八十九話 会議その二
ミーネさんの咳払いをすると、会議室内の視線は彼女に集まった。バリザスへの説明も終わり、場の荒れた雰囲気にミーネさんがようやく気付いたのだ。こういうところを見ると、実質各部長達をまとめているのがミーネさんなのだと分かる。
「どうやら皆揃ったようね?」
ミーネさんはローブ野郎に視線をおくる。ローブ野郎は蛇に睨まれた蛙のごとく表情を固くした。
「クックッ……すいませんでした」
少しの間を空けて謝るローブ野郎。
ミーネさんは、どんなギルド職員にも公平に斬り込んでいく。そして、相手が非を認めるまでプレッシャーを与え続ける。プレッシャーをかけられたギルド職員はそこで、謝るか言い返すかの選択肢を迫られるわけなのだが、大抵ミーネさんには皆謝っていた。単に彼女が怖い、ということもあるだろうが、ミーネさんが正しい意見を言っている、という事の方が理由として大きい気がした。
「そういえば、前回の会議で言ったことは守っているかしら?企画部部長」
「クックックッ……召喚部屋には鍵をかけて入っていませんよ」
「なら良いわ」
さらにミーネさんは、こうやって追い討ちをかける。そして、相手の意見に納得出来た場合、急に責めることを止めるのだ。そこら辺はさすがとしか言いようがない。事実、ローブ野郎は安堵の息をつき、周りもミーネさんが引いた事に安堵の息をついていた。もちろん俺もその一人に数えられる。
ミーネさんがそれを意図してやっているのかどうかは分からない。だが、彼女からは誰からも好かれる必要はないといった孤高の強さを感じる。
こんな人がなぜバリザスの秘書をやっているのか疑問ではあるものの、もしかしたらバリザスから聞いた八年前の事件が彼女を変えたのかもしれない。そんなことを推察してみた。
「それじゃあ、ここで彼を紹介しておくわね?ヒル」
呼ばれたヒルはミーネさんの横に立った。
「『依頼義務化』により管理部の仕事が忙しくなることを想定して、新しく本部から派遣された人員よ。ヒル・ウィレン、元は『監視部』の副部長で優秀だと聞いているわ。期待してるわよ?」
言われたヒルは苦笑いをしながら頭をかいた。
「期待されるのは苦手なんですけどね。一つよろしくお願いします」
「仕事の事はテプト部長に任せるわね?」
言われて俺は「わかりました」と返事をする。
「こんなとこね。下がって良いわよ」
あっけなく終了する紹介。俺の時はそんなのも無かったのだから、羨ましいかぎりだ。
「クックッ……とうとうあなたも部下付きとなったわけですか」
ローブ野郎がこっそり話しかけてきた。
「一人だけですけどね?そういえば企画部にはいないんですか?」
「兵士団が私の部下ということになっています。数は三百人、そう考えると、私が一番部下を従えているのですよ…クックッ」
そういうことか。
「本来はここで解散のつもりだったのだけれど、テプト部長から提案があるらしいのでこのまま続けます。テプト部長、良いかしら?」
ようやくか。ミーネさんの言葉の後に俺は立ち上がると、脇に置いてある書類を手に取り、それを皆にに配った。
「ランク外侵入における新たな対策案?」
書類を読み上げたミーネさんは首を傾げた。
「実はミーネさんがギルドを出立した日、ダンジョンでランク外侵入の報告を受けました。彼等は俺が救出に向かい無事でしたが、今後このようなことがないよう対策案を考えてきました」
「あなたが一人でダンジョンに行ったの?」
険しい表情をするミーネさん。
「緊急の事だったので、仕方なく……反省はしてます」
「その話は既に済んでおる」
バリザスの発言に周囲が一瞬ざわついた。
「ギルドマスターは知っていたのですね?」
ミーネさんの言葉にバリザスは頷いた。
「奴を呼び事情も聞いた。ギルド職員がダンジョンに単独で潜るなど前代未聞のことじゃが、奴にはその実力があるようじゃ。規定にも、ギルド職員がダンジョンに入ることは禁じられておらぬ。それよりもランク外侵入の対策について話を進めよ」
「ギルドマスターが、そこまでおっしゃるのなら」
ミーネさんは引き下がった。バリザスは俺を助けようとしたわけじゃなく、早く対策案を聞きたいのだろう。
「では、ランク外侵入の原因からお話しますーー」
俺は、ランク外侵入をしてしまった冒険者を、ランクのみで記した書類を見るよう皆に促す。一番多いのはBランクで、ランク外侵入をする前、彼等はパーティを解散していることも書類には記載した。
「今回のランク外侵入も、その例に数えられます。今まではパーティで潜っていた階層に、パーティの条件を満たさないまま入ってしまったためランク外侵入となってしまいました」
