九十二話 ソフィアの決意
「どういうことだ?」
ソフィアに問いかけるカウルの表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「カウル……ごめんなさい。でも、もう決めたことなの」
「まだ復讐を諦めてないのか?」
それに彼女は首を振った。
「そのことは吹っ切れたわけじゃないけど、カウルが止めてくれたから復讐はしない」
「なら、なぜだ?」
「私…やりたいことが見つかったの」
そう言って笑顔を見せるソフィア。
「やりたいこと?」
「えぇ。私、王都のギルド学校へ行ってギルド職員になるわ」
それは衝撃の告白だった。
「待て待て!どういうことだ?」
思わず問いかけてしまう。だってギルド職員だぞ?こいつ、今の会議見てなかったのか?
「テプトさんのお陰です。今の会議を見ていてより気持ちが強くなりました」
今の会議で気持ちが強くなった?
「もしかしたら、もっと上のランクを目指せるかもしれないんだぞ?」
「私は、確かに上のランクを目指してましたが、それは『幸福のペンダント』を手に入れるための手段に過ぎません。それに、私には冒険者は向いていない気がします」
それは後ろ向きな発言ではあったが、彼女の表情はとても晴れ晴れとしていた。
「カウルはどうするんだ?」
「カウルは……」それからソフィアはカウルに向き直った。「カウルには、冒険者を続けてほしい。あなたはもっと上にいけると思う」
「俺がついていかなくて良いのか?」
「なによそれ?まるで私の保護者みたいな言い方ね」
「心配だ。もしかしたらそれを口実にして、復讐をしようとしているのかもしれないと俺は考えてる」
「それは大丈夫。でも、詳しく調べようとは思ってるわ。もし、本当の真相を知ってしまったとき、もしかしたら私は私でいられなくなるかもしれない。その時は駆けつけてもう一度私を止めてくれる?」
「お前がそれを望むなら」
「ありがとう」
それから再びソフィアは俺に視線を向けた。
「今まで私の生きる希望は、復讐と呪いを解くことだけでした。でも、私たちを救ってくれたテプトさんは、私なんかよりもずっと強い人で、私たちだけじゃなく、いろんな人のことを考えてるんだなぁと、今の会議で分かったんです。私はギルド職員になりたいんじゃなく、あなたのようになりたいのかもしれません」
その言葉はとても嬉しかったが、複雑な気持ちもある。
「言っておくが、俺みたいにならない方が良い。俺は空回りばかりの人生を歩んできた。何度馬鹿をやってきたか分からない」
「全くだ。しかもギルド改革まで宣言しやがって……前々から思っていたが、手に負えん!」
安部の部長が大声をあげた。
「そうですね。私からも、彼を目指すのは危険だと言っておきます」
アレーナさんは冷静にそれを口にする。
「私はとても良いことだと思いますよ?それに、もしもあなたがいつかこのギルドの営業部に来れば、すぐに人気受付嬢になれます」
おいハゲ、怪しい勧誘は止めろ。
「……さすがはテプトさんですね…クックック」
ローブ野郎は何を言っているんだ?
「テプトさんを見ていると、そんなことに人生を費やしてきた私でも、何か出来ることがあるかもしれない……そう思えたんです」
「決意は固いのか?」
「はい」
「うーん……。正直、お勧めはしない。こんな職業を選ばなくても、ソフィアなら他の分野でも活躍できると思うぞ?」
途端に、ソフィアが吹き出した。
なんだ?
