八十八話 会議その一
会議直前、エルドが冒険者管理部の部屋の前にいた。
「これからか?」
これからとは、おそらく会議のことだろう。
「そうです」
「そうか、頑張れよ。俺は出席出来ないから、何もしてやれんが」
「対策案を一緒に考えてくれたじゃないですか」
「結局、お前が殆んど決めちまったがな?ランク見直しの依頼も、間に合わなかったしな?」
自嘲気味に笑うエルド。その表情からは疲れが見えた。
「なぁ、テプト」
「なんですか?」
「俺はお前に酷いことを言っちまった。お前が闘技場に冒険者を参加させると言った時、お前を殴ろうと思った」
知ってるよ。
「冒険者ギルドは、冒険者を守るのが役目だ。タウーレン冒険者ギルドのマークでも、それを示してる」
タウーレン冒険者ギルドのマークは、剣の前に盾が描かれている。剣が冒険者を指し、盾がギルドを指している。意味は、冒険者を守るところ。
「だから、あらゆる危険から冒険者を守らなくちゃいけない。その可能性の芽を潰さなければいけない、そう思ってた。だから、お前のやってることはそれに反してるように見えて、俺は怒っちまったんだ」
力なくエルドは笑った。
「安全対策部はそういう事を考える部署です。俺は気にしてません」
「そうやって割りきってるところはすごいと思うよ。俺は根っからの仕事人間だ。そして自分の部署での仕事だけを誇りにやってきた。他部署なんかよりもずっと冒険者の事を考えてきた自信もあったんだ。もちろん、冒険者だけじゃなく町の人達の事もだけどな?本当は、お前に嫉妬していたのかもしれない。パッと出の新人に冒険者の何が分かる?そう思っていたんだ。だが、あの署名を目にした時それが崩れちまった。そして、この数日お前と対策案を考えてて思ったよ。俺なんかよりも、ずっとお前の方がギルド職員に相応しいって。……本当にすまなかった」
そう言ってエルドは頭を下げた。いつも自信を持っている彼らしくない態度と言葉に、俺はなんて言えば良いかしばらく分からなかった。
「そんなことないですよ」
ようやく出てきた言葉は、たぶん俺から言われても嬉しくないであろう一言。
「いや、気遣いはやめてくれ。これは俺の素直な感想なんだ。別に勝負をしてるわけじゃない。ただ、お前の方が冒険者にとって良い結果を残してるって話だ。俺は何か思っても、行動に移すことはなかった。目の前の仕事をこなすことが、最も良いことだと思っていた。そのことに、なんの疑問も感じなかったんだ。だがお前は違う。ちゃんと何が大切かを考えてるし、そのためにあらゆる手を尽くしてる。上司に歯向かって、自分の首を締めたりもしてるが、全て冒険者のためにやってた事だ。仕事に向き合うとは、こういうことなのかもしれないと考えさせられたよ」
エルドは俺を過大評価している。俺は割りきってなどいない。割りきっていたなら、もっと上手く立ち回っていたはずだ。それをしなかったのは、俺自信を納得させるためだ。冒険者の事を考えていると言い聞かせながら、俺は私情を仕事に持ち込んだのだ。
「湿っぽくなっちまったが、何が言いたいのかというと、お前は凄いってことだ。そんな凄いやつが真剣に考えた対策案が、通らないはずはない」
そして最後に満面の笑みを見せるエルド。そこには、いつも通りの彼の表情があった。
「頑張れよ」
それから、拳を軽く振り上げた。
「任せて下さい」
対して俺は、それだけを口にした。彼は弱音を吐くタイプではないし、きっとそういう面を人に見せるのを嫌う人間だ。ここはそれだけで良い。
エルドは安全対策部へと戻っていった。俺は部屋に入ると、昨日なんとか彼と共に作り上げた書類の束を抱える。時間が無かったせいで、かなり粗削りのものだが、俺一人では絶対につくれなかった物だ。エルドはあんな風に言っていたが、彼の功績は大きい。彼が考えた事もこの中には入っていて、そこには彼なりの考え方も大きく反映されている。
