三話 最近の管理部
ギルドへ戻ると、受付嬢のセリエさんが話しかけて来た。ギルドでは冒険者の受付と依頼人の受付時間を区切っている。今は依頼人の受付時間帯であり、それほど混んではいなかった。
「ヒルくんまたサボってたの?」
金髪の髪を揺らし、その青い瞳をヒルに向けるセリエさん。
「はぁ……すぐに掴まってしまいましたが」
頭を掻きながら答えるヒル。
「ほどほどにね?冒険者管理部が大変なのは分かるけど、君がそんなことしてたら、テプトくんが大変でしょ?」
「すいません」
「テプトくんもあまいんじゃない?」
ヒルがセリエさんに責められているのを面白がって見ていると、今度は俺に顔を向けてきた。
「俺ですか?」
「そうよ。あなたがちゃんとしていれば、ヒルくんもサボったりしないんじゃない?」
「……まぁ、サボってるのは事実ですけど、ヒルはよくやってますよ。今日やるべき仕事も終わらせてますし」
「そうなの?」セリエさんは言ってからため息を吐いた。「あなたたちって優秀なのに、どうしてこう…放っておけないのかしら?それとも冒険者管理部ってそういう人が集まるの?」
「……さぁ」
俺は苦笑いするしかなかった。
「まぁ、なんだかんだ楽しそうにやってるから良いけどさ」
「楽しそうですか?」
聞き返すと、セリエさんはニヤリと笑った。
「楽しそうよ?毎回二人で戻ってきたときは、談笑しながら階段上がっていくじゃない」
え……全く気にしてなかった。
「俺は楽しそうなのか?」
ヒルに聞くと、彼は神妙な表情をする。
「どうですかねぇ?……でも、テプトさんが本気で怒ったことはまだ一度もないですね」
思い返してみると確かにそうかもしれない。しかし、怒るほどの事でもないことは事実であり、だからといって楽しそうにしているのかと問われれば怪しいものである。
もしかしたら、俺は誰かと共に同じ仕事をすることを喜んでいたのかもしれない。
だが、仕方ないだろう。今までずっと一人でこなしてきたのだ。
「じゃあ、次からはもっと厳しくやっていきますよ」
「はは……ほどほどにしてくださいよ?」
ヒルが顔をひきつらせた。
「そういえば、明後日の説明会、冒険者は集まりそうですか?」
ふと、気になってセリエさんに聞いてみる。
「あぁ、『依頼義務化』の説明会ね?一応みんなにお知らせの紙は渡してるわよ」
明後日は、このギルドに導入するシステムの説明会を、冒険者に向けて行う。人数が多いため三日間に分けて行い、管理部の大仕事となっていた。
「集まりますかねぇ?」
そう呟くヒル。
「集まるんじゃない?紙を渡したあと、たぶんテプトくんの名前が書いてあるからだと思うけど、みんな『……またあいつか』みたいな一人言を呟いて去っていくもの。感触は悪くないわね。テプトくん、冒険者の人たちにとっても一目置かれてるから」
「僕が来るまでに何をしてたんですか?」
ヒルは呆れていた。
「ちょっとな」
そう軽く返してやる。
「もう準備は終わってるの?」
「はい、ほとんど終わってます」
セリエさんは「そう。頑張ってね?」と言ってくれた。その直後、依頼人が来たので、俺は彼女に軽く頭を下げてその場を後にする。
「あの人も世話焼きですねー」
ヒルの言葉に俺は笑ってしまった。
「それがあの人の良いところだよ。このギルドではあまり他部署への干渉はなくて、みんな淡々と仕事をしている。でも、セリエさんだけはそんなの関係なく話しかけてくれるんだ」
「僕にはテプトさんだけだに思えますけどね?」
「ん?……なにがだ?」
「セリエさんが話しかけてるの」
「ヒルにも話しかけてるだろ?」
「そうですかねー?テプトさんが絡んでるからじゃないですか?」
「そうなのか?まぁ、あの人にはかなり心配かけてるからな」
俺はこのギルドに来てから、俺が良いと思ったことを貫いてきた。その中には反対されることもあって、周りの理解を得られないこともあった。セリエさんはそんな中でいつも俺を心配し、味方になってくれていたのだ。
「そういうことじゃないんですよねー」
ヒルは一人呟いた。彼にもいずれ、セリエさんの良さが分かるだろう。
その日は二人で管理部室に籠り、仕事を片付けた。
ヒルのサボりぐせには困ったものだが、彼は実に有能であることに間違いはないように思う。指示した仕事はほとんど終わらせてしまい当面の仕事である『依頼義務化』の資料づくりも終わらせてしまった。彼には新システムの内容を理解をしてもらわなければならないので、あえて作らせていたのだが、驚くべき作業スピードである。彼が派遣されてきた理由も納得がいった。
「あー。今日も人一倍働きました。明日はお休みで良いですかね?」
「アホか。明日は大事な設営準備があるし、依頼は毎日来るんだぞ?」
「やっぱり……ですか。明日はテプトさん会議があるんでしたっけ?」
「そうだ」
「ということは、明日は全て一人で作業しなきゃいけないんですか」
そう言ってヒルはため息を吐いた。
「安心しろ。会議は昼には終わるから」
「早くしてくださいね?」
明日は会議があり、参加するのはこのギルドにある部署の部長たちと、ギルドマスターである。議題内容は『今後の冒険者ギルドの方針について』。これは俺からの議題案で、各部長には既に伝わっているはずだ。
冒険者ギルドは冒険者を支援するところであるが、それを行っていくため向かうべき目標というものが存在しない。ただただ冒険者を支援するだけの組織であるが故に決められた事しかせず、改善していこうという意識がなかった。それが、このギルドの根本的な問題であると俺は思ったのだ。
「俺がいないからって、くれぐれもサボるなよ?」
「信用ないなぁ。分かってますって」
信用出来なくしたのはお前だろ。俺は半ば呆れつつも、帰り支度をした。




