七十二話 浅慮
「おい!あんな約束しちまっていいのかよ!?」
部屋を出るなり、エルドが詰め寄ってくる。
「これは俺の威信を賭けた戦いです。エルドさんは無関係ですから心配しないでください」
「ばか野郎!ランクの見直しを持ちかけたのは俺だろうが!そんなんで、今さら他人づらできるかよ!!」
「エルドさん!近いですって!あと、目が血走っていて怖いです」
そう言うと、初めてエルドさんは離れてくれた。
「はぁ。で?なんか策はあるのか?」
「いえ、特には」
ーーーピシッ。
エルドが一瞬にして石になってしまった。どうやら彼は石化の魔法を使えるらしい。
「策はこれから考えます。とりあえずランク適正の調査は、冒険者に意図を伝えてやってもらうしかないですね。あとは、ランク外侵入出来ないよう、即効性のある案も用意しておきたいですけど」
ふと、思った。冒険者がランク外の階層に入った時、強制的にダンジョンの外に送る魔法などないものかと。あまりにも都合の良すぎる物だが、一応ローブ野郎に相談しておくか。
考えを巡らしていると、石化から戻ったエルドが肩を叩いた。
「なぁ、テプト。お前、なんでそんなに平然としていられるんだよ?」
「俺ですか?平然としているように見えます?」
「あぁ、ものすごく。不思議なくらいにな」
「何故ですかね?俺にも正直わかりませんよ。ただ、やらなければいけない事を見つけたからかもしれません」
「やらなければいけないこと?そんなのはいくらでもあるだろう。仕事は毎日山積みだ。その合間をぬって俺達は新しい案を作成しなければならない。だが、その糸口は掴めても、形として完成させる方法がないんだ。そんな状況でお前はギルドマスターと、とんでもない約束をしちまった。しかも、絶対的に不利な状況でだ。もう、頭がおかしいとしか思えん」
その言い草に、思わず笑ってしまう。
「言いますね。でも、半端な気持ちでエルドさんも取り組むわけじゃないでしょう?」
「むっ、それは……そうだが」
「だったら、一緒ですよ。なぜ、ランク外侵入が禁止されているのか、それは危険だからです」
「…知っている」
「もしもこのままランク外侵入に対して、何も措置を構ずることが出来なければ、調子にのった冒険者が死んでしまうかもしれない。逆に、しっかりとした案をつくることが出来れば、その冒険者を助けることになる。その事を考えれば、ギルド職員を辞める辞めないなんてことは、些細な事だとは思いませんか?」
「なるほ……って、なるわけないだろ!!禁止なのも、その理由も、こちらから言っているんだ。それを破った奴なんかのために、せっかく手に入れた今を、捨てても良いのかって聞いてるんだ」
さすがに騙されなかったか。
「まぁ、正直言えば、負けたくなかったんですよ。もしもギルドマスターを上手く騙してダンジョンに入れたとしても、彼は納得しないまま終わってしまう。それでも別に良かったんですが、俺はズルをしてしまうことになる」
「ズル?」
首をかしげたエルドに、俺は片手に持つ『冒険者規定』を渡した。
「さっき、ギルド側の許可について、これには載っていないと言いましたよね?」
「あぁ」
「中を見てください」
エルドは、その場で『冒険者規定』開いた。そして、数秒後。
「……あるじゃねーか。『ギルド側の許可とは、ギルドマスターと他ギルド職員二名の判子が押された書類』と載ってるぞ」
「そうなんです。ですが、おそらく発行されたことはないはず。だから、騙せるかなーと思って、その文だけ消したんですよ」
「消した?でも、今はこうして…」
「あるんですよ。スキルに、『偽装』っていうのが」
スキル『偽装』は、言葉のまんまだ。何かを自分の都合の良いように変えることが出来る。難点は時間制限があるだけなのだが、それでも一時間は偽装し続けられる。
「おま……」
エルドは、険しい表情になった。当然の反応だろう。『冒険者規定』を偽装するなど、バレたらただでは済まない。
「でも、今は元通り。証拠もなにもない。あとは、あの時は誰も見つけられなかったと、しらをきれば良いだけです」
「そんなことをしていたのか」
「ランクの見直しをスムーズにやるためですよ。でも、止めました。そんなので、案をつくっても結局俺の能力でのごり押しですから。もしもこの先、自分の限界に気づいて諦めてしまった人がいたとき、その人に俺は何も言えないなと思ったんです」
「ギルドマスターのさっきの話か?」
「はい。だから、なんとか能力に頼らずあのジジイを見返してやろうと思ったんですよ」
「ジジイて。俺らの頂点だぞ?」
「尚更ですよ。諦めてしまった者を、俺は上司とは思いたくないですから」
エルドはうつむいて少し考えていたが、やがて顔を上げた。
「そういうことだったか。まぁ……約束に関しちゃやりすぎだとは思うが、お前にとっちゃそれ程の事なんだと思うことにした。俺は全面的に協力するし、お前を辞めさせる気もない」
「今はそれだけで充分ですよ」
「そうか」エルドはそう言ってから伸びをした。「あー…数時間で疲れたなぁおい、まぁ、とりあえずランク見直しは飯でも食いながら作戦練ろうぜ。じゃまた後でな」
仕事が残っているのだろう。足早にエルドは階段を下りていった。
そういえば、まだ今日の分の未達成依頼やってないな。外を見ると、日がかなり傾いていた。
間に合うか?階段を降りると、急いで冒険者管理部へと戻った。




