに俺はちゃんとアカネと話したとは言えない。気持ちは言わなければ伝わらない。


 次の診察の約束を取り付け、俺はビョウインを後にした。

 

 明日はもう少しアカネを信じて、俺は不幸ではない、だから他の、自分を不幸だと思ってしまっている人のところに行ってくれということを伝えよう。

 症状に関しては少しも良くなっていないが、気持ちは少しだけ晴れやかに家へと向かった。

こんにちは。安藤言葉です。一話目だけだと導入もいいところだったので二話目も頑張りました。

やっぱり書くのは楽しいですね。気づいたら日曜日が終わっちゃいましたよ。

数日以内に次の話を更新できたらなと思います。

後書きまで読んでいただきありがとうございました。

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