八十七話 ミーネさんの帰還
俺とエルドはミーネさんが帰ってくるまでの三日間、出来る限り『称号』の制度について考えていった。と同時に『ランク見直し』についても書類を作成していく。問題は実地調査が無いことだったのだが、なんとあの依頼を受けてくれた冒険者がいたらしいのだ。
「それ本当ですか?」
「あぁ、本当だ。さっきセリエさんから言われた。しかも受けてくれた冒険者は、お前が先日殴った冒険者らしいぞ?」
カウルとソフィアか。ギルドに来たなら、一言俺に声をかけてくれても良いのに。だが、依頼を受けたということは、カウルの説得が上手くいったということなんだろう。
「あとは会議までに間に合うかどうかだな?」
それは会議が始まる前日の出来事である。もしも間に合えば、『ランク見直し』についてはCランクまでの『ランク外侵入』の対策材料として、『称号』はパーティを組んで潜るBランク以上の『ランク外侵入』の対策として会議に提出する事が出来る。
ギリギリなんとかなるか?時間は迫っていた。そのせいで、今回は根回しをする時間もない。エルドは安全対策部での仕事もあるし、俺だって未達成依頼の仕事をしなければならない。
時間を見つけていろいろやるには、あまりにも忙しすぎた。
これで大丈夫か?出来ることが全て出来ないもどかしさが募っていった。それでもやるしかないのだ。
そして、会議の日はついに来てしまう。依頼達成の報告は無く、とうとう『ランク見直し』の調査は間に合わなかった。仕方ないだろう、依頼内容はとても一日でこなせる量ではない。
ミーネさんを乗せた馬車は昼前に到着する予定であり、それをギルドにいる部長達で出迎える準備をする。といっても、ギルドの前で待っているだけだ。そこにローブ野郎はいない。まぁ、そのうちやって来るだろう。
「おい」
馬車を待つまでの間、安部の部長が話しかけてきた。
「なんですか?」
「お前、うちのエルドとこそこそ何かやっているだろ?」
そのことか。エルドは話してないのだろうか?
「エルドさんには、いろいろと協力してもらっています」
「別にそれはあいつの勝手だが、面倒な事に巻き込むなよ?」
「面倒な事?」
思わず聞き返してしまう。
「あぁ、最近お前の妙な噂を聞いた。本当かどうか知らんが、エルドを巻き込むなと言っている。あいつはうちの部署に無くてはならない存在だからな」
「噂……」
「冒険者に暴力を振るったという噂ですよ」
そこにアレーナさんが割り込んできた。
「私も聞きました。事実なのですか?」
そういうことか。部長達の耳にも届いているのかよ。
「それは…事実です」
ここで嘘をついたところで何にもならない。会議終了まで誤魔化せるかと思ったが、ここまで事が大きくなっているのだ。納得のいく言い訳すら、提案書に夢中で考えていなかった。
二人は渋い表情をする。
「問題ありませんよ」
突然、営業部の部長であるハゲが穏やかな笑みを浮かべながら言い放った。
「昨日、うちの受付嬢であるセリエから事情は聞きました。私は納得していますし、テプトさんの行いに問題があったとは思えないですねぇ」
その言葉に、アレーナさんと安部の部長は眉を寄せた。
どうやら、セリエさんがハゲを説得してくれたらしい。やるなあの人も。……だが、なんでセリエさんが事情を知っていたんだ?俺は彼女に何も話してはいない。となると……カウルとソフィアが話したのか?二人は『ランク見直し』の依頼を受けてくれた。その時に、セリエさんに話した可能性は十分にある。だとしたら、あの二人には感謝しなければいけないな。話すにはそうとうの勇気が必要だったはずだ。
「その事情とやらを詳しく話してくださいませんか?」
アレーナさんがハゲに詰め寄った時だった。
遠くから馬車がやって来る音が聞こえた。
「話は後にしましょう」
ハゲが言い、安部の部長とアレーナさんは、不満顔をしながらも並び直した。
馬車はギルドの前で止まり、中からミーネさんが降りてきた。