「一つ良いですか?」手を挙げたのはアレーナさんだった。「今まで入ったことがある階層とはいえ、危険を伴うダンジョンで冒険者がそんなことを安易にしてしまうのですか?」
「ランク外侵入をしてしまった冒険者全員に聞き取り調査を行ったわけではないので、明確な理由は不明です。ですが決して安易にランク外侵入をしたわけではないと思います。その理由として、パーティ解散後にランク外侵入をするまで、期間はどれも半年ほど空いています。おそらくこの期間、彼等はパーティメンバーを捜していたのだと考えられます。しかしメンバーが見つからずランク外侵入をしてしまった」
「ランク外侵入をするしかなかった、と?」
アレーナさんの言葉に頷く。
「そう考えるのが自然だと思います。もしもその半年間の内で彼等がパーティを組むことが出来ていたなら、ランク外侵入は起こらなかったと思います。では、なぜパーティを組むことが出来なかったのか?まぁ、これには様々な理由が考えられます。それを一つ一つあげて、その全てを解消するのは無理があります。だから、『パーティを組めない原因をどうにかする』のではなく、『パーティを組みやすいように冒険者を支援する』方が建設的であると考えました。そのための対策案が『称号制度』です」
皆が書類をめくり、『称号』について記載されたページを読み始めた。俺はしばらく待つ。やがて読み終えた者達は唸りながらそれぞれ考えを巡らせ始める。そのタイミングで俺は説明を始めた。
「この『称号』を冒険者が得ることによって、彼等はこれをパーティを組む材料として使うことが出来ます。有益な『称号』を持つ者なら、パーティメンバーとして迎え入れられます。もしかしたらパーティのリーダー自らスカウトするかもしれません。多岐にわたる『称号』を用意し、冒険者がそれを得ることが出来れば、彼等自身何が得意で、パーティに加わった時にどんなメリットがあるのかを明確にすることが出来ます」
「『称号』を得られない冒険者はどうするんだ?」
安部の部長が聞いてきた。
「どうすることも出来ません。これはパーティを組みやすくするための支援であり、救済措置ではありません。あとは冒険者に頑張ってもらうほかありません」
安部の部長は険しい表情をした。
「もしも『称号』を得られなかったら、冒険者ギルドから冒険者としての素質を否定されるようなもんだ。それを分かっててやるのか?」
「そんなことで諦めるなら、それまでの者だったということです」
その言葉には安部の部長だけでなく、各部長も反応を示した。
「勘違いしていませんか?ここは冒険者ギルド、冒険者を支援するためだけの所です。彼等が命がけで冒険者を続ける限り、ここはそれを全力で支援しなければいけない。諦める者達を気遣って、頑張っている者達をないがしろにすることだけはしてはいけないんですよ」
「実力主義というわけか」
「元来、冒険者の世界は実力主義ですよ。それを決めるのは純然たる『強さ』でした。それだけではなく、冒険者として認められる範囲を広げようというのが、この提案の目的です」
「お前こそ何を言うておる?冒険者は『強さ』こそ全てじゃ。だからこそ『強さ』に応じたランク分けを行い、強き者だけが上にあがるのじゃ。冒険者は魔物と戦うことを宿命づけられておる。戦いに『強さ』以外の何を必要とする?」
バリザスが反論の異を唱えた。
「俺はそうは思いません。戦いとは、剣を振るうことだけが全てじゃない。剣を握るものを援護し、助けとなる者もまた、同じように戦っていると考えます。広い目で見れば、ギルド職員も魔物と戦う一員だということです。その意識がこのギルドには全く無い。魔物と戦うことを、冒険者の宿命だと押し付けて、傍観者に浸っているこの状況下こそが問題なんですよ」
「俺達に戦っている意志がないだと?よくぞそんな口がきけたな?」
安部の部長が怒りをあらわにした。
「同感ですね。今の言葉は撤回してください。確かに私は剣を握ることが出来ませんが、その意識だけはあるつもりです」
アレーナさんも鋭い視線をおくってきた。ふーん、そのくらいの事は考えているんだな。
「失礼しました。全く無いというのは言い過ぎました。ですが、全然足りてないんですよ。だから問題が起きる。起きてもあれこれと言い訳をつけて放置する。放置された者は不満を持ちながらも、その言い訳に無理矢理納得するしかない。俺にはこのギルドがとても危うく見えますよ」
「問題を起こしているのはテプト部長、あなたではないの?」
ミーネさんの言葉に、俺は膝から崩れ落ちそうになった。なにを言っているんだ?