これが会議で通るか通らないかは俺の手腕にかかっている。そして、通らなかった場合は、俺のギルド職員生命が危うくなってしまう。
不安を押し殺して、会議の事だけに集中する。
頃合いになってから、冒険者管理部を出た。会議室には、ローブ野郎以外の各部長達が既に集まっていて、あとはバリザスとミーネさんを待つだけである。彼等はすぐに会議室に入ってきた。その後ろには、ヒルの姿もある。バリザスは一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を戻した。堂々としたその姿は、まるで真っ当なギルドマスターのようじゃないか。
「少し早いけど、始めるわね」
ミーネさんが、前回同様の位置に立ち、バリザスが椅子に座る。ヒルは、隅の方に立った。
「それでは会議を始めます。今回の内容は『依頼義務化』についてなのだけど、先程ギルドマスターから聞いたら、テプト部長から『ランク外侵入』に対する対策案があるらしいわ。間違いないかしら?テプト部長」
会議室内の視線が、一気に俺に向けられた。
「はい、後程提案させていただきます」
ミーネさんが、ため息を吐いた。
「あなたは、少しでもおとなしくする事が出来ない人のようね?」
「このギルドが、それを許してくれませんから」
自嘲気味に笑いながらそれに答える。
「まぁ、良いわ。先に『依頼義務化』についての説明をします」
それから、ミーネさんは話し始めた。
「まず、『依頼義務化』の内容については、前回テプト部長の提案通りで承認をいただきました。その際に、未達成依頼の報酬について指摘があり、今度行われる本部での報告では、その額を漏れなく報告書に記載するようにとの事です。アレーナ部長、良いですか?」
「分かりました」
「次に『冒険者管理部』の新たな作業内容は、冒険者が期間内に依頼を受けたことをチェックすることです。これは、『営業部』と連携して行うこととします。チェックするのは、冒険者が受けた依頼内容、日にち及び、その依頼を達成したかどうか。方法は『冒険者管理部』と『営業部』で話し合って下さい。また、ギルドマスターの承認をもらうことを怠らずに」
「分かりました」
ハゲが言い、俺も同じように同意する。
「それと、依頼を受けなかった、もしくは依頼を達成出来なかった冒険者についてですが、本部からはランク降格以外での処罰をするようにとの事です。テプト部長、良いわね?」
「分かりました。一応理由を聞いても?」
「依頼にもランクがあるわ。降格によって残った依頼を受けられなくなるのは本末転倒ではないか、という話があがったからよ。まぁ、それは建前で、ランク降格により冒険者とギルド間で面倒な問題が起きるのを避けるためね」
さすがにランク降格はやりすぎだと思われたか。
「処罰方法については?」
「『冒険者管理部』に一任します」
「一任ですか?」
「そうよ。そして、その処罰内容は全て書類に記載して、報告するようにとの事だったわ。本部も初めてのシステムに慎重になっているのよ」
「だから、様子見で一任ということですか?」
「そうなるわね。責任はギルドマスターが取るということになったわ」
「え!わしか!?」
バリザスがいきなりすっとんきょうな声をあげた。
「当たり前です。あなたが『依頼義務化』の提案書に判子を押したのでしょう?」
ミーネさんが、諭すようにバリザスに言った。
「え、じゃが、提案したのは奴じゃぞ?」
「提案したのはテプト部長ですが、この会議で通った時点からギルド全体の責任になったんです。そして、あなたはこのギルドの最高責任者ですから」
「むむ……そういうことか」
バリザス……お前はどこまでアホなんだ。
「では、テプトが提案したとしても、最終的にわしが承認するかしないかが重要ということか」