ギルドの部長達が軽く頭を下げる。俺もそれに倣った。
「何か問題はあったかしら?」
久々に見るミーネさんは相変わらずで、淡々と言葉を口にした。
「……おそらく」
アレーナさんがそれに応える。
「おそらく?気になる言い方ね?」
アレーナさんは俺に視線を向けた。それに気づいたミーネさんがため息を吐く。
「また何かやらかしたの?テプトくん?」
そう言って近づいてくるミーネさん。
「いえ、やらかしたつもりは無いんですがね?」
「まぁ、その話は後で聞かせてもらうわ。とりあえずこれ」
ミーネさんは手に持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。受け取ると、それには『依頼義務化の承認』と記載されている。
「これはーーー」
「大変だったのよ?本部の奴等、矢継ぎ早に質問してくるし。でも、出立前にあなたと打合せした通りの返答で事なきを得たわ。今のギルドの状況も話したら、取りあえずは様子を見ようという結論に至ったみたいね?」
その時、止まっていた馬車から一人の男が降りてきた。体格は細く、橙色の髪が揺れる。
「ヒル!?」
アレーナさんが男に向かって声をあげた。
「あー、どうもアレーナ先輩、お久しぶりです」
男はアレーナさんに近づくと、笑いながらペコペコと軽く頭を下げた。
「アレーナは知ってるみたいね?テプトくん、彼が今回派遣された『冒険者管理部』の新しい人員よ」
ミーネさんが彼を見ながら紹介をした。
「どうも、ヒル・ウィレンです。今日からタウーレン冒険者ギルドの『冒険者管理部』副部長になりました。あなたが現部長のテプトさんですね?よろしくお願いしますね」
ヒルという男は、尚も笑いながら握手を求めてきた。体格だけではなく、目も細く、狐のような印象を受ける。
「あぁ、『冒険者管理部』部長のテプト・セッテンだ。よろしく」
俺もその手を握り返す。ひどく弱々しい手だった。
「今回派遣されたのは彼だけよ」
「え?一人だけですか?」
「しょうがないでしょ?今のギルドを説明した時に、あまりにもテプトくんが何でもこなすものだから、そんなに過剰な人員増員は要らないという話しになったのよ。私も抗議したけれど、ダメだったわ。まぁ、それでも仕事の出来る優秀な人物を要求したら彼、ヒル・ウィレンを派遣してくれるという事になったのよ。彼は本部の中でも若くして『ギルド監視部』の副部長にまで成り上がった男よ。仕事は出来ると思うから心配しないで」
『ギルド監視部』とは、本部にしかない部署であり、各ギルドの現状を調査する特別な部署である。そこはかなりのエリート達が集まる部署で、調査には容赦ない事もあり、各ギルドからは嫌われている部署でもある。そこの副部長というのだから、たいしたものである。
「止めてくださいよ、ミーネさん。僕はそんな男じゃないですよ?ただ、のらりくらりとミスもなく仕事していただけですから。ね?アレーナ先輩?」
言われたアレーナさんは何も言わなかった。ただ、ヒルを睨んでいただけだった。
「もう、そんな怖い顔しないでくださいよ?昔の事を気にしてるんですか?」
ひょうひょうとアレーナさんに近づくヒル。
「別に気にしていません。あの頃とは立場が違いますから」
冷たくアレーナさんは言い放ち、会話を切った。
「嫌われてるなー」
そんなアレーナさんに、ヒルは苦笑いしただけだった。どうやら、昔何かあったらしい。
「取り合えず中に入りましょう。私はギルドマスターに挨拶をしてくるから、会議は一時間後ね?ほら、ヒルも来なさい」
「分かりました。ではテプト部長、また後で」
笑顔でミーネさんについていくヒル。各部長達も、ギルド内に入っていく。アレーナさんが横を通りすぎるとき、小声で一言。
「ヒルには気をつけてください」
なんだよ、その意味深発言。俺はヒルという男に不安を覚えた。
はぁ、これから会議だというのに。
活動報告でも記載しましたが、今後一定期間、更新が滞る可能性があります。申し訳ありません。




