八話 ささやかなディナー
町に戻ってギルドに行ってみると、既に正門は鍵がかけられていた。
そうか。……俺はここの鍵すらも持ってなかった。それから、冒険者管理部の窓が吹き抜けになっていることを思い出す。裏に回ってみると、やはり窓はなく開いていた。
「よっ……と!!」
飛び上がって窓枠に着地する。部屋は相変わらずだったが、なぜか床には小石がたくさん転がっていた。ははぁ……これが窓が無くなった理由かと推察する。
「ったく、野球してんのかと思ったけど、これは故意だな? どんだけここの部署は嫌われているんだ?」
とりあえず石は全て空間魔法で仕舞う。
その時だった。不意に扉が開く。
「……あれ?戻ってたんだ?」
顔を出したのは、セリエさんだった。
「はい。今さっきですけど」
「ふーん。噂がたってたよ。君の」
「噂?」
「うん。就任初日で逃げ出したって。だって今日ほとんどギルドにいなかったでしょ?」
そんな噂が流れてたのか。というか、まだ挨拶もしていないのに、皆よく知っているな。
「はい。未達成依頼に奔走してたもので」
「なるほどね。どう? 終わりそう?」
「未達成依頼は終わらせましたよ。明日報告します」
そういうと、セリエさんは目を丸くした。
「嘘? あれ全部?」
「半分くらい期限切れの依頼も混じってましたけどね?」
いいながら、俺は机の引き出しに報告待ちの依頼書を入れる。
「『鎖錠』」
そして、引き出しにスキルで鍵をかけた。
「へぇー。そんなことも出来るんだ?」
「俺は大抵の事なら出来ますよ。なにせ万能型ですから」
能力が早く打ち止めになる……とは、付け足さなかった。
「凄いのね! もしかしてテプト君って優秀?」
「一応、王都のギルド学校では首席でした」
「すごーい!私なんか毎回合格点ギリギリだったわ。でも、これで一つ仮説が否定されたわ」
「仮説?」
「このギルドに来るものは、みんな落ちこぼれっていう仮説」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
「良かったですね」
俺は冒険者としては、落ちこぼれだったのだ。
「それよりも、なんでここに?」
「そうだった。また……未達成になりそうな依頼があるのよ。……大丈夫?」
「問題ありません。何ですか?」
セリエさんはおずおずと一枚の紙を差し出してきた。
「これは……『ピラルク討伐』ですか」
それから、俺はため息をついた。
「ごめんね!? そんなつもりじゃなかったの!」
「あぁ、違いますよ。なんでこんな依頼が未達成のままでいるのか考えられなくて。もしかしてこの町の冒険者は冒険者ギルドの存在意義を知らないんじゃないんですか?」
「あー。確かにそれはいえてるわね。皆ダンジョンばかりに潜りたがるもの」
「まぁ、ダンジョンを、抑えるのも大切なんですけどね」
俺は貰った紙を、掲示板に貼り付ける。
「テプト君はもう帰るの?」
「え? はい。今日はやることないですから」
「なら、晩御飯一緒に食べない?」
それは願ってもない誘いだった。
「喜んで行きます」
…………。
タウーレンの町は夜でも賑やかだ。というより、夜の方が活気づいている気がする。町の隅々にまで灯された火の魔石が、仄かに光り全体を明るくしている。こんなにも魔石があるのも、冒険者のお陰なのだろう。
「行き付けのお店があるのよ。ささやかだけど、テプト君の歓迎会ってことで」
この人は、なんて良い人だろうか。俺は涙が出そうになった。後で壁に「セリエさんは味方だ」と書いておこう。
そのお店は、何となく品の良いお店だった。よく見れば、制服を着ていないセリエさんも、とても品の良いお嬢様にみえる。
運ばれてきた料理も勿論絶品この上ない。
「これが私の一番好きな料理なの」
それは、魔物レッドウロスの肉で、ハンバーグのような料理だった。よく焼かれた表面をナイフで開くと、肉汁と共にソースが出てくる。さっぱりとしたサクライ草を添えて口に入れると、よりいっそう肉の旨味が口に広がった。
「これ旨いですね」
「うふふ。でしょ?」
前途多難な日々の始まりだったが、こんな日があるなら悪くないな。そう思えた。