「それをテプトさんが言いますか?カウルよりも強くて、魔法も使えて、魔物も使役していて、何だって出来てしまうあなたが」
それは……。痛いところを突いてくるな。
「どうして、テプトさんはギルド職員になろうと思ったんですか?」
その問いかけに、俺はいつも通りの答えを言おうとした。
『万能型だからだ』
しかし、それは言い訳に過ぎないのかもしれないと不意に思った。
世界の常識に理由を委ねて諦めてしまった俺は、どこかでそれを否定しようとしていたのかもしれない。
今ならわかる。
だから、俺はこう答えてやった。
「俺には、ギルド職員しかないと勘違いしていたんだ」
「ふーん。もしかしたら、今の私も勘違いしてますかね?」
「間違いなくしてる」
「即答ですか?ちょっとは否定してくださいよ」
「事実だからな。俺にギルド職員を勧めてきた職員がいたんだが、俺は逆に止めておけと言ってやる。苦労ばっかりだ」
「それでも私はギルド職員になりますよ」
「何を言っても無駄なようだな?」
「はい」
「じゃあ、ランクの話は無しでいいのかしら?」
ミーネさんが言った。
「はい、それで大丈夫です」
「そう……ならこれにて会議は終了するわ。テプト部長は『称号制度』について、話があるから後でギルドマスターの部屋まで来なさい」
「わかりました」
「ついでに、このギルドをどう改革していこうと思っているのかも聞きたいわね?」
「わかりました」
「じゃあ、終わり。ヒルくんの事もお願いね?テプト部長」
「……わかりました」
「いやぁ、こんな人が僕の上司だなんて勿体無いですねー」
頭をかきながら、笑顔で近づいてくるヒル。
「お手柔らかにお願いしますね?出来れば、あまり仕事はしたくないので」
まずはこいつの教育からしなければいけないかな?教えてやるよ。ここの『冒険者管理部』がどれだけ忙しいかを。
こうして、会議は終わった。
~~~~
ソフィアが王都へと旅立つ日、俺はヒルの教育と仕事に忙しくて、見送りに行くことが出来なかった。だが、彼女がギルド職員を目指すのなら、またどこかで会えるだろう。
「本当にこれで良かったのか?」
ギルドで見かけたカウルにそう問いかけると、彼は「なんのことだ?」と、不思議そうな顔をした。
「ソフィアだよ。お前、好きなんだろ?」
「……あぁ」
真面目に答えるカウルに、ちょっとは照れろよと言いたくなった。
「だが、あいつが自分で決めたことだ。今度はその理由に納得出来たからな」
淡々と言うものの、どこか彼は悲しそうでもあった。
「ほんと、お前不器用なんだな?」
「……分かっている」
「そういえば、ランク試験の事忘れるなよ?ちゃんと申し込んでおくんだぞ?」
「大丈夫だ。ソフィアと約束したからな。それに俺はもっと上を目指す」
カウルならいけるだろう。それほどのセンスと実力を持っている。
しかし彼が試験を受ける場合、Aランクであるため、模擬戦闘要員がいない。バリザスは前科があるため、信用していない。
俺はーーーやはり試験官として戦いを見るべきだろう。
となると、行方不明のAランク冒険者を捜さなければいけないな。
やってもやっても問題が出てくる。他の職業もこんなものなのだろうか?
いや、絶対に違う気がする。
なにはともあれ、俺はギルド職員として働いている。それが良いことなのかどうかはよく分からない。ただ、俺は一つの答えを見つけられた。
それは今後の人生において、間違いなく俺を刺激してくるものであり、もしかしたら、別の答えが見つかるのかもしれない。
本当に、人生というものは予測がつかない。だが、なにか一つでも答えを得た者はそれらを乗り越えていける。
大切なのは才能ではなく、どう考えて生きるかだ。
カウルとの会話を終えて管理部の部屋に戻ると、そこにいるはずのヒルの姿はなかった。
机には、『依頼義務化』のために必要となってくる書類が、中途半端に置かれていた。
「……また逃げたな」
ヒルは最近よく逃げるようになった。仕事が出来ないわけじゃない。彼にはサボりぐせがあった。
「仕方ないな。何度連れ戻せば、無駄な抵抗だと気づくんだ?」
俺は、ガラスのない窓から飛び出した。空はよく晴れていて、そこから見えるタウーレンの町は、とても穏やかに見えた。
これにて、一章が終了となります。
活動報告にて「一章完結に際して」という題目でお礼の言葉や、この作品を書くキッカケ等を掲載させていただきました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
二章も引き続き読んでくださる方は今後ともよろしくお願いします。
ナヤカ




