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児童文学

冷たい星

作者: 空見タイガ

 美しい満天が広がるのは、そこが美しさから最も遠いためだ。

「星、星、落ちてほしい」

 ぼくは熱心に叫ぶ弟に説明してやった。ここから見る星は確かに小さいが、本当はとてつもなく大きいのだと。さらに星がひとりでに明るいのは燃えているからだ。その熱がぼくたちを燃やさず、黙って美しく飾られているのは星とぼくらがあまりにも離れすぎているからにすぎない。きみの言うとおりに、星がこちらに落ちてくるとしたら、それはすさまじい速さで、強すぎる力をふるい、ぼくたちを粉々に砕いてしまうだろう。

 弟はぼくの話をうんうんと聞いてから、ぐっと顔を上げて夜空に向き直った。

「星が他の星とくっついて見えないのは、星と星のあいだも遠いからなんでしょう」

「そうだね」

「それはとてもかわいそうだよ。だから、やっぱり落ちてきてほしい」

「それで何もかもが燃えつきても?」

「燃えつきても、星が落ちてきたことは燃えつきないよ」

 家に帰ろうと告げたが、弟は星空を見上げたまま草原に寝転んでしまった。ぼくはその隣に腰をおろす。澄みきった風にうたれながら、ぼくは弟と同じように遠くを見た。


 お兄さんの足音はいつも静かで、なによりお茶目だった。ぼくはときどき驚かされて転げてしまった。彼はしょんぼりとしていたが、そのクセはいつまでも治らず、やがてぼくの方がお兄さんの穏やかな襲来に慣れた。

 まだ小さかった弟とぼくにお兄さんはおみやげを買ってくれた。お兄さんはいつもどこかに出かけていた。それがどこで、何のためだったのか、良く分からない。だけれど、ぼくはあらゆる場所に行けるお兄さんの横顔に見惚れていた。

 父や母はおみやげを受け取らないようにと、何度かぼくたちに忠告した。

「ねえ、二人で星を見ようよ」

 お兄さんがだれだったのか、よく分からない。だけれどお兄さんは多くの人に悪く語られていた。だれにも宛てられていない、ひどい手紙を読んだこともある。お兄さんはいつもひとりで、でも星を見る時だけはぼくを誘ってくれた。

「僕もかつては星だったんだよ」

 お兄さんがこっそりささやいたのに対して、ぼくはやっぱり横顔をみつめた。お兄さんはあらゆる将来の夢について熱っぽく語ってくれたが、昔のことはまったく話さない人だった。

「ぼくにとっては、お兄さんは今だって星だよ」

「そうかな」

「うん。しかもね、お兄さんが一番キラキラだよ。他の星よりずっときれいだ」

 お兄さんは笑った。笑ってくれることが嬉しかった。ぼくはそれにしか興味がなくて、本当はお兄さんのことなんてどうでもよかった。

「お星さまはそんなにきれい?」

「うん」

「だけど、もしも夜に星が一つしかなかったら、綺麗だって思わないよね」

 ぼくたちはひざを抱えていたが、お兄さんの抱え方は縮こまるようだった。

「みんながきれいだと思うのは、星じゃなくて星空なんだよ」

 その季節でもないのに、きんと冷えた夜だった。

「それぞれが輝いている。他の星と離れて、うんと遠くで。それでも興味のない人からすれば、それは一面の夜空でしかない」

 そう話した数日後、お兄さんは本当に星になってしまった。不慮の事故だとみなの中では結論づけられ、お兄さんの生は瞬きの中で忘れられていった。

 大きすぎるものは、近くにいてはその全景を見られない。自分の目にうつる範囲でしか、捉えることができないが、そこからはみでたものは各々にあらゆる想像を与え、おそろしい。押しつぶされるような圧迫感もある。だから、ぼくたちは遠ざかる。それはあまりにも大きすぎる、熱すぎる、そう並べて、さらにはもともと遠くにあったのだと結んで。


 落ちてほしい。落ちてほしい。うわごとのように弟がつぶやいている。

 そばで、ちかくで。たとえ燃えつきようとも、その熱を受け入れて、ひとりでに輝く星を抱きしめてやればよかった。

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