「あぁ、ごめんなさい。言い過ぎたわね?訂正するわ。別に問題を起こしているのはあなたではないわ。ただ、あなたの言い分に疑問が残るのは確かよ」その言葉に俺は反論しようとしたが、ミーネさんはそれをさせてくれなかった。「この世界では魔物と戦える者は魔力を持つ者だけ。彼等は魔物と戦うことを宿命づけられているの。それに喜ぶ者もいれば、悲しむ者だっているわ。その中で剣を取った者を冒険者と呼び、冒険者ギルドが支援をするのよ。あなたがさっき言ったように、広い目で見れば私達も戦っている一員よ。それでも、彼等と私達には大きな壁があるの。それは、生まれたときには既にあった壁。それがあるから、私達は自分の領分を知ることが出来るし、諦めだってつく。これは当然のことなの」
「……当然」
「あなたは冒険者をしていたから、彼等の気持ちがよく分かるのかもしれないわね?でも、これだけは覚えておいて。ギルド職員の中には、冒険者になりたくてもなれなかった者達がいるのよ」
気がつけば、皆ジッと俺の事を見ていた。その視線からは様々な想いを感じる。なぜだか、ローブ野郎はニヤついている気がした。
「私達は傍観者をしているつもりはないわ。そう見えるのなら、あなたが前に出すぎているだけよ。振り返ってよく見なさい。ここにいる者達はそんなにも無責任な者達かしら?」
いきなり冷水を浴びせられた気分だった。
「テプトさん、先程あなたは言い訳を押し付けていると言いましたね?」見れば、アレーナさんが少し困ったような表情をしていた。「私は言い訳だなんて思ったことはありません。それこそが事実であると思っているからです。テプトさんの言葉を聞いていると、どうも私達とは根本的に違う考えがあるように思います。あなたはこのギルドを、どうしたいのですか?」
俺がどうしたいか?
「クックックッ……テプトさん、熱くなりすぎたようですね?前回は私でしたが、今回はあなたというわけですか…クックッ」
ローブ野郎が嬉しそうに言った。だからニヤついてたのか。
「残念ね?それは少し違うわよ」ミーネさんが言った。「前回、あなたは熱くなりすぎて、自分の提案をダメにしたと思っているのでしょうけど、あれはもともと可決されるような提案ではなかったわ」
「ぐっ!?」
ローブ野郎に、ダメージが入ったのが分かった。
「でも今回は違う。提案自体はよく考えられているし、別におかしな所は見受けられないわ。ただ、それとは別にテプト部長の考えが分からないのよ。彼は問題を解決しようとするだけではなく、私には考えも及ばない何かを変えようとしているように思えるわ。そうなんでしょう?」
最後の言葉は、ローブ野郎ではなく、俺に投げ掛けられた言葉だった。
……俺がやろうとしていること。
「このタウーレン冒険者ギルドは組織よ。皆が同じ方向を目指して仕事をしているわ。だから一人では為し得ないことも皆で成し遂げてきたの。そんな中であなたは皆とは違う方向を向いている気がするわ。まぁ、それはテプト部長だけではないけれど……ね?企画部部長?」
「ぐふっ!?」
「組織として、それは致命的な事だと私は思っているわ。でも、不思議なことに、今までの事を見ているとテプト部長が間違っているとも言い切れないのよね?私達は同じギルド職員として足並みを揃えるべきだし、その方向が間違っているなら揃え直すべきだとも思うわ。だから教えて欲しいのよ。テプト部長が何を思っているのか」
それから、会議室内に沈黙が訪れた。皆、俺の言葉を待っているのだ。
まさかこんな形で発言をすることになろうとは夢にも思わなかった。
口を開きかけた時、脳裏に『もしも理解が得られなかったら?』という囁きが浮かぶ。言葉が喉に詰まり、目眩を感じる。と、同時に笑ってしまいそうにもなった。
自分がどうしたいかなど、この世界で他人に言ったことがない。俺は神様から貰った能力でやりたいことをやってきたし、出来ないなら諦めていた。それが、間違いだったのだと気付いて抗う事を決めた。だが、もしかしたら皆が理解してくれるかもしれないという局面になって、今更俺は臆病になってしまっているのだ。
それでも、言わなければいけないのだろう。言葉にしなければ伝わらない。これは、明らかに俺一人ではどうにもならない事なのだ。
それがようやく分かった。
「俺はーーー」
その時、会議室の扉が、ノックもなく勢いよく開いた。




