七話 ヒルの提案
管理部の部屋へ戻ると、ヒルがちゃんと仕事をこなしていた。
「珍しいな」
「サボれるものならサボりたいですけどね?この量はちょっと無理です」
言いながら彼は、困ったような表情で未達成依頼の束を見せてきた。それを受けとる。
「でも、テプトさんが帰ってきたので目処はつきましたよ。これでサボれます」
「上司の前で堂々と言うなよ」
その束を一枚ずつめくりながら目を通していく。まぁ、この量だと三時間もあれば終わるかな?
「会議はどうだったんですか?」
「ん?……あぁ、今のところは順調だよ。あとはギルドマスター次第だな」
「テプトさんはギルドマスターから嫌われているんですよね?」
「そうだな」
「なんとも思わないんですか?」
「思わないわけじゃない。ただ、あの人はそれすらも超越するほどにアホってだけだ」
「そうなんですね。……たとえば?」
「……たとえばって?」
「ギルドマスターの事ですよ。なにかギルドマスターらしからぬ事をしているんですよね?」
そう言って、ヒルは興味津々というように笑みを浮かべた。そこで、ふと疑問に思う。
「ヒルは本部にいたんだろ?向こうではバリザスの評判はどうだったんだ?」
すると、彼の笑みはすぐに消えた。
「なんにも分かりません。ここのギルドマスターは、本部に来ませんから。代わりにいつもミーネさんが来るんですが、あの人はギルドマスターの事一切喋らないらしいんですよね?ここに来る馬車の中でも色々聞きましたが、全部受け流されてしまいましたよ」
「……そうなのか」
「本部の方では、ギルドマスターがなにか裏でやってるんじゃないかって意見まで出てましたよ」
俺は思わず笑ってしまった。
「それはないな。バリザスにそんなことは出来ない」
「そうですか?数年前にこのギルドで大幅な人事異動があったみたいなんですが、それは全部バリザスさんが指示した事らしいですよ?」
「数年前の人事異動?……あぁ」
さっき会議で話してた八年前のことか。そういえば、その詳細は本部に報告しなかったって言ってたな。
「あれはーーー」
言いかけて、止める。話しても良いのか?
「あれは?……なんですか?」
まぁ、良いだろう。
「ヒルは行方不明冒険者の捜索依頼には目を通したか?」
そう言って、このギルドに来た当初からある書類を引き出しから出した。
「えぇ、知ってますよ。Aランク冒険者とSランク冒険者の二枚ですよね?」
それからヒルに、このギルドで八年前に起こった事件を話した。ついでに、それが原因となって起こった五年前の事も話してやる。
「……それは……知らなかったですね。このギルドの資料には何も載ってなかった事です」
「報告しなかったみたいだからな?」
「ですが、これはギルドマスターの資質を疑う事件じゃないですか?本来ギルドマスターは冒険者を御するために配置された人員です。それが出来なかったというのは問題ですね」
それからヒルは少し考え込み、やがて口を開いた。
「……密告しませんか?」
「は?」
思わず、聞き返してしまった。
「だから、その事を本部に報告しましょう。そうすれば、バリザスさんをギルドマスターの地位から引きずり下ろす事が出来ます。新しいギルドマスターが来れば、この管理部もちょっとはマシになると思いませんか?」
小声で話すヒルは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
確かに……そうすれば一番手っ取り早いかもしれない。バリザスにギルドマスターとしての役割をゆっくり教え込んでやろうと思っていたが、それをする必要も無くなるわけだ。
「本部の上層部に知り合いがいます。その人に直接手紙を出せば穏便に事を運べますよ?」
「お前……悪い男だな?」
「それは誉め言葉として受け取っておきますよ。この世界は良き人間だけが生き残れるわけじゃありませんからね」
「やれるか?」
「すぐにでも」
俺はヒルに密告書を書かせる事にした。
その前に。
「とりあえず、今日の仕事を終わらせるぞ」
「えぇ……。もうすぐ夕方ですよ?」
ヒルに話をしていたせいか、もうそんなに時間が経ってたのか。
「だが、今日の事を残せば明日がつらいぞ?明日は『依頼義務化』の説明会があるんだからな?」
「そっ、そんなぁ」
俺は文句を言うヒルに、未達成依頼の3分の1を押し付けて、あとの依頼を達成するために管理部を出た。
「待ってくださいよ」
渋々といった感じでヒルもついてくる。
余計なことは考えず、俺とヒルは依頼達成にタウーレンを奔走した。




