四話 ギルドの方針(前編)
翌日、会議室にはギルドマスターとその秘書、各部長たちが集まった。
「みんなには先に伝えてありますが、今日はテプト部長から『ギルドの方針』について決めた方が良いとの意見がありました。詳しい内容はテプト部長より説明してもらいます」
会議の司会進行は、ギルドマスターの秘書であるミーネさんが行う。彼女は淡々と喋り終えると、俺にバトンタッチをした。
「では改めて、このギルド改革の第一歩目は、先程ミーネさんからもあった通り、『ギルドの方針』を決める事だと考えています」
「冒険者ギルドは冒険者を支援する所じゃ。それ以外の方針などあるものか」
ギルドマスターのバリザスが口を挟んできた。彼は元Sランク冒険者であるが、ギルド職員としてみれば最低ランクFのダメダメギルドマスターである。その白髪頭からは豊富な経験則があるように思われるものの、それらのほとんどは冒険者としてのものであり、ギルド職員としては全く頼りにならないおっさんであった。
「それだけじゃダメなんですよ。一言で支援すると言っても、やり方はいくらでもあります。だから冒険者ギルドには五つもの部署が存在するわけなんです。そして、やり方を選ぶには目標が必要不可欠です。このギルドには目指すべき目標というものがない。故にそれぞれの部署が独自に冒険者を支援し、その方法に反発が起こるのです。今までここは、その反発がないよう、さしあたりない事しかしてこなかった。問題が起きてもその場しのぎの方法で根本的な解決をしてこなかった。それを改善するために、このギルドにはみんなが共に目指すことの出来る目標が必要なんです」
「今までのギルドをそこまでボロクソに言うか」
『安全対策部』の部長が、面白そうに言葉を放つ。
「だって事実でしょう?」
そう返すと、安全対策部の部長は盛大に笑いだした。
「ガッハハハ!お前の生意気な態度は死んでも直らんだろうな?」
「誠実で在りたいと思ってましたよ。少し前まではね?ですが、あまりにも酷い現状にそんなことやめてしまいました」
このギルドを変えていくには生易しいやり方ではダメだと思う。俺は今までみんなの意見を尊重し、みんなが納得出来るやり方を模索してきた。たとえそれが納得いかないものであったとしても、やり方に間違いがなく、導き出される結論が正しいものであったならば、賛同してくれるものと思い込んでいた。それぐらいの意識がみんなにあると思い込んでいたのだ。だが、実際は違う。彼らは納得できなければその意見自体を突っぱね、弁論の余地を与えない程に否定的な反応を見せる。見方を変えれば、俺はみんなになめられているのだろう。
『来たばかり奴に何がわかる?』
『そんな提案は幻想だ』
分かったような言葉を並べて、彼らは真実から目を背けている。しなければいけない事から逃げている。そんな彼らの意識を変えるのは並大抵の事ではない。
一番良い方法は、俺が発言力のある地位を手に入れることだ。人というのはどうしても権力に弱い。どんなにクズでも、権力者の発言にはみんなが耳を傾ける。だから俺もそうなれば良い。だが、それには時間がかかりすぎる。
だったら、俺はみんなになめられないよう強気に振る舞うしかない。有無も言わせない程に彼らを圧倒するしかない。綺麗な言葉など必要ない。ただ、現状を変えるだけの攻撃的な言葉のみが、彼らの心に届くのだろう。
オブラート? 必要ない。
気遣い? つけあがらせるだけだ。
笑顔? やる価値などない。
必要なことは、現状を変える一点のみ。それには、社交的な手段など無意味にも等しい。多少は強引なやり方でなければそれを達成することなど今の時点では無理だと思った。
もう遠慮はしない。したところで、なにかが変わるわけではないのだ。
「そうか。そっちの方が分かりやすくて良いじゃねーか。今までのお前は正直何を考えているのか分からなかった。綺麗にお膳立てされたような言葉ばかりで、お前の真意を理解出来なかった。だが、今のお前は分かりやすいな」
安全対策部の部長は、笑いながらそれを誉めてくれた。彼は言葉に装飾をせず、腹をわって話すタイプの人間だ。だから、今の俺の方が好感を持てるのかもしれないな。
「それは良かった。これからはこのスタイルでいくことにします。それで今回の件ですが、事前に各部長には今後のギルド方針案を考えてきてもらうよう言ってあったはずですが、ちゃんと考えてきましたか?」
「あぁ。考えてきたぞ。ずばり『冒険者と町の人の事を第一に考える』だ」そう言って安全対策部部長は懐からそれを書いた長い紙を広げてみせる。「冒険者ギルドは冒険者と町の人たちのパイプ役になって支援する所だ。そんなのは分かりきったことだが、改めて目標を掲げるっていうならコレだろ?」
安全対策部部長はどや顔を見せる。
「……そんなことをしていたら、このギルドはいずれ潰れてしまいますよ?」
そう言ったのは、『経理部』の部長アレーナさんである。青い髪をかき上げて眼鏡の位置を直すと、彼女は神妙な表情をする。
「なんだと?」
「それは自己犠牲精神の塊ですよ?言葉だけは立派ですが、私たちにだって出来ないことはあります。どちらも第一に考えていったら立ち行かなくなる事もあるのではないですか?」
