七十九話 真相
「あの事件は、とある研究組織が絡んでいるのはご存知ですかな?」
「それって、魔晶を創った所かしら?」
「そうです。魔法の研究というのは、その全てを王都で行われており、認められた者しか着手することは出来なかったと聞きます。魔法とは、魔物に対抗するために神が人に与えた唯一の手段だと考えられていて、その研究も王都にある冒険者ギルドの監視下によって行われています」
……それは初耳だった。
「とはいえ、研究には莫大な金がかかります。ギルドの監視下といっても、殆どは貴族たちの投資によって賄われているのです。しかし、それを快く思わない貴族達がいたのも確かです」
「なぜかしら?」
「いくら投資しても、研究の成果が出ないからですよ。本来研究とはそういったモノだと聞いてますが、我慢できなかった者達もいたのでしょう。だから、一部の貴族達だけで秘密の研究組織を創ったのです。名前はたしか…『ラリエス』と言いましたかな?」
ラリエス……聞いたこともないな。
「ラリエスは過激な研究をしていたらしいのですが、その成果は凄まじかったと聞きます。噂では、現在の何倍も先の魔法を編み出していたとか。まぁ、今となっては闇の中ですがね?」
「かなり刺激的なお話しね?」
「当時は知っていても話すことなど出来ませんでしたよ。噂をしているところを見つかれば、ラリエスの関係者だと密告されてしまう。それで多くの貴族が没落してしまったのです。中には全く関係のない者たちまでいたらしいですよ?」
なるほどな。真相は闇に葬られたというわけか。だから誰も知らないし、知らないふりをせざるを得なかった…と。
「ラリエスの最終的な目的は、魔物と対峙するための新たな機関を設立する事だったらしいです」
「冒険者ギルドみたいなものかしら?」
「その認識で合ってると思いますよ?まぁ、それを創って何がしたかったのかは知りませんがね?それに気づいた一部の者達が反対していたと聞くので、あまり良い思想ではなかったのでしょう。そして、悲劇は起きたのです」
「オルノイス号ね?」
「えぇ、その研究機関によって作られた偽物の魔晶は、船を造れそうな貴族に渡ってしまった。船というのは莫大な金がかかりますが、その後の見返りも大きい。名ばかりの貴族にとってはとても甘美な蜜に見えたことでしょう。その白羽の矢がたったのがーー」
「オルノイス家というわけね?」
「はい。そして、その船には多くの貴族、王族までもが乗船しました。研究成果を見せたいという口上で、その時に反対していた者たちを乗せたらしいのです。そして……船は港には帰って来なかった」
「それは……」
ソカも言葉を失ってしまったらしい。当然だ。ただの口封じじゃないか。
「それしか私は知りません。その後、ラリエスは無くなったと聞きますが、本当のところもしりません。そこから推測出来ることは多くありますが、所詮私の憶測になってしまいます。だからそれを言うことは出来ないのです。私からの話は以上になります。楽しんでいただけましたか?」
「……えぇ、とても」
「それは良かった。何か質問は?」
「それに関わった貴族達はどうなったのかしら?」
「多くは捕らえられ、処刑、あるいは牢獄に閉じ込められているはずです。一部の者達は金だけを持って逃げたと噂されていますが、おそらくもうこの国にはいないでしょう」
「そう…なんですね」
「あと私から忠告です。その話はもう過去のモノになっていますが、未だに良く思っていない者達もいます。話すときは、細心の注意をはらった方が良いです」
「心に刻んでおくわ」
「結構」
その後、ソカはその男とたわいない話を続けたが、俺には耳に入ってこなかった。時折、俺に話が振られたが曖昧な返事しか出来なかった。
先程の話が本当ならば、ソフィアの父親は利用されただけということになる。そして勝手に罪をきせられ、処刑され、母親も殺され、彼女自身は受けなくても良い呪いまで何者かの手によって受けてしまった。
そんなのって……あるかよ。
チラリとソフィアとカウルを見ると、二人もかなり歳上の男と話をしていた。
俺は知らず知らずのうちに願っていた。どうか、この話が彼女の耳に入りませんように…と。
そして、考えていた。事の発端は、もしかしたら冒険者ギルドにあったのかもしれない……と。
虚ろな時間はあっという間に過ぎて、その後にカウルとソフィアと合流して店を出た。
二人は何も喋らず、かえってそれが不気味にも思えた。
店から離れた所で、急にソフィアが笑顔で言った。
「今日はありがとうございました!お陰ですごく楽しかったです」
「あぁ、目的は達成したのか?」
「いえ……残念ながら知ることは出来なかったです。そちらは?」
俺は瞬時にソカと目を合わせた。
「俺たちもだ。力になれなくてゴメン」
ソカと話し合って、言わない方が良いと判断したのだ。
「いえ!とんでもない!ここに連れてきて下さっただけでも感謝しています。……本当に」
「そうか。これからも…事件の事は調べるのか?」
「まぁ、そうしようかなと。私の事ですから」
そんな返しに、苦いものが口の中に広がった。
「健闘を祈るよ」
「ありがとうございます」
「カウルもお疲れ様、疲れたろ?」
「……」
カウルは答えなかった。
「おい、カウル?」
「…あ、あぁ。なんだ?」
二度目の呼びかけにようやく反応した。
「大丈夫か?」
「……問題ない」
「そうか。今日はゆっくり休めよ?」
「服はどうすれば良い?」
「今度ギルドに持ってきてくれれば良いよ」
「分かった。助かる」
そうして、俺達は別れた。カウルの様子がおかしいと思ったが、ソフィアは普通だったので、気にしないことにした。おおかた、慣れない場でいつもの倍疲れていたのだろう。
そう思っていたのが、間違いであったと気づいたのは翌日になってからである。いつものようにギルドにいると、カウルが血相を変えて俺を訪ねてきたのだ。かなり早く服を返しに来たなと思っていると、カウルの口からとんでもない発言が飛び出した。
「ソフィアが居なくなった」
悪い考えが頭をよぎった。それが当たっていないことを、俺はまた願ってしまった。




