一話 一通の手紙
『テプト・セッテンへ
元気?……そんなわけないか。だってタウーレンの冒険者ギルドで働いてるんだもんね?最近そこの「冒険者管理部」について先輩から教えてもらったんだけど、一人しかいないって本当?すごいじゃん、そんな所を任せてもらえるなんて。さすが私ら607期生きっての星、テプト・セッテンね。思わず笑っちゃった。
で、本題なんだけど、ギルド学校卒業してそろそろみんな仕事に慣れてきた頃じゃない?ここいらで仲良かったメンバーで集まろうと思うの。それで都合がつく時を教えてもらおうかと思ったんだけど、よくよく考えたらテプトは魔法で瞬間転移使えるのよね?だから時間と場所だけ連絡するから来れたら来てね?
あと、私の近況も少しだけ書いとく。知っての通り私はラント冒険者ギルドの営業部になったんだけど、思ってたよりも冒険者の人達が優しくて安心してる。最悪なのは教育係の人。なんか私の方が冒険者に人気があるみたいなんだけど、それが妬ましいのか、ちょっとでもミスするとすごい怒ってくるのよ。これって理不尽じゃない?まぁ、それも昨日で終わってやっと一人で受付やってるわ。そっちは最初から一人らしいから、気が楽なんじゃない?まぁ、その話は会ったときに詳しく教えてね?
それと、冒険者の中で凄い人がいるの。女性の冒険者なんだけど、依頼された仕事を確実にこなしてきて、美人でしかも強いのよ。ランクはCなんだけど、なーんか実力を隠してるって感じなのよね?クールであまり喋らないから謎が多くて、すごい気になってる。そっちにもそんな冒険者いるのかしら?
最近ラントでは塩の値段が高騰してて、岩塩採取の依頼が商人ギルドから毎日山のように来るのよね。それで気づいたんだけど、依頼内容とかで世間の事を調べたら情報屋としてやっていけるんじゃないかしら?やらないけどさ。
書きたいことはたくさんあるけど、それも会ったときのお楽しみにということで。ちゃんと来なさいよ?タウーレンは、他の町とは離れてるから他の同期の事も知らないんでしょ?アスミヤも久しぶりにテプトと会いたがってたわよ。本人は隠してるけどね?
追伸。テプトが冒険者してた時の資料が残ってたので見させてもらいました。結構いろんなことしてたのね?その中で面白いもの見つけちゃった。他の同期にばらされたくなかったら絶対に来ること。また連絡します。
ニーナ』
「うっ……うぜぇ」
それは、タウーレン冒険者ギルドの『冒険者管理部』宛てに送られてきた一通の手紙だった。何かと思い開封すると、ギルド学校時代の同期からだった。そいつとは仲良くしたつもりはなかったのだが、どうやら向こうは違うらしい。親しいならば礼儀など不要だと言わんばかりの文章からは、ギルド学校時代の彼女そのまんまの印象を受ける。
まぁ、卒業してからまだ三ヶ月だもんな。
そんな短期間に人が変われるなら、誰も苦労などしない。手紙の送り主の名前は『ニーナ』といい、何かと俺に突っかかってくる女性だった。それは手紙であっても同じなようで、文章の所々に散りばめられた彼女の高き自尊心が、俺の気持ちをチクチクと攻撃してくる。痛くはないのだが、単に鬱陶しいのだ。
ニーナはこの三ヶ月、どうやら教育係の人について仕事をしていたようだ。普通はそうなんだがなぁ。
タウーレン冒険者ギルドの『冒険者管理部』は、俺が配属された部署であるが他の職員はおらず、全ての仕事を俺一人でこなさなければならなかった。しかも冒険者には嫌われており、弛むことのない嫌がらせの痕跡は『冒険者管理部室内』の至る所で見られ、それは代々この部署へと配属された人々の戦いの後でもあり、程なくして俺も、不本意ながらその戦いへと参戦することとなる。
しかし、ギルド内に味方という味方はなく、孤軍奮闘を強いられた俺は、その過程の中でギルド改革を決意した。
そんな三ヶ月だった。その間、同じくして各ギルドへと散っていった学友たちの事など考える暇はなく、今にしてこの手紙が送られてきたということは、彼女もそうだったのだろう。
ニーナは誰よりも負けず嫌いだった。だから、必死で仕事をこなしていたのだろう。その反動が、この手紙にはよく表れていた。
俺はその手紙を管理部室内にある机の引き出しにしまう。
「ニーナのそういう所は素直に尊敬できるんだよなぁ。……うちの奴にも見習わせたいよ」
そして、この部屋に置かれたもう一つの机に視線を向ける。真新しいその机は、この部屋に未だ馴染んでおらず、そこに座るはずの主人の帰りを今か今かと待っている。その主人には俺が二時間ほど前に、とある仕事を任せたのだが、部屋に帰ってきたときは既に姿がなかった。
俺は立ち上がると、先程戻ってきたばかりの管理部室を出る。
今から、そいつを連れ戻しに行くのである。そいつは、俺が一ヶ月前に提案した新システム導入に伴い派遣されてきた二人目の冒険者管理部員なのだが、困ったことにサボり癖があるせいで、何度もタウーレンの町を舞台にした追いかけっこを繰り広げてきた。
もう何回目になるのか分からない。
「はぁ……これも上司の勤めだっていうのか?」
管理部は一人しか居なかったため、なぜか部長という役職が俺には付いている。名ばかりの役職ではあるものの、付いたからには責任を持たなければいけないと思う。
そいつの名は『ヒル・ウィレン』。
彼を連れ戻すため、俺はタウーレンの町に繰り出した。