「全部をやろうって言ってるわけじゃねぇよ。出来る範囲でそれを達成していこうって話だ」
「冒険者と町の人たちの関係は微妙な位置にあります。どちらかを優先させてしまえば、どちらかが必ず損をします。そして、それを行っていくと、ギルド側に負担がかかってしまうと思うのです。現にテプト部長の提案した『依頼義務化』は依頼人である町の人にとっても、最近評判の悪い冒険者たちにとっても、良い改善案ではありましたが、それをするために冒険者管理部には多くの負担がかかっています。これで管理部に倒れられては本末転倒も良いところです。何かを行っていくためには慎重にならなければいけないと私は考えます。だからこそ、安易にそんな言葉を掲げてはいけません」
きっぱりと言い放つアレーナさん。俺はふと思い出した。
「アレーナさん、最近よく管理部室の扉に栄養材が入った布袋が掛かってるんですけど、あれってもしかして……」
「しっ!知りません!」突然アレーナさんは大声を出した。「第一、私は『依頼義務化』には反対していた人間ですよ?そんなことをするはずないじゃないですか!」
そう言って彼女は腕組をした。「あぁ、そういえば、もしも栄養材が一人分しか入っていなかったとしたら、それはたぶんテプトさんの分だと思いますよ?管理部には二人いますけど、もう一人はよくサボってるそうなので」
いや、そこまで聞いてないんですけど。
「おそらくその栄養材を布袋に入れて掛けていった人は、テプトさんに面と向かってそれを渡す勇気がないのかもしれませんね?今まで散々テプトさんに強くあたってきたので、罪悪感で一杯なのかもしれません。まぁ、知りませんけど」
知らない割には詳しく解説してきたな。……あの栄養材、てっきりセリエさんかと思っていた。通りで、それとなくお礼を言っても伝わらなかったはずだ。
「……なんですか?」
沈黙となった会議室で、アレーナさんは眉を寄せてそう言った。どうやらこれ以上は彼女を不機嫌にさせるだけのようだ。
「……アレーナさんの考えてきた方針なんですか?」
すると、アレーナさんも懐から長い紙を出してきた。
「私は『頼りにされる冒険者ギルド』を目指した方が良いと思います」
「ほぅ。それは冒険者と町の人からですかな?」
『営業部』の部長であるハゲが前のめりに聞いた。
「もちろんです。まず、冒険者ギルドが頼りにならなければ町の人たちは依頼を持ってきません。そして冒険者も、ギルドをみかぎってしまえば自分勝手な行動をしかねません。このギルドに必要なのは、圧倒的な英雄像です。そのためにまず『依頼達成率九割以上』、『冒険者生存率向上』を具体的に取り組んでいきたいと思っています」
おぉ……アレーナさんらしい強気な案だな。
「アレーナよ。因みに今の依頼達成率はどれくらいなのじゃ?」
バリザスが言い、それにはアレーナさんではなくハゲが答えた。
「冒険者だけで考えると五割くらいです。実際の数字は管理部のお陰でもっと上ですがね?」
そう言って視線を俺へと向けるハゲ。未達成依頼の事を言っているのだろう。ちなみに、俺が受けた未達成依頼は全て達成してきたから、全体で考えると、ほぼ完璧に近い数字になっているはずだ。
「ちなみに、生存率は高い水準を保っています。アレーナさんの言う向上は厳しいですが、維持ならば出来ると思います」
俺も一応ギルドカードを管理している部署として意見しておく。アレーナさんの発言した数字は一瞬無茶だと思えるが、実際の数字と照らし合わせてみるとそう難しいことではない。ただ、それを敢えて掲げるとなると話は違ってくる。それを目指すということは、冒険者と町の人たちに約束をするようなものだ。もしも、アレーナさんの言ったことを守れたならば、おそらくこのギルドは間違いなく信頼あるギルドとして見られることになる。しかし、守れなかった場合その分失望も大きいのではないだろうか?
「私は今までギルドのためを想いやってきましたが、ただ悪戯に問題をうやむやにしているだけなのだと、そこにいるテプトさんに気づかされました。臆病になっていたのです。ですが、このギルドを見直してみれば、今のお二人の発言にもあった通り他のギルドに負けない結果を出しています。それをみんなに知ってもらい、それ以上の功績をあげるべきです。ここはそれが出来る組織だと私は考えています」
「なるほど。英雄像とはそういうわけじゃな。……しかし『依頼達成率九割以上』とは……むぅ……具体的にどうするつもりじゃ?」
「達成できるよう支援するだけです。現在依頼については、冒険者に任せて終わりになっています。達成できるだけの知識や手段をこちらから提供してはどうでしょうか?」
「しかし無理矢理、達成させようという意識はあまり賛成できんな」
渋い表情をするバリザス。
「別にそういう意識を持てと言っているわけではありません……ギルドマスター、もしかして、五年前の事件をまだ引きずっているのですか?」
アレーナさんの言葉にバリザスはよりいっそう表情を歪めた。どうやら図星らしい。
長くなるので区切ります




