二話 サボりぐせの部下
タウーレンの町は中心に闘技場があり、その北と南に、貫くように大通りが町の外まで続いている。その通り沿いには多くの店が並び日々賑わいを見せていて、タウーレン冒険者ギルドもその中の一つである。
俺は通りに出ると、『いつものように』、冒険者ギルドの向かいにある店を訪れた。
「何か用かい?」
店の番をしているのは、一人の老婆である。彼女が切り盛りしているのは小さな干物屋で、店の中には魚や肉といった多くの干物がぶら下がっていた。
「ヒルが逃げた。見てないかな?」
「あぁ、見たよ。少し前に歩いて行ったねぇ」
「どっちに?」
「なんか買ってくれたら思い出すかもねぇ」
「はいはい。なんでも良い。銅貨三枚で頼む」
「毎度。南の方だよ」
お婆ちゃんは言いながら、ぶら下がっている干し肉を二つ渡してきた。
それを俺は空間魔法でしまってから、その店を離れた。
「おぉ、テプトの兄ちゃん。今日も逃げられたのか?」
歩いていると、向こうから歩いてきた男に話しかけられた。彼は少し前、ギルドに依頼を持ってきた人だった。普通その依頼は冒険者の仕事であるが、彼らが受けないまま残っていたので、仕方なく俺が引き受けたのである。
「こんにちは。……まぁ、そうなんですよ」
「兄ちゃんも大変だなぁ。そんな奴放っときゃ良いのに」
男はそう言って笑った。
「そういうわけにもいかなくて……」
それに、苦笑しながら答えた。ヒルは大切な冒険者管理部の人材だ。今後ものためにも、仕事は覚えてもらわなければならない。
「まぁ、いろいろあるんだな?あいつならさっき見かけたぜ。向こうの雑貨屋にいたな」
どうやら男は、俺に情報をくれるために話しかけてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「なに、俺は面白がってるだけさ」
それから、俺は雑貨屋に向かった。
「あぁ、来たよ。一番安い釣りざおを買っていったな。どこで釣りするのか聞いたら、『この近く』って答えてたよ」
雑貨屋で聞くと、店の主人はそう言って笑った。
「この近くで魚釣りするところなんかないのにな?」
俺は主人にお礼を言って店を出る。
ヒルは、毎回毎回仕事をサボって町をうろついていた。その度に連れ戻すのだが、最初はかなり苦労した。なにせ、タウーレンの町はなかなかに広い。その中から一人の人間を見つけ出すのは、そう簡単な事ではないのだ。しかし、回数を重ねるごとに捜索は楽になっていった。
町の人たちが、俺に教えてくれるのである。
彼らは、俺が依頼を引き受けた依頼人たちであり、その過程で仲良くなった人ばかりだ。そして引き受けた依頼の数は、もはや受けた俺でさえ把握出来ていない。協力者はこの町の何処にでもいて、聞けばヒルの居場所を快く教えてくれた。
まぁ、それが問題となり、俺はギルドで新しいシステムを導入し、それに伴ってヒルがやって来た。なんとも不思議なことである。
この近くで魚釣りが出来る場所は、確かに存在しない。が、川ならあった。まさかとは思いつつもその川沿いを歩いていると、橙色の髪をした青年が、川の縁で釣りざおを垂らしているのを見つけた。
ヒル・ウィレンだった。
「魚は釣れるのか?」
「いえ、全く釣れま……なんだ、テプトさんじゃないですか」
ヒルは振り返ってから、残念そうな表情をした。
「あーあ。昼休憩も終わりですね。というかテプトさん、僕を見つけるの早くなってますねぇ」
「お前の居場所はすぐに分かる。まさか、こんなところで釣りしてるとは思わなかったけどな。ここは用水路だぞ?魚なんて釣れるわけないだろ」
ヒルが糸を垂らしている川は、水が流れているだけの少し大きな掘りである。川と呼べなくもないほど大きな用水路だが、これをそう呼ぶものはいないだろう。
「釣れなくて良いんですよ。もしも釣れたなら、それはそれで良いじゃないですか」
「問題なのは、魚がいないところで釣りをしていることじゃなく、仕事をサボって釣りをしているお前なんだけどな?」
そう言うと、ヒルはため息を吐いた。
「仕事の量が多いんですよ。未達成依頼だけでも大変なのに、ギルドカードのチェックと、『依頼義務化』の書類作成、それに加えて『称号制度』の書類や他部署との打ち合わせ……こんなの僕とテプトさんで出来る量を越えてます」
「だから、人員増員を本部に申し出たんだ。そしたら、ヒルが来た。文句なら本部に言ってくれ」
「なんでこんなことに……というか、経緯を聞いたらほとんどテプトさんが持ち上げた仕事ばかりですよね?なぜ、冒険者管理部には一人しかいないのにこんな無茶ばかりしたんです?」
その言葉に少し考え「成り行きだな」、そう答える。それに、ヒルは再びため息を吐いた。
「仕事なんて釣りと一緒ですよ。こうやって糸を垂らして、あとはのんびり待つだけです。魚が食いついた時だけ働けば良いんです。テプトさんは自ら魚を獲りに行くから後の処理が大変になるんですよ」
それは正直、真実を言い得ているかもしれない。
「しょうがないだろ?でも諦めろ。その例えで言うなら、ヒルは俺が獲った魚なんだからな」
「なるほど、僕はあなたが獲った魚でしたか。なら、ちゃんとお世話してくださいよ?水槽の水を変えたり、餌をやったり、僕が死ぬことのないようにしてくださいね?」
「大げさだな」
「テプトさんが、おかしいだけですよ。冒険者管理部に配属されてまだ一ヶ月経ってないですが、よく分かりました」
「もうたっぷり休んだだろ?ギルドに帰るぞ」
「分かりましたよ」
そう言ってヒルは釣糸を引き上げた。
「え?なんで釣り針に餌がついてないんだ?」
彼が引き上げた糸の先には、光る釣り針があるだけで、餌らしき物はなにもなかった。
「なんでって、餌なんかつけたら魚が食いついてきちゃうかもしれないじゃないですか」
こいつ、何を言っているんだ?
「それじゃ釣りにならないだろ」
「良いんですよ。最初から釣り上げる気なんて無いんですから」
そう言って、狐のような細目をさらに細くしてヒルは笑った。
「お前のサボりは筋金入りだな」
「誉めていただいて光栄です」
誉めてないからな。
俺は手の焼ける部下と共に、ギルドへと戻った。




