五話 ギルドの方針(中編)
「テプトさんはご存知ですか?五年前、冒険者管理部が一人の冒険者に無理矢理依頼を頼み、死なせてしまった事件を」
言われて、俺は頷いた。……五年前だったのか。それは、バリザスが前に話してくれた事件である。それがきっかけでバリザスは『冒険者管理部』を無くそうとしていた。
「私はその時まだここのギルド職員ではありませんでした。しかし、噂は耳にしたことがあります。それで少し調べてみました」それからアレーナさんは小さく息を吐く。「ですが、その時の資料のようなものは何もありませんでした。噂は事実ではあるものの、謎を残してそのままになっています。その時、何があったのですか?」
バリザスはうつむいたまま動かない。
「ミーネさんも知ってますよね?」
アレーナさんの声音が鋭さを増す。
「アレーナ部長、それはとある事件の一端にしか過ぎないの。詳しく説明するのならもっと時間を遡らなければいけなくて、話せば長くなる」
「かまいません」
アレーナさんは即答した。
「他の人も良いかしら?」
それに俺は頷く。
「かまわん。大体の事は前に聞かせてもらったがな?」
「私も大丈夫です。いずれは話さなければいけないことだったと思いますよ」
安全対策部部長とハゲも同意する。
そして、ミーネさんは話始めた。
「私がここのギルド職員になったのは十年前よ。その時私はギルド学校を卒業したばかりで、仕事なんて何も分からなかった。その当時、ここはまだ冒険者の町とは言われてなくて、ギルドも他と変わらない普通の組織だったの。バリザス様はギルドマスターになられたばかりで一生懸命やっていたわ。その時期に、まだ十歳くらいの少年が冒険者登録をしたいと言ってきてね?彼の服はボロボロで身寄りもないみたいだった。冒険者には十五歳からしかなれないから、悪いと思いながらも追い返そうとしたら、『戦う力はある』と言って、近くにいた冒険者を殺してしまったのよ」
なんだよ……それ。
アレーナさんも驚いているようだった。
「それからすぐに彼を冒険者として登録したのよ。でもそれは彼を拘束するための時間稼ぎだった。内密に闘技場から兵士を派遣してもらって、彼を取り押さえようとしたのだけれど……その人たちも殺されてしまったの。でも彼はそれを私たちの仕業だとは考えなかった。とても無邪気で一見普通の少年だったのよ。仕方なく職員たちは彼を冒険者として認め、監視することにしたの。彼の実力は凄まじくて、Aランクに上がるまで半年もかからなかったわ」
……嘘だろ?俺は冒険者をやっていた頃、一年間でCランクまで上がったが、それですら早いと言われていた。それを、何倍も上回る速度でAランクまでいったのか。
「他の職員は気味悪がっていたけれど、バリザス様は彼を可愛がっていたわ。彼もバリザス様にはなついていて、本当はいけないのだけれど、よく彼とギルドマスターの部屋で過ごされていたわ。その事を知っていたのはギルド職員の中でも偶然見つけた私だけで、その後私もギルドマスターの部屋に出入りしていたの。そんな日々が続いていたわ。そして彼は、その歳にしてダンジョン五十階層を踏破し、レアアイテムを手に入れた。冒険者登録をして、一年で彼はSランクにまで上り詰めてしまったのよ」
そこまで話終えて、ミーネさんは小さく息を吐いた。
「そこで気づくべきだったのかもしれないわ……彼の異常性に。私たちの気づかないところで彼の侵略は始まっていたの。もう、ギルドにいる冒険者はみんな彼の配下だった。ギルド職員もほとんどが彼に味方をし、彼の言葉一つでみんなが動いていた。そして今から八年前、彼は急にバリザス様に言ったのよ……『ギルドマスターの地位をくれ』と。最初は冗談かと思ってたわ。また、無邪気な顔でからかっているのだと思ってた。でも違ったの。彼は本気だった。ギルドマスターにしてくれなければ、職員を一人ずつ殺すと脅してきたのよ。そして、本当に一人ずつ殺し始めた」
「それは……事実ですか?」
アレーナさんは苦しそうに言葉を吐いた。俺も、そこまでは聞いてなかった。そんなことがあったことなど知らなかった。
「……事実じゃ」それに答えたのはバリザスだった。「わしがもっと気をつけておればそのような事にはならんかった。奴の演技に、まんまと騙されておったのじゃ」
「……バリザス様」