「そうです。前回の会議では、その決定権をギルドマスター自らが会議に委ねました。ですから、可決された時点でギルドマスターの承認を得たものとして処理させていただきました」
「なるほどな」
バリザスは少し考えていたが、それからニヤリと笑って俺を見た。
考えが透けて見えるな。どうせ、俺が『ランク外侵入』の対策案をだしても、承認しなければ良い、とでも思っているのだろう。
その笑みに、俺は呆れてしまった。『ランク外侵入』という問題が起こっている現時点で、最終的な責任はギルドマスターにあるからだ。
もはや哀れすぎて何も言えない。
「とりあえずそういう事よ。まぁ、この提案をした時点でそんなことは予想の範疇だったのでしょう?テプト部長」
問われて俺は頷いた。
「処罰については、まず冒険者と軽い面談をし、依頼達成出来なかった理由を聞くのが一つ。もしも、理由として適切ではないと判断した場合は注意をし、二回目は警告、三回目はダンジョン規制をかけるのが妥当かと思います。元々の原因は、冒険者がダンジョンに潜る事だけに集中しすぎた事ですから」
ミーネさんは二回小さく頷く。
「それはいい考えかもしれないわね。まぁ、あなたに任せるわ。ただし、問題になりそうな時はすぐに報告してね」
「わかりました」
その時だった。
「あのーすいません」
今まで部屋の隅に立っていたヒルが手をあげた。
「なにかしら?」
ミーネさんが、問いかける。
「その面談っていうのは、冒険者管理部だけでやるんですかね?」
「そうよ。それがなにか?」
即答のミーネさん。
「いやぁ、冒険者って強いじゃないですか。もしも何かあったらどうするのかなぁと」
「大丈夫よ。テプト部長は強いから」
ミーネさんが、当たり前のように言い放つ。
「そんなことはありません」
とりあえずそう言っておく。
「テプト部長もああ言っている事だし、心配しなくても大丈夫よ」
あれ?今の発言聞いてました?
「それに、情報ではヒル・ウィレン、あなたもギルド学校での戦闘成績は優秀だと聞いたのだけど?」
ミーネさんが、探るようにヒルを見る。それに対して、ヒルは苦笑いしながら頭をかいた。
「いやぁ、全部金を渡して八百長したんですよ。そもそも戦いなんて疲れることは僕の性に合ってない」
平然とそんなことを言うヒル。周りは唖然としていた。
「というわけで、暴力沙汰になりそうになったら逃げますね」
それだけ言うと、ヒルは隅の方に引っ込んだ。こいつが俺の部下になるのか。
「テプト部長……ヒル・ウィレンを頼むわね」
ミーネさんの言葉に俺はため息混じりの返事をした。
「……わかりました」
「内容については以上です。尚、執行開始は、冒険者への説明会を設けた一月後とします」
「すいません、その説明会って管理部がやるんですかね?」
「そうよ」
再び手をあげたヒルに即答するミーネさん。
「いやぁ、これは大変だ」
呟くヒルにミーネさんが、言った。
「説明会には、ギルドマスターも立ち会わせるから心配しないで」
「え?わしも?」
再び声をあげるバリザス。当たり前だろ。
その時、会議室の扉が開いてローブ野郎が入ってきた。
「クックックッ……遅れてしまいました」
言いながらローブ野郎は自分の席へと歩いていく。ミーネさんは、バリザスに説明をしているせいで気づいていない。
「おい、遅刻だぞ?」
代わりに安部の部長が、ローブ野郎に言った。
「クックックッ」
ローブ野郎はそう笑うだけだ。
アレーナさんを見れば、静かに座っている。その視線の先には、のんきに構えるヒルがいた。
途端に秩序を失う会議室。
おいおい、このギルド本当に大丈夫か?
残された俺とハゲは、互いに顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。
会議は三話構成となります。もしかしたら次回で収まるかもしれません。……無理かもなぁ。




