第56話『早起き』と『神樹』
故郷に帰って来た日の翌日。
朝早くに起きた俺は、散歩に行く事にした。まだ少し明るんでいるだけの道を歩き、村の外れに向かう。そこには、以前と変わらぬままの、大きな木。俺にしてみれば、ここから全てが始まった。そんな、思い出の場所。
目を閉じて、あの日の事を思い出す。
あの日俺は、この木の下で泣いていた。なんで泣いていたかは覚えていない、ただ、あの時あの人に会わなかったら、今の俺はいないだろう。
『やぁ、なんで泣いているんだい?』
『な、泣いてない!』
『そうかい?』
『そうだよ!』
『ふーん。君は強くなりたいかい?』
『強く? まぁ、なれるならなりたいけど、俺は無能だから…………』
『無能ねぇ……………そんな他人の価値観で、君は強くなるのを諦めるのかい?』
『………………こんな俺でも強くなれるのか?』
『簡単にはなれないさ、でも、諦めなければいつかは強くなれるよ。じゃあね。』
突然来て、言いたい事だけ言って帰った、そんな気がするくらい飄々として、つかみどころのない人だった。いや、今にして思えば、彼は本当に人だったのかさえ怪しい。
「あれ? ムト?」
「リラか、こんな朝早くにどうした?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。」
「散歩だよ。」
「私も散歩。」
リラと二人で木を見上げる。そういえば、リラと会ったのもこの木の下だっけ? なんだかんだ言って、この木とは色々関わってるみたいだ。そういえば、この木なんて名前なんだ?
「なぁリラ、この木なんて名前なんだ?」
「え? そういえば、なんだろう?」
「俺の記憶が正しければ、ずっとこの状態な気がするんだけど…………」
「言われてみれば、なんなんだろうねこの木。」
リラと二人で、木の周りを回って調べてみるが、専門家ではないので分からない。なんなんだこの木?
『“神樹ヴォルティルム”です。どうぞ、ルムと呼んでください。』
「ふーん。“神樹ヴォルティルム”って言うんだ…………え?」
「誰だ?」
突然声が聞こえたが、リラの声じゃない。辺りを見渡してみるが、俺達以外に人影は見当たらない。ということは、もしかして…………
『はい。ここですよ。』
「「うわぁっ!?」」
『そんなに驚かなくても。』
「「驚くわ!」」
突然木の幹から顔が『にょきっ 』と生えたら誰でも驚くだろ。そして、木の中から、少年が出てきた。金色に光る緑髪緑目のニコニコしている少年だ。
『どうも、どうも、改めまして“神樹ヴォルティルム”です。ルムでいいですよ。』
「えーと、で、ルム? なんで出てきたんだ?」
「そうだね。」
『実は私、ある封印の監視をしていたんですが、先日その必要がなくなりまして、それならば、少し外に出て遊びたいなーと、そしたら、今度この村でお祭りがあるっていうじゃありませんか! これは参加しないとなー、ということで、お二人に挨拶しとこうと思いまして、はい。』
「なんで、私達に?」
『お二人は色々凄いですからね。』
「なんだその理由。」
よく分からないが、祭りに参加したい事は分かった。それにしても、村に神樹があるとは思わなかった。まぁ、ずっと大きな木だと思っていたし、他の村人もそう思ってたからな。
『という訳で、少し村を見てまわる事にします。』
「まぁいいけど、その光抑えろよ。」
『おっと、忘れてました。』
そう言うと、目を瞑って集中し始めた。
「はい。これで、いいですかね?」
「うん。バッチリだ。」
「ではでは、行って来ます。」
たたたっ! と走り去っていくルムを見送った後、俺達は再び木を見上げた、次見るのは何時になるかな?
それから一週間後、遂に、祭り当日になった。