「テプトよ……その後はこの前話した通りじゃ。わしは心を鬼にして奴と戦い、このギルドから追い出した。いや、追い出すしか出来なかったという方が正しいかもしれん。奴はそれほどの実力を持っておった。そして奴に味方をした職員を辞めさせ、奴との因縁を断ち切ったのじゃ。しかし、そのせいで困った事になってしまった。ここでの仕事に慣れた者がいなくなり、わしが思っていたよりも遥かにいつも通りのギルドに戻るまで時間がかかってしまった。わしはギルドの仕事は何も分からんかったから、ただ現状を見ていることだけしか出来んかった。まさか、自らの仕事を成すため冒険者に無理強いをしている職員がいるなど思いもしなかったのじゃよ」
ようやく話が見えてきた。
「それで五年前の事件が起きたのですね?」
「そうじゃ。その頃にはギルド内は落ち着きを取り戻し始めておった。事件を知る者は口をつぐみ、悪夢を忘れようとしておった。辞めさせた職員も事件のことは言っておらんじゃろう。自分の命恋しさに冒険者にひれ伏したなど誰が言えようか?ともかく、そんな日々の中でそれは起こってしまったのじゃよ」
「俺とこいつは、八年前の事件直後にこのギルドに来たんだ」突然、安全対策部の部長がハゲを指しながら言った。「最初上から聞いていたのは、『ギルドマスターと部長たちで派閥が出来て、負けた部長が辞めさせられた。人が足りなくなったからタウーレンの冒険者ギルドに行ってくれ』てな事だったわけだが、聞かされた内容を聞いて驚いたな。それで俺が『安全対策部部長』に、こいつが『営業部部長』になったってわけだ。その時に『冒険者管理部部長』をやっていた奴が事件を起こしたんだ。冒険者管理部は全員、同じような事をして仕事をやり過ごしていたらしい。そして、その事実が冒険者に伝わってしまってな?無駄な争いを無くすために、『冒険者管理部』の人間を全員辞めさせて、それを冒険者に説明したってわけだ。というより、新しい体制が整ったばかりで、争いを止める術がなかったのが実情だな?ギルドマスターはその時、本気で管理部自体を廃止にしようとしていたらしいが、それはさすがに出来なかった。それで、管理部の人員が一人になっちまった」
安全対策部の部長は話終えた。
「それじゃあ、俺とアレーナさん以外はみんな全てを知っていたんですね?……その後の冒険者管理部の苦しみも」
それにはハゲが「えぇ」と答えた。「そうです。私たちは罪人ですね。それを知っていて何もしなかったのです。ですが、上手くやれば管理部は一人でもやっていける現状であったと私は考えています。ギルドマスターからの圧力を無しにすれば、適度に仕事をすることで逃れられたはずです。不運だったのは、管理部に派遣されてくる人間は、みんな真面目だったのですよ。一人では到底出来はしない仕事量をこなそうとして、結局それが裏目に出てしまい仕事も上手くいかず、辞めていく人たちばかりでしたが。……そんな中でテプトさん、あなたが現れた。人の何倍もの仕事量を瞬時にこなし、あまつさえギルドの改革さえやりだしたました。おそらくこれはギルドが生まれ変わる転機なのでしょう。あなたの言った問題は確かに存在しています。しかし、私たちは既に様々な思いに囚われて問題を見てみぬふりをしていました」
ハゲは穏やかに話を続けた。
「もしも、テプトさんの改革によってこのギルドがより良いものに生まれ変われたなら、その時私はギルド職員を辞めようと思います」
「なっ!おい!?」安全対策部の部長が立ち上がった。「良いのか?それで?」
「良いんですよ。私は少々この椅子に座りすぎました。ギルドが生まれ変わるなら、そういった事も必要でしょう。あなたも、そのために部下を育てているのでは?」
そう言ったハゲに、安全対策部の部長は顔をしかめて座る。
「……あいつが部長になるにはまだ早い」
エルドのことだろう。
「そうですか」それから、ハゲは俺に向き直った。「今まで申し訳ありませんでした。これからは、ギルド改革には精一杯協力させて下さい」
言いたいことは山ほどあったが、とりあえずそれら全てを飲みくだす。
「わかりました。では今回の議題、ちゃんと考えてきているんですよね?」
「もちろんです。私が考える善きギルドとは『部署同士の連携を密にする』です」
そう言ってハゲも、それを書いた長い紙を取り出した。
「もう見て見ぬふりは終わりです。このギルドで働く全員で、これからはやっていかなくてはいけませんね」
まさかのもうひと区切り




