八十五話 抗う者
ギルドに戻ると、案内の女性が駆け寄ってきた。
「あの…ギルドマスターがお呼びでしたよ?」
またこのパターンか。エルドを見れば、目線だけで「行ってこい」と言っていた。
「わかりました。ありがとうございます」
笑顔で応え、階段を上がる。
ギルドマスターの部屋をノックすると、すぐにバリザスの声が聞こえた。
「入れ」
扉を開けると、勝ち誇ったような笑みを浮かべるバリザスがいた。
「なんでしょうか?俺は、あなたと違って今忙しいんですが?」
軽いジャブを放つ。
「じゃろうな?なにせ、冒険者管理部は一人じゃからの。まぁ、わしが仕組んだことじゃがな」
おぉ、やり返してきた。今回のバリザスは何か違うな。
「呼んだ理由は?」
「ミーネから手紙がきた」
そう言ってバリザスは、一枚の封筒を取り出して見せた。
「お前にとっては朗報じゃな。『依頼義務化』が認められ、新しい人員と共に、三日後に帰ってくるらしいぞ?」
三日後か。
「それは良かった」
「その時に、改めて会議があるじゃろう」
それから、バリザスはニヤリと笑った。
「その後、『ランク外侵入』についてはどうじゃ?あれだけの大口を叩いたのじゃから、すぐに会議に出せるくらいにはまとまっているのじゃろうな?」
こいつ…さりげなく俺を追い詰めようとしてるな。前のバリザスとは、えらい違いだ。どこでそんなこと覚えてきた?それともこいつ、戦いの中で進化するタイプの人間か?
「もちろんです。『ランク外侵入』は、冒険者達の命にも関わってくる重要な懸案事項ですからね?早急な対策をしたいと俺も考えていますよ」
「フッフッフ。そうじゃろう。わしは良いギルド職員を持ったものじゃ」
よく回る舌だな。あと、俺はお前の持ち物じゃない。
「これも今まで問題を放置してきた無能なギルドマスターあってのことです」
「言ったじゃろ?わしは自分の出来る領分をわきまえておる、と。無能なのは最初から承知しておるわ」
いつものバリザスなら、激怒するはずなんだが……挑発も効かなくなったのか。というより、今の発言自体が問題過ぎるだろ?人は開き直るとこうも強くなるのか。
「用件はそれだけですか?それだけなら、失礼させていただきます」
早く対策案を形にしなければな。
「ところで」
バリザスが一際大きな声で言った。
「今ギルド内で不審な噂が流れておる。なんでも、ギルド職員が冒険者に対して暴力を振るったという噂じゃ。お前さん……何か心当たりはないかの?」
扉を出ようとした足が止まる。なるほど、それを言いたかったわけか。凄い大根役者っぷりだな?
俺は振り返ると笑顔で応えた。
「さぁ、知りませんね?」
バリザスは不敵な笑みを浮かべていた。
「そうか。まぁ、ただの噂じゃ。気にすることもあるまい。だが、もしもそれが事実だった場合、そのギルド職員には何かしらの罰を与えなくてはいかんと思わんか?」
バリザスは既に知ってしまっているのだろう。俺がカウルを殴った事について。だが、そんなことで屈するわけにはいかない。
「なんにせよ、今この場では関係ありませんよね?」
「そうじゃな。手間を取らせた。戻って良いぞ」
それから、今度こそギルドマスターの部屋を出た。
たとえどんな弊害が現れようとも、ここで諦める気は全くない。バリザスは俺にどうして欲しかったのだろうか?泣いて懇願し、敗けを認めて欲しかったのだろうか?それこそ奴の思う壺だ。
もしもここで諦めてしまえば、俺は一生そうやって生きていくはめになるような気がした。だからかもしれない。少しだけ意地になってしまっている。
それがマイナスに働いてしまうことは多くあるが、強い気持ちがなければ逆境を耐えられないことを俺は知っている。今まで俺は流され続けてきた。それが、賢いやり方であると信じて疑わなかった。
元いた世界では太古の昔、その時代の強者であった恐竜は滅んだ。逆に、弱者であった者達が進化を遂げて繁栄の道を歩むこととなった。真に生き残る者とは強者ではなく、自分を変化させることが出来る者なのだろう。だが、それがなんだというのか?そんなのは結果に過ぎない。恐竜達は幸せだったかもしれないのだ。
エルドが言うように、俺は自分の首を絞めているのかもしれない。特に、最近の俺に至ってはそれが顕著に出てしまっている…冷静さを、失っている。何故こんなにも意地になっているのか、自分でも分からなかった。それでも貫き通さなければならないことがあるのだと心が叫ぶ。
俺の考えは破滅へと向かっているのだろうか?ソフィアがそうだったように、間違った道を歩もうとしているのだろうか?
その問いに対する解答をくれる者はいない。結局、自分で見つけなければいけないらしい。
ただ分かるのは、バリザスの考え方は間違っているということだけだ。
全ての者は、生まれた時に運命を決められてしまう。この世界では、それが一般的な考え方だ。バリザスの言う、『自分は、出来る領分をわきまえている』という考え方も、そこからきているのだろう。だが、俺から見れば諦めているようにしか見えない。問題を世界規模に例えて、自らを騙しているようにしか思えないのだ。
そんなのは違う。それをギルドマスター自らが認めてしまっていることに、尚更腹が立つ。
だから証明したいのだ。運命などありはしないと。最後には自分の手で道を切り開くしかないのだと。みんなに、そしてなにより自分自身に。
ずっと、才能が全てだと考えていた。だから、何でも出来る能力を神に願った。しかし今では、ギルド職員として働き、その職すらも失いかねない事になっている。
笑えるな。
自虐でもなんでもなく、純粋にそう思った